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パネトーネの終わり

 パネトーネは自分の部屋で苛ついたように指で机を叩いていた。

 トントントントンと音が止まない。

 机が壊れてしまうのではと錯覚してしまうほど大きくなっていった。


「なんでこんな街に領主一族の私兵が来るんだよ……!」

「どうも誘拐事件の事後処理だそうで……」


 バグナイアは街としては決して大きくない。贔屓目に見て中程度の規模。

 街道こそあるが、スパーダルド州の物流を支える大動脈からは外れた枝葉の道だ。

 故に重要度は高くない。だからこそ、パネトーネもそこに目を付けたわけだが。


「それで誘拐事件の件について関与の疑いを持たれています」

「はぁ? なんで?」

「アルベルテュス様から貸与を求められた馬車がそれに使われたとか……」

「ちょっと待て! それは聞いてる! だが、紋章を外せと言ってあっただろう!」

「それがどうも行き違いがあったようで……。紋章の件で話があると」

「クソッ!」


 ついに指ではなく手で机を叩き始めた。

 部下たちが戦々恐々としている。これは死人が出ると。

 パネトーネがここまで激昂したら、死人が出ないと収まらない。

 だが、その理不尽な暴力が振るわれる直前に、ひとりの男が部屋に転がり込んできた。


「マズい、パネトーネ! 我らの企みが露見したぞ!」


 入ってきたのはこの街の行政官であり、パネトーネが鼻薬を効かせていた男だ。

 パネトーネから賄賂を受け取り、彼らに便宜を図り、私腹を肥やしていたのだが……。


「テアロミーナ様の私兵に書類を全て検められている! もはや――」

「風の刃よ、切り裂け。〈ラマ・ディ・ベント〉」


 最後まで言い切ることはできなかった。

 パネトーネの魔法が行政官の首を切り裂く。

 噴き出した血は風に煽られ周囲に散った。


「ふざけるなよ! どいつもこいつも! ガキの仕事すら出来ねぇのか!」


 パネトーネは立ち上がり、血溜まりに倒れ伏した物言わぬ行政官の身体を蹴る。

 死では足りないとでも言うように、鬱憤を晴らすべく蹴り、血溜まりをさらに汚した。


「も、もう逃げるしかないんじゃ……」


 部下の誰かがぽつりと呟く。

 行政官への賄賂。誘拐事件への関与。

 さらにガキによって森への放火まで自分たちの仕業とほぼ断定させられたという。

 しかも、たった今、この街の行政官を殺してしまった。


「クソックソッ、なんでオレがこんな目に! てめぇら! 持つもん持って逃げるぞ!」


 そう言われた部下たちの動きは速かった。

 必要なものだけをまとめて、彼らは地下に向かう。

 予め作っておいた街の外に出るための逃走経路だが、まさか使うことになるとは思っていなかった。

 パネトーネは歯噛みして悔しがり、そして、復讐を決意する。


「殺してやるぞ、アーロン! 貴様さえさっさと戻っていれば……!」


 そうして、街の衛兵たちがパネトーネの屋敷に踏み込む頃には、中にいたすべての者が消えていた。


        ◆


 今、僕らは街の外にいる。

 森から少しはみ出たところに小さな狩猟小屋があり、それを目の前にしていた。

 以前、マティアスさんたちと一緒にモンスター討伐を見させられた場所に近い。


「本当に連中が来るのでしょうか?」

「ロモロが言うのですもの。間違いないわ」


 少し疑わしそうに言うベルタ様をテアロミーナ様が笑って一蹴する。

 いや、絶対に来るとは言い切れないけど、高確率でここしかない。

 もちろん来るのは屋敷から逃げたパネトーネだ。


 少し前にベルタ様が来て、パネトーネが屋敷から逃げた旨を伝えられた。

 テアロミーナ様はこちらに危険が及んでいないかを確かめるためにベルタ様を派遣したらしい。

 それで逃げた先に心当たりがある僕は、テアロミーナ様たちを案内したのだ。


 この狩猟小屋は街の人が来ないような場所に建っており、かつ届出のない建物だったのは把握していた。

 一度、ロッコたちに秘密基地として連れて来られた場所だったが、中を調べたところ誰もいないのに何度か使われた形跡があった。

 さらに言えば、床にも怪しい空洞があるのも確かめている。明らかに音の違う箇所があった。地下に通じる階段があるのだろう。


 場所を細かく言って伝えるのは困難だったので、テアロミーナ様の率いる私兵の馬に乗せてもらって同行している。

 僕が心配だと言ってお姉ちゃんもついてきていた。

 時間的な猶予は気掛かりだったけど、馬であればこの距離は追い越しているだろう。


 そして――。


「てめぇら、北を目指すぞ! まずは次の街で馬を調達――」


 勢いよく言えたのはそこまでだ。

 狩猟小屋から出てきたパネトーネの一味たちは周囲の騎士たちを目の当たりにして口を閉じる。


「投降なさい。抵抗するならば――殺す」


 テアロミーナ様の瞳が獲物を見据えるように鋭くなった。

 それだけで及び腰になった者もいる。

 だが、パネトーネだけは違った。


「上等だ! 乱戦になりゃ騎士も何もあったものかよ! 砂塵よ、飛び散りて、破砕せよ! 〈テンペスタ・ディ・サッビア〉!」


 詠唱を行い、周囲を砂塵で覆う。

 正攻法ではどうにもならないと、パネトーネが悪足掻きをしたのだろう。

 だが、この悪足掻きは効果的だった。


「ちっ! 先手を打たれるなんて、油断が過ぎたわね」


 テアロミーナ様が不愉快そうに砂塵を吸い込まないよう口に手を当てる。

 お姉ちゃんもいきなり魔法を使われると思っていなかったのか、マナを独占するような真似をしていなかった。

 パネトーネが魔法を使うとも思っていなかったのだろう。

 ただ、こんなところでマナの独占とか使ったら、色々物議を醸すだろうし、よかったのかもしれない。


「大人しく神妙にしろ!」

「ぐあっ!」

「この程度で動揺する我らではない!」

「があッ!」


 剣戟の音と悲鳴が砂塵の中で響いてくる。

 その音も少しずつ少なくなり、見えないけど制圧が進んでいることを実感した。

 視界が不自由になったところで遅れは取らないようだ。


「……なんか来る」


 隣にいるお姉ちゃんが、剣呑な雰囲気を感じさせる口調で呟く。

 そして、「離れちゃ駄目だよ」と僕にだけ聞こえるように囁いた。

 その瞬間――砂塵が乱れ始め、それと同時に僕に向かって手が伸びてくる。


「貴様を人質にッ!」


 パネトーネが僕に肉薄していた。

 その手が僕の首を捕えようとしたところで、


「はっ!」


 しかし、パネトーネの指を空を切る。

 僕に届く前に、お姉ちゃんが手首をがっしりと掴んでいた。


「あたしの前でロモロに手を出すなんて、百年早い!」


 そして、掴んだまま力任せに持ち上げ、地面へと叩きつける。

 気絶したのかパネトーネはピクリとも動かなくなった。


 それと同時に砂塵が晴れていく。

 制圧は完全に終わっていた。


「ふう……。お姉ちゃん、よく来るってわかったね」

「どこだったかの戦争で何度もやられたからね。こういうのは空気の流れを感じ取るんだってイブレーア元帥に教わったから」


 お姉ちゃんは何でもないことのように言うが、テアロミーナ様たちが目を少し白黒させてるので、やっぱりやり過ぎてる気がした。

 未来から戻ってきたとはいえ、今のお姉ちゃんは十歳なのだ……。


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