火事の責任
「どう責任を取ってもらえるんだぁ!? えぇ!?」
「そう言われてもな。昨日も火はしっかり落として帰った。燃えるなんてあり得ない」
「じゃあ、なんで森が燃えてんだよぉ!? 火種なんてお前の鍛冶屋しかねぇだろうが!」
「不思議だなぁ……」
パネトーネの連中がお父さんを取り囲んで荒い口調で非難をしている。
そう。森に火種は存在しないのだ。お父さんの鍛冶を除いて。
当然、疑いの目はそちらに向くことになる。
「あいつらの言ってることは腹立たしいが……」
「今回ばっかりは確かになぁ」
住人たちも反論できないから庇うことができない。
実際に現状ではそう判断せざるを得ないだろう。
「待ったーーーーーーーーーーーーーーー!!」
だが、そこに当然のように乱入する者がいる。
いつの間にかお姉ちゃんは大の大人たちが取り囲む中に、物怖じせず入っていった。
……こういった直情的な性格は直してもらいたい。
「ま、またお前か……!」
「ひっ……。こ、こいつ……!」
「ああ!? なんだてめぇら、悲鳴なんぞ上げやがって」
「いや、こいつ、ヤバいんすよ、ちょっと……」
今回、お父さんを取り囲んでいるのは以前と同じ面子に加えて、僕らと森で遭遇した人たちも混ざっていた。
その人たちはお姉ちゃんの魔法を目の当たりにしてるせいか、及び腰になっていた。無理もない。
「こら、モニカ。危ないから離れてなさい」
「離れない! お父さんを傷付けるやつは絶対に許さないから!」
突発的に魔法を使いかねない。好き勝手に暴れて、殺意も出かねない。
せっかく火事を消し止めるために、自然の力を使ったというのに。
「ちょっといいですか?」
「ああん? 何だガキ!! 引っ込んでろ!」
僕もまた取り囲む中にしれっと入る。
「ちょっとロモロ君! 危ないわよ!」
「大丈夫ですよ。彼らは暴力を振るったりはしません――いえ、できませんから」
「舐めるなよ、ガキ。オレらが暴力を躊躇うとでも?」
「どうぞ? テアロミーナ様率いる近衛兵も駐屯している状況で不当な暴力を振るえるというならやってみてください。ちなみに暴力沙汰は証言を不利にしますよ」
「……クソガキ」
彼らがどれだけ力を持っていようと、領主の娘が睨みを利かせている以上、今の彼らに無茶はできない。できるわけがない。
そうでなければ火事という大事を理由に、さっさとお父さんに対して実力行使に出ていただろう。
「不当じゃねぇ! こっちはパネトーネ様の所有する森をお前の親父のせいで焼かれたんだぞ!」
「所有権云々はひとまず置いておくとして。この火事が本当に鍛冶屋から発生したものなのか、確かめに行きませんか?」
「なんだと……?」
「たぶん、一発でわかりますよ。火元が鍛冶屋かどうかは」
パネトーネの一味たちはお互いに頷き合っていた。
どうせ、原因なんかわかるはずがないと高を括っているのだろう。
もちろん本当にお父さんの鍛冶屋が原因というのもなくはないけど。
僕はお父さんの管理能力を信じる。
「だったら、クソガキ。オレらと一緒に立ち会って確かめに行こうじゃねぇか。その代わり、証拠を見つけたら少しは痛い目見てもらうからなぁ?」
「ええ。行きましょうか。お父さんとお姉ちゃんもついてきてもらっていいかな」
「あ、ああ……まあいいが」
「了解だよ、ロモロ」
「あたしも連れて行きな、ロモロ」
「私たちも行こう」
そこに名乗りを上げた者がいた。
薬師のゾーエ婆さんと、兵長のエットレさんだった。
「こっちも薬草の群生地がどうなったか心配なんでね。まあ、区画的に大丈夫だとは思うが」
「火災の原因がわかるなら、私たちも確認する義務があるのでね」
「じゃあ、第三者の立ち会いってことでお願いします。いいですよね?」
パネトーネを率いる男は、少しばかり不服そうだったが、不承不承といった様子で頷いた。
雨も止み、朝日が照らしている中、僕らは大所帯で森の中へと入る。
焼け焦げた区画へ足を踏み入れると、焦げた木が立ち並んでいた。
いつもの森の景色と比べると、とても寒い。冬だから生い茂っているわけではないが、それでも生命の息吹を感じない木を見るのは少しばかり心が痛む。
そして、お父さんの鍛冶屋までやってきた。
鍛冶屋は壁の一部が焼け落ちて、屋根は完全に崩れ落ちている。
「ひでぇな、ありゃあ……当分、仕事は出来なさそうだ」
お父さんが寂しそうに呟いた。
おそらく鍛冶に使う道具は全滅しているだろう。
中のものは完全に焼け焦げている。
「さて。クソガキ。これでわかっただろう。鍛冶屋を中心に焼けてるんだ。火元で間違いないだろう」
「結論にはまだ早いですよ」
「ああ?」
「少し鍛冶屋の周りを見させてください」
「変な真似したら承知しねぇぞ……」
鍛冶屋の建物というのは、火を扱うために火に強くできている。
ちょっとやそっとの火では決して崩れたりはしない。
もちろん今回のような大火事が起これば別だが。
お父さんの鍛冶屋までは街からの道が作られている。ただ土を踏み固めただけの道。
その両脇に木々があり、確かに鍛冶屋を中心に燃えていた。
ただ若干、火災は東寄りであり、鍛冶屋の建物も東側の被害が大きい。
道側――つまり入り口の方は比較的壊れていなかった。
「火元は鍛冶屋じゃありません」
「はあ? てめえ、何を根拠に――」
