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学校での挨拶

 <ファタリタ正史>


 街を出た勇者モニカと賢者ロモロの忍ぶ時代は終わりを告げた。


 王立学校へ向かったふたりは、ここからさらなる飛躍を遂げる。


 しかし、順風満帆だったわけではない。


 新たな知己との出会いもあれば、不倶戴天の敵となる者との出会いもある。



 ――わかり合えない相手がいる。



 賢者はそれをこの生活で自覚したという。


 それでも賢者はここに通ってよかったと、常々口にしていた。


 この学校で得たものが、それほど多かったということだろう。



 世間において多くの騒動を起こしていたのは、姉のモニカとされている。


 だが、この学校においては賢者ロモロの方が、様々な問題を起こしていたと伝え聞く。


 これを執筆するまでに聞き出せなかったのは、至極残念でならない。



 ただ、その問題の発生によって、学校において様々な変革がなされたことは付け加えておこう。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ファタリタ王立校。

 ファタリタ王家から爵位を下賜された貴族たちを中心に、八歳から十八歳まで約三百名の子弟が集まり、さらに友好国から王族を含めた留学生を募る学び舎。

 有名な騎士や魔法師、能吏や技術者を輩出する、ファタリタ王国の文化や技術、内政の基礎を支える学校だ。

 学校の敷地はそれこそバグナイアの街に匹敵するほど大きく、学校の校舎自体も呆れてしまうほど大きい。


 そして、今年入学する子弟たちが本校舎から離れた講堂に集まっていた。

 僕とお姉ちゃんの前にずらりと並んでいる。

 そんな僕らの横では、壇上で僕らの後見であるスパーダルド公爵家の長女、テアロミーナ様が入学のお祝いを述べていた。


「……さて。かねてより通達してありましたが、本校では初めて皆様とは違う立場の方が入学します。それでは挨拶を。ロモロ。モニカ」


 一際、講堂がざわっと震えた気がした。

 何しろ、今日は入学する貴族の子弟だけではなく、その従者もいるし、その中には親も来ているのだ。

 僕らを見る目が檻に入った珍獣のそれである。


 促されてしまい、僕とお姉ちゃんは一歩前に出た。

 挨拶をさせられるとは聞いていたが、まさか本当にやるとは思わなかったよ……。

 冗談だとばっかり。


「スパーダルド州バグナイアの街出身の平民、ロモロです。若輩者の身ですが、ご指導ご鞭撻のほど、お願いいたします」


 丁寧な仕草で頭を下げる。やり方はここに来る前、練習させてもらった。


「同じくバグナイアの街出身の平民、モニカです。まだまだ至らぬ非才の身ですが、少しでも王国に貢献できるよう、励む所存です。よろしくお願いいたします」


 お姉ちゃんも綺麗な仕草で頭を下げた。

 こんなことしたらあがってしまって呂律も回らないのではないかと思ったが、むしろこちらに来てから環境のせいなのか、色々と記憶から蘇ってきたらしい。

 最低限、貴族としての立ち振る舞いを教えてもらっていたが、少しずつ思い出していったお姉ちゃんの方が先に終わったぐらいだ。二周目という強みかな。


「ふたりとも、ありがとう。ここでは王の血族であろうと、公爵の血族であろうと、身分に関係なく勉学に励む場所。お互い切磋琢磨して、我が国の発展に寄与できるよう努めてください」


 ……テアロミーナ様はそう言うけど、絶対そうならないと思う。

 少なくとも目の前にいる彼らは僕らを対等の立場で見ていない。目を見て、囁き声を耳に入れればわかる。

 それに公爵の娘であるテアロミーナ様が生徒の代表を務めているのも、説得力を失っていた。テアロミーナ様は優秀だし、人格も素晴らしいから選ばれてもおかしくはないのだけど、周囲の人たちが全員それを認めているか? 信じているか? という話だ。


