散策
ニコーラに聞いたが、立ち入り禁止区画にはちゃんと注意が書かれているようで、校内の散策自体は自由に行っていいようだ。
ただ、どこに何があるのか、僕らは知らないため、当てもなく歩くことになる。
「従者に聞けば、全部知ってると思うけど」
「ダメダメ。こういうのは気の向くままに歩くものだよ。面白げなものを見つけたら、そこに行く。瞬間的な出会いを楽しむものだからね」
「効率的に回れないじゃん」
「今日一日ですべてを回るのももったいないじゃないか。これからの楽しみがなくなってしまう。効率がすべてなわけじゃないさ」
「口と足は別々に動かす方が効率的と言ってたのに」
「それとこれとは話が別だよ」
個人的には図書館さえ見つけられれば満足なんだけどなぁ。
校内地図がほしいところだ。この辺りは具申すれば作れるものだろうか。
「さて。本題と行こう。それで、君はここに来るまでどんな生活をしていたんだい?」
「面白い話じゃないかもしれないよ?」
「それを決めるのはボクだし、面白い話を聞きたいわけじゃないから安心してくれ」
「んー。日課で言えば、獲物を捕えるための罠を仕掛けたり、薪を拾いに行ったり、ご飯食べての繰り返しかなぁ。僕は本に縁があったおかげで家の中で本を読んでたけど」
「珍しいね。本は高価でなかなか行き渡らないと聞いていたが」
「お父さんの知り合いが商人でね。そこの人たちから借りてたんだ。ヴァリオ商会って言うんだけど」
「ほう、ヴァリオ商会か。知っている。新進気鋭の商店だろう。主に服飾装飾を取り扱っていたはずだな」
知っていたんだ。外国の人に知られているとは、結構有名なのかな。
すると、僕の疑問を察したのか、答えてくれた。
「うちとも取引があるからね。魔導具に使う装飾を輸入したりする」
「へー。世の中狭いね」
「むしろ、そんな商会と懇意にしている君は何者なんだい?」
「普通だと思うよ。父親が元ハンターってぐらいかな。今は鍛冶をやってるけど」
「ふむ。興味深い」
ふんふん頷いている。こっちとしては特に面白くもない日常的な話のような気もするけど、満足はしているようだ。
「では、今度はこちらだな。こちらの日課は……そうだな。交流と教養、食事以外はこの繰り返しだな。礼儀作法や言葉遣いなどを覚え、それらをお茶会やパーティで披露する。貴族は見栄を張りたがるからね」
「君が言うのかい」
「ボクは自分で言うのもなんだが、貴族らしくないと言われるよ。お茶会やパーティみたいな親の目が届くところでは大人しくしているがね。言葉遣いもここまで大らかじゃない」
「じゃ、親のいるところではどんな言葉遣いなのさ」
「ふふん、聞きたいかい?」
すると彼女は立ち止まり、静々とスカートを摘まむ。
片足を斜め後ろの内側に引き、もう片足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をする。
そして、スカートを軽く持ち上げた。
カーテシーと呼ばれる動作だ。
「ロモロ様、このようにするのですわ」
仕草どころか、口の開き方、表情の作り方までが決められているかのような、そんな洗練されたものだった。
たったひとつの台詞を言っただけなのに、見惚れてしまう。
だが、それらは数秒もしないうちに崩れた。
「と、このように堅苦しい。面倒くさい。こんなもの十秒もやったらボクは次の日、熱を出して寝込んでしまう」
「さすがに隠しきれないと思うけど」
ちらりとリュディの従者さんを見る。
すると、リュディは小さく笑った。
「もちろん両親も承諾済みさ。両親の目が届く範囲ではお淑やかにする。それが約束だからね」
「正直なところ、君から貴族の話を聞いても、あまり役に立たない気がしてきた」
「ははは。痛いところをつかれた。ボクは一般的な貴族とは違うだろうからね。そういうのがお望みなら、むしろこれから授業で腐るほどやるだろうさ」
「覚えることが多そうで気が重いよ」
「その意識はボクと一緒だね。貴族とは見栄を張るために隙を見せず、周囲に合わせながら出し抜くために気の緩みを狙い、相手の不当を訴えて自身の正当性を得る。詰まるところ、面倒の極致さ」
お姉ちゃんが嫌だというのも頷ける話だ。
「そう言えば、壇上で君の隣にいた女史だが、君の姉かい?」
「そうだけど」
「やはりか。道理で似た面影があると思った」
「たぶんリュディとは気が合うと思うよ。高度な話は合わない気がするけど」
「ほう。それもまた興味深い。今度、紹介してくれたまえ」
そんな他愛のない話をしていると、僕らは広いグラウンドに出た。
今は僕らよりも年上の人たちが、大勢集まり、大声を上げながら剣や槍を使って戦っている。剣や槍は木製だし、模擬戦かな?