「鍛冶屋の中で火が燻って燃え広がったなら、もっと均等に崩れてるはずです。なのに、東側の被害が大きいです」
「そんなのたまたまかもしれないだろ! 火種がそっち側にあっただけだ!」
たまたまと言われたら、実際返す言葉もない。
西側は道路で少し木々とは離れている。燃える燃料がなければ、被害が小さいということもあるかもしれなかった。
しかし――。
「たまたまでは起こりません」
「クソガキ、何を根拠に――」
「鍛冶屋の建物は火に強いです。もちろん今回の火事になれば話は別ですけど」
「だからなんだと……」
「夜に火種が燻って燃えたという程度では、ここまで崩れません。そして燃え広がりません」
「現に燃えてるじゃねぇか!」
「ええ。でも、ここ……なんだか、油臭くありませんか?」
そう言うと、パネトーネの一味たちは一瞬だけ眉を顰めて顰めっ面をした。
周囲の兵士やゾーエお婆さんは匂いを嗅ぎ始める。
「確かに少しばかり油の匂いがする。カンテラによく使われてる魚油だね」
「なるほど。言われてみれば確かに」
ゾーエ婆さんとエットレさんはわかったようだ。
「ですよね。つまり火種は鍛冶屋の中じゃなかったわけです。外側で油によって勢いよく燃え広がって、東側が強い火勢で焼け落ちた……というのが僕の予想です」
「待てよ、クソガキ。油が中にあった――」
「ありませんよ。火を扱う場所にそんな危険物、置きません。そうだよね、父さん」
「あ……ああ。可燃物は薪しかない。それは街の方にも確認してもらっている。そもそも高いしな。カンテラの油なんて。カンテラ自体持ってもいないし」
ここまで来れば、だいたい誰にも答えはわかっただろう。
「というわけで、少なくとも鍛冶屋から発生した火事ではありません。可能性としては、事故か、あるいはこの鍛冶屋をどうにかしたい人による人為的な火災ですね」
そう言って僕はパネトーネの一味たちを見回した。
効果は覿面で彼らの顔は雄弁に犯人を物語っている。
まるで悪戯がバレた子供のように不安そうだった。
「お、オレらがやったって証拠はねぇだろ!」
「僕は別にあなたたちがやったとは言ってませんよ。状況的な証拠はありませんしね」
「………」
「僕は鍛冶屋が原因ということだけは否定したかった。それだけです」
では、戻りましょうか。……と言って僕らは森の外に出た。
パネトーネの一味たちはそそくさと足早に去っていく。
すると、エットレさんが近づいてきた。
「ロモロ君。一応、伝えておこう。今日の深夜の話だが、君の話を聞いて、ひとつ気になる話を思い出した」
「なんでしょう?」
「カンテラを持って街中を移動する連中がいたという話だ。君の話と合致する」
それは非常にいい情報だった。
「息子のロッコの話だが、他の見回りからも動く光を見たという報告も受けている」
「ロッコですか。妙な時間に出歩いてますね……」
「祖母の家から帰る途中でな。もっと早く帰れと言っていたんだが……。ああ、言うのが遅れたが、ロッコと遊んでくれてありがとう。あいつも友だちが増えて喜んでいたよ」
「こっちも楽しいですよ。周りにはいないタイプなので」
これで、そのカンテラを持って歩いていた連中がわかれば、この事件は終わりだ。
いや、もう終わってる気もするけど。
するとゾーエお婆さんも横から口を出してくる。
「いいのかい、ロモロ。このままあいつらを見逃して」
「まだ直接的な証拠はないですし。でも、たぶんすぐわかります。この街で油を使うカンテラを持ってる人は限られてますし」
「……なるほど。怖い子供だよ、アンタは」
ゾーエお婆さんに背中をパンパン叩かれる。痛い。もっと労ってほしい。
そして、その場は解散となった。
もう朝日は高く昇り始めている。いつもなら朝御飯を食べている時間だ。
「ロモロ、お前、凄いな。頭がいいとは思っていたが……」
「そうだよ、お父さん。今更気付いたの? ロモロは凄いんだよ!」
「ははははは。子供の才能に気付けないなんて親として失格だな」
お姉ちゃんが我がことのように僕のことを褒めてくれる。
お父さんも僕のことを手放しで褒めてきた。
照れくさくてむず痒い。
「それよりお父さん、鍛冶屋は壊れちゃったけど、明日からどうするの」
「無職になっちまったなぁ。どっちにしろ、街の連中で集まって焼けた森を一度片付ける必要があるだろう。……それよりもまずは飯だ飯」
「そうだね。お腹空いちゃった!」
お父さんはさっさと家へと戻っていく。
僕らもそれを追いかけた。
隣を歩くお姉ちゃんに小声で問い掛ける。
「お姉ちゃん。今回のことは、なかったんだよね?」
「うん。こんなことがあったら絶対に覚えてるよ」
「前に家が燃えて僕らが死んだ……って言ってたよね。関係あると思う?」
「うーん……どうだろう。少なくとも貴族になって以降は聞いたことがないよ、パネトーネの名前は」
以前に聞いた話では、僕らの家を放火した犯人は捕まらなかったし、証拠が何も残っていなかったとか。
そう考えると、今回の件とは関係がないのだろうか?
ただ、お父さんへの害意を明確に感じる。気に留めておこう。
朝御飯を食べ終わったところで、我が家に来客があった。
お母さんが対応し、すぐさま僕が呼ばれる。
「ロモロ、お客さんよ」
「おはようございます。ロモロ様」
テアロミーナ様の筆頭侍女、ベルタ様だった。