 スパーダルドの宿舎ではテアロミーナ様の目もあってか、僕らは普通に過ごせているけど、物言いたげな雰囲気が漂っている。

 これは早々と何かしらの結果を出さないと立場が悪くなりそうだ。


「最後に、この言葉を持って締めましょう」


 テアロミーナ様が一度、言葉を止める。

 まるでこれから言う言葉が、神聖なものだというような、そんな時間が流れた。


「叡智を以て、世の規範たれ」


 それは初めて聞く言葉だった。

 周囲の反応を見るに、他の貴族の子たちも知らない気がする。


「これはこの学校の創立者である賢祖カルロ・ディ・ファタリタの遺した言葉です。各々、これがどういう意味か、様々な解釈を考えて生活をしてください。以上です」


 テアロミーナ様が小さく礼をして、僕らの入学式は終了した。




 講堂での挨拶が終了し、僕らは自分の教室へ向かうこととなった。

 僕とお姉ちゃんは年が違うため、同じ教室ではない。

 でも、お互いに同行する人はいた。


「お待たせ致しました、ロモロ様。ニコーラ・オルシーニ参りました」

「お、同じくお待たせ致しました、モニカ様。デジレ・オルシーニ参りました」


 僕の従者として宛がわれた老紳士のニコーラ・オルシーニ。

 もうひとりが、お姉ちゃんに宛がわれた大きな女性のデジレ・オルシーニだ。

 このふたりは祖父と孫という関係らしい。


 貴族には学校でも必ず従者がひとりかふたりつく。

 僕らもスパーダルド家の後援を受けての入学ということで、ひとりずつつけられていた。すでに寮で挨拶は済ませているが、それでもまだやり取りには慣れない。


「ありがとうございます、ニコーラさん。でも様付けは慣れないんですが」

「執事としての嗜みでございます。一時的な主従とはいえ主を呼び捨てなどとんでもない。むしろ、ロモロ様が私を敬称で呼ぶのをやめるべきでございます。今までは学校外ということで大目に見ましたが、ここからはけじめをつけるべきでしょう」

「でも、ニコーラさんも貴族なのに」


 従者と言えど、大貴族の従者ともなれば、その身分も貴族だ。

 ニコーラさんも伯爵家の出の五男とのことで、そんな人が従者とはさすがスパーダルド公爵家である。


「ここでは生徒の身分は関係なく、ただ主と従者でございます。従者に敬称をつけるなど侮られますぞ。それはロモロ様の望む学校生活ではありますまい?」

「……わかったよ。迷惑をかけると思うけど、よろしく。ニコーラ」

「畏まりました、ロモロ様。ここでの生活の補佐はこの私におまかせあれ」


 ニコーラは満足げに頷いた。

 お姉ちゃんの方はと言うと、もうすでに馴れ合っている。


「ねーデジレ。髪の毛、変になってない?」

「大丈夫でございますよ、モニカ様。しっかりと整っておいでです」


 前の時間軸でも従者としてついていたらしく、年も近いせいかお姉ちゃんの方は気安かった。

 デジレの方は戸惑っていたけど、こっちもこっちですぐに慣れたらしい。そういう性格だからこそ、前の時間軸でもお姉ちゃんの従者としてやっていけていたのかもしれないね。


「では、向かいましょうか。デジレ、そちらもしっかりやるように」

「はい、ニコーラ様。行きましょう、モニカ様」

「はーい。そうだ。ロモロ、ここでお別れだけど絶対無茶しちゃダメだよ」

「そっちもね、お姉ちゃん」


 デジレは僕らに一礼して、お姉ちゃんと共に階段を上がっていく。

 僕とニコーラは階段を横切って、廊下をそのまま進んだ。


 教室に着くと扉は開いていて、すでに何人かが入っていた。

 かなり広く教室の後ろの方が高くなっており、前の方を見下ろせるような形だ。

 教室ではまばらに同世代の子供たちと、そのお付きの従者がいる。

 身振り手振りで目立っている者もいれば、黙っているのに目立っている者など、千差万別の人たちだった。


 僕が中に入ると、チラチラと視線を向けられる。講堂と同質のものだ。

 ただ、あの時よりも不快感のようなものが強くピリピリと肌を這い回る。

 遠目に窺うのはまだしも、近くにはいてほしくない……。そんな気持ちが手に取るようにわかった。


 あまりいい気分ではないが、僕がどこか適当な椅子に座るべく、どこがいいかを探していると――。

 目の前にパサッとハンカチーフが落とされた。いや、放り投げられたといった方がいいか。


 そちらを見ると、三人ほどの男子たちがニヤニヤとした顔をしてこちらを見ている。わかりやすく感情を顔に出してる時点で貴族としての教育はまだまだのようだ。

 僕自身はこのファタリタの王領に来た時点でそういった基本的なことをすでに教わっている。実践ではまだまだ未熟ではあるが。

 でも、相手は僕と同じでまだ子供だしね。教育もこれからなのだろう。

 彼らの従者たちは後ろでハラハラした顔をしていた。大変そうだ。


「拾えよ、平民」

「ぶふっ!」


 どストレートで思わず吹きだしてしまった。

 腹筋にキツいので、不意に笑わせようとしないでほしい!