それに見入っている観客は非常に多く、クラスで見た生徒もちらほら見た。僕を睨んできたランチャレオネ公爵家の次男、ゲルドも観戦中だ。
彼は模擬戦を真剣に見入っている。
「時にロモロ。君は運動に自信はあるかい?」
「困ったことにまったくないよ。一番憂鬱だ」
「ボクと一緒だね。随分と立派な短剣を帯刀してるから、心得があるのかと思った」
「……これは御守りみたいなものだよ」
「あまり見せるべきではないと思うけどね。どんな品行方正な領域にも不心得者はいるものだ」
とはいえ、スターゲイザーを持ち歩かないという選択肢も微妙なんだよね。
他の人に持てないというのはできる限り隠していたいが、スターゲイザーをいつでも使えるようにはしておきたいし。
どっちにしろ盗まれる心配はない。お姉ちゃんでも持ち上げられないし。
「これはランチャレオネ対ジラッファンナの模擬戦のようだね」
「領同士で戦ってるんだ」
「その方がお互いの見栄や矜恃が一体化できるから、より質の高い訓練ができるということだろう。ところで、今まさに戦闘中だが、どっちが勝つと思う?」
それぞれ二十人と二十人が真正面から当たる戦い。
模擬戦と言っても刃に当たる部分が当たれば退場。怪我という扱いになるらしい。
それを他の人が担いで、戦場を離脱。後方に預けて、再び戦列に参加という流れだ。
「……今のところ、ジラッファンナかな。ランチャレオネは隊列が乱れすぎてる。ジラッファンナは上手く連携が取れてるんじゃないかな。ランチャレオネは怪我人の処理が遅すぎる。このまま推移したらランチャレオネの敗北だ」
「ふむ。賭けは成り立たず、か」
「……賭け事をするつもりはないよ」
戦いの趨勢を見守っていると、ニコーラが「少々、迂闊でしたな」とこっそりと忠言をしてきた。
どういうことかと一瞬悩んだが、答えはすぐにやってきた。
「貴様ら、我らが仲間を愚弄したな!」
「平民如きが語りやがって!」
「万死に値するぞ!」
ゲルドと、その取り巻きらが僕らに詰め寄ってくる。中には僕に絡んできた三人組もいる。自己紹介の時、ランチャレオネ領の出身だと言っていたな。
「ロモロ様はすでに知っているはずですぞ。四大公爵家は仲が悪いと。仮に事実であっても、彼らがいる前で当事者でない貴方様が勝敗を口に出すべきではありませんでした」
ニコーラは僕にだけ聞こえるよう解説してくれた。
確かに迂闊だった。ついついリュディに釣られて口走ってしまったが、彼らの戦いの趨勢を口に出すこと自体、不敬ということか。
……かと言って、ここで謝るのもスパーダルドにとって、ランチャレオネに付け入る隙を与えてしまう気がする。悩みどころだ。
上手く立ち回らないと、本当に失言をしただけで終わってしまう。
力業になるけど、解決する方法はある。ただ、リュディが気付いてくれるかな……。
「はっはっは。気に触ったならすまなかったね。しかし、咎はボクにある。彼はただボクの何気ない質問に答えただけだ。彼を責めるのは筋違いというものではないか?」
「どうあれ、こいつの口が我らを愚弄したのは事実だ!」
「勝負は時の運だ。いちいちひとつひとつの模擬戦で、いきり立つことは気疲れしか生まないと思うのだけどね」
「黙れ! 我らが同胞が侮辱されて黙っていられるか!」
「ふむ……。ファタリタの貴族もうちに負けず劣らず面倒なようだ。ならば、どうしようか? ロモロ。ふたり揃って謝るかい?」
「いや――それなら、魔法応戦はどうかな? 二対二で」