 どんな嫌味か、外連味のある言葉を浴びせかけられるのかと思ったら……!


「おい! 平民如きが失礼だろうが!」

「生意気に従者なんてつけやがって。ほら、さっさと拾えよ!」


 追撃である。

 これもどストレートではあるが、もう不意ではないので笑えない。

 やはりギャップが良くも悪くも人を驚かせるのだ。


「ロモロ様、いかがなさいますか」

「いいよ。このぐらい自分で対処できる」


 ニコーラであれば経験でどうとでもできそうだけど、自分の問題はなるべく自分で解決したい。少なくとも、スパーダルドの威は借りられるわけだしね。

 僕はできる限り、自然に笑みを浮かべるようにして彼らを見据えた。


「そちらが放り投げたものを、なぜ僕が拾わないといけないのですか?」

「はぁ? お前、平民だろうがよ!」「平民は貴族に従うもんだ!」


 周囲の生徒たちは固唾を呑んで見守っている。

 とはいえ、これが貴族たちの普遍的な意識なのだろうな。

 でも、僕が平民であろうと言われっぱなしのままでは、後援となってくれたスパーダルドの沽券に関わってしまう。


「二十分ほど前ですが、僕らは生徒代表であるテアロミーナ様の言葉を聞きましたよね? ここでは王の血族であろうと、公爵の血族であろうと、身分に関係なく勉学に励む場所。お互い切磋琢磨して、我が国の発展に寄与できるよう努めてください、と」

「は、はぁ!?」「何を言ってんだ!?」「平民如きがさぁ……!」


 ダメだね。これで「そんな建前、信じてたのかよ。これだから平民は教育がなってないな」とか言われれば、こちらも別の反論をしなければならなかった。

 これなら正論で押し通せる。


「平民如きだろうと僕はテアロミーナ様を後見として、即ちスパーダルド公爵家の支援の下、この学校に入れてもらいました。僕は平民だから会ったこともない君たちがどこの誰かは知らないですが、スパーダルド家に泥を塗っても問題のない立場なのですか?」

「なっ……」「えっ……」「そ、そうなの……?」


 さすがに後ろにいた従者たちも青ざめた。

 スパーダルド家はファタリタの四大公爵家のひとつであり、筆頭とも言っていい。

 テアロミーナ様に紹介されてる時点で、それぐらいは頭の片隅に入れてほしかったね。

 後ろでニコーラが少し笑っているような気がした。


「こちらとしても無用な喧嘩は避けたいですし、今すぐ矛を収めてほしいですね。僕は毎日、テアロミーナ様に包み隠さず、学校で起こったことを報告する義務がありますので。今のままでは、喧嘩をすることになった旨を報告しなければなりません。あなた方の名前も明かす必要もあります」

「あ、う……」


 こちらは売られた喧嘩は買うぞ、という意思表示だ。

 喧嘩を売ってきた三人は助けを求めるように後ろに控える従者を顧みた。

 慌てたようにこそこそと話している。おそらくはやり過ごした方がいい、といった話をしているのだろう。

 もう充分かな……と感じて、僕は屈んで彼らの落としたハンカチーフを拾った。


「……そんなわけで、もう僕の前に落とさないようにしてくださいね?」


 そう言って手渡すと彼らは「あ、ありがとう……」と言って、そそくさと教室の端に生き、上の方の椅子に座る。

 スパーダルドの名前を出したのは、大人げなかったかもしれないけど、それでも円滑に進めるためには一番手っ取り早い。テアロミーナ様が遠慮なく口に出しなさいと言ってくれたのも、こういったことを見越してのことだろう。


「お見事です。ロモロ様」

「このぐらい対処できなきゃ、これからやってられないよ。スパーダルドの名前が使えるんだしね」

「いえいえ、とても平民とは思えないご立派な振る舞いでした。爵位の低い者は、あれで気圧されてしまう方も多いですからな。位が高くても気弱な方もいますが……」


 何かを思い出すように笑うニコーラ。

 身近な人にそんな気弱な人がいたのかな。


「ただ敢えて苦言を呈すならば、相手の発言に対して吹き出すのは上品な振る舞いではございません。不意な発言にも平静を失わず、優雅に振る舞いなさいませ」

「あまりにも直接的すぎたけど、予想できた発言ではあったからね……」


 従者として、細かいことでもちゃんと注意してくれるのはありがたい。

 さて、ひとまずトラブルは回避できたし、僕もどこかに座ろう。

 教室は広くて、どこでも席は空いている。あんまり人の集中していないところがいいかな。まだ何もわからないまま他のクラスメイトと友誼を結ぶのも難しいしね。


 最前列の一番真ん中の長机に誰もいなかったので、そこに座った。

 ニコーラは僕が座ったのを確認してから、教室の隅に控えている。


 耳を澄ますと、まだ僕の話をしてる人がちらほらいた。

 ただ、その会話の内容はともかくとして、彼らの会話は貴族にしては気安い。

 つまり、この教室の中で、すでに彼らは既存のグループとして形成されているのだろう。そりゃ子供の頃から付き合いがあるだろうしなぁ。

 この平民という不利を背負った中で、どうやって目的である交流を増やしていくか頭を悩ませていると、


「ねっ、講堂でロモロって紹介してたよね?」


 突然、無遠慮に女子に横に座られた。ちょっとギョッとする。

 なんでわざわざ僕の横に来たんだ?


「そうですけど……」

「いやー、貴族に喧嘩を売るなんて腹の据わった平民だねー。ふっふっふー」

「あなたは?」

「おー。申し遅れたね。ボクの名前はリュディヴィーヌ・ド・オードヴィル」


 言動は活発だが、よく見ると非常に美しい顔をしていた。

 テアロミーナ様とかと同じ、美人に属するものだ。まだ幼さが勝っているけど。

 大きな目に短めの銀髪、特に目を惹くのは濃褐色の左目と青色の右目だ。

 左眼は夜の暗闇を、右眼は空の青を抱く、なんてね。

 ……でも、ファタリタにオードヴィルなんて名前の家はなかったはず。


「リュディヴィーヌ・ド・オードヴィル……どちらかというと、隣のアルコバレーノ王国っぽい名前に聞こえますね」

「当たりー。よく知ってたね。こう見えて留学生なんだ。長いからリュディでいいよ。こういう場じゃ様もいらないからね? 敬語も。ほらほら、遠慮しないで」


 肩をパンパンと叩いてくる。本当に気安いなぁ……。

 お姉ちゃんと気が合いそうだ。


「……それでリュディ。僕に何の用?」

「うん。君にめっちゃ興味がある」

「はぁ……」

「そして、平民の生活を知りたい! どんなことをしてるのか、どんなものを食べているのか。伝聞だけじゃやっぱり伝わらないんだよね。父上は厳しいから、市井へ行くのを許してくれないし」


 アルコバレーノ王国はファタリタの西にある隣国で、魔法研究都市などもあって魔法が非常に盛んだ。今の魔法体系の基礎はアルコバレーノ王国が築いたと言ってもいいらしい。厳密にはその前身のミラ王国かもしれないけど。

 ファタリタとは『軍経協商』――軍事と経済で同盟を結んでいて、彼女のような留学生などの交流も盛んなようだ。


「それ聞いて、どうするの?」

「知ることに意味がある! 知ってから考える! なんとなく聞いておきたいんだー、今後のためにもね。知識ってのはいつ役に立つか、運命の神は教えてくれないからね」


 気を遣うことなく明け透けにものを言ってくるのは、こっちとしても非常に心地よい。

 こっちも気を遣わないで済みそうだからね。ずっと気を張って生活するのもきつい。


「強制?」

「おいおい。君がさっき言ったとおり、ここは身分に関係なく勉学に励む場所だよ。そんな野暮なことはしない。第一、外国人のボクがこの国の人に強制させる権利もないさ」

「じゃあ、こっちも条件付けていい?」

「ほう。なんだい? 条件次第だけど」

「そっちの生活も聞かせてほしい。貴族の生活をね」


 そう言うと、リュディは目をパチクリさせた。


「それ聞いて、どうするの?」


 そして、僕とまったく同じ質問をしてくる。


「知ることに意味があるし、知ってから考える。その辺りは僕も同じだね」

「ふっふっふ。いいね。もちろんだよ。気が合いそうじゃないか。君が包み隠さず話すならば、ボクもすべてを曝け出そう」


 まさか、初のまともな会話相手が国内じゃなくて国外の女子になるなんてね。

 そんな感じで話が纏まったところで、先生と思わしき大人が教室へと入ってきた。


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