魔族の少年が残したもの
昨日はなんだか色々と衝撃的な事実があって、夜は考え事をしながら眠りについた。
でも、翌日にはいつも通りだった。
考えても仕方のないことは考えない。悩むだけ無駄だろう。
僕に必要なのは魔族のことを調べ、必要であれば魔族を救う方法だ。
「ちょっと、ロモロ! 昨日はいきなりどうしたの?」
お姉ちゃんはいつも通りだったが、妙に怒っていた。
「何が?」
「あ、あんなことしておいて何が? じゃないの!」
「あんなこと?」
「~~~~~~~~~~~~!」
顔を真っ赤にして押し黙ってしまう。
……よくよく考えると、僕らは入れ替わっていたんだよな。
つまり彼は数時間ほど僕の身体で動いていたはずだ。
何をしたの? ……と、深く聞き出すと危険な気がする。
だが、そんな彼が残した爪痕は、どうもこれだけではないらしい。
「よう、ロモロ。昨日は助かったぜ」
「お前さん、いつの間にあんな力つけたんだい?」
「ロモロくん、大胆になったわねぇ」
情報がないからさっぱりわからない。
しかも、自分が何をやったのか聞き出すのも変な話だ。
誰かに話すべきだろうか。だけど、別人と入れ替わっていたとか言っても、誰も信じてくれないよね。
この件に関しては、また彼と会う機会があったら問い詰めないと。
夕方の鐘が鳴り、お昼を告げる。
午前中の魔法訓練を終えて家に戻ると、その周辺が騒然としていた。
軽装ではあるが鎧を着込んだ騎士と思しき者たちが周辺にいる。
「な、なんで? うちの家、なんか変なことした?」
隣にいたお姉ちゃんが戦いている。覚えのないことなんだろうな。
お姉ちゃんはすっかり忘れているようだが、この騎士の人たちには見覚えがあった。
「着込んでいる鎧や佇まいからして、テアロミーナ様の部隊の人たちだよ。何人か朧気に覚えている顔もあるし」
「よく見たら、確かにそうだね。あたしたち、変なことはしてないと思うけど、何の用だろう」
まだまだ街には雪が降り積もっている。
馬では移動しにくい季節だ。寒いし。
それでも騎士の人たちは寒がる素振りを見せない。熟練だな。
「お待ちしておりました。ロモロ様。モニカ様」
見知った顔のメイドさんがやってきた。
テアロミーナ様の侍女のベルタ様だ。
こちらに向けて丁寧な仕草で頭を下げる。
「お久しぶりです、ベルタ様」
「お、お久しぶりです……」
「突然、押しかけてしまって申し訳ありません。ですが、我が主様がお伝えしたいことがあるようでして」
「わざわざ直接出向かずとも、手紙でよかったのでは?」
「いえ。こちらには別件もありましたので……あの方はこっちが本命と思ってそうですけど」
最期の言葉は小さくて聞こえなかった。なんて言ったんだろう……。
「テアロミーナ様が中でお待ちです。どうぞ、お話しを聞いてあげてくださいまし」
「はあ……」
いまいち要領を得ないけど、家の中に戻ろう。
「まあ、ロモロ! それにモニカも。久しぶりですね」
中にはテアロミーナ様がいた。僕らの姿を見て、顔が華やぐ。
嬉しそうな笑顔にこちらも嬉しくなった。
家はあばら屋だというのに、この人がいるだけで家の品がこれ以上ないほど上がっている気がする。
「ろ、ロモロ。モニカも……ようやく戻ってきたか」
「あ、あなたたちを待っていたのよ?」
お父さんもお母さんも頬が引き攣っていた。
そりゃ突然、領主の娘が家に訪ねてきたらなぁ……。
出すべきものも出せずに固まるしかないだろうね。
干し肉を出すわけにもいかないし。
テアロミーナ様は気にせずに、笑みを浮かべてそうだけど。
「ロモロ。モニカ。あなたたちに重要な話を持ってきました」
僕らが頭を下げてから椅子に座ると、テアロミーナ様は口を開く。
テアロミーナ様が持ってきた話は、罰などではなく。
「学校に通いませんか?」
僕らの将来を大きく変える選択肢だった。
「学校、ですか?」
「ええ。街の日曜学校ではなく、本当の学校です。週のうち六日間を朝から晩まで……は言いすぎですが、勉学に集中して励むことが可能です。国語から数学、社会、歴史、薬学、魔法……様々なことを学び、王国の礎となる教育を学びます」
「なぜ、僕と姉が?」
すると、テアロミーナ様がくすりと笑った。
「もちろん、あなたたちが優秀で、一介の平民でいさせるには惜しい存在だからです。あなた方、ふたりとも魔法が使えるでしょう?」
バレていた。ふと横目でお姉ちゃんを見てみると目が泳いでいる。
まったく隠せていないな。
「魔法が使える……それだけでも入学に値します。それに魔法を制御するためにも、入学してほしいという側面もありますね。独学で魔法を学ぶのは危険ですから、しっかりとした教育によって、正しく学んでほしいのです」
言い切られてしまった。
お父さんは疲れたように目を伏せていたが、初耳のお母さんは目を見開いていた。
お父さんは言ってなかったんだろう。
「……どうして、それを?」
「捕えた盗賊たちが白状しました。まさかとも思ったのですが、誘拐された子供たちからの話とも一致しますからね。それにロモロは簡易館を作った魔法について、興味深そうに尋ねてきましたし、それについて話したら理解してそうでしたからね」
「……なるほど。では、姉の方は……」
「さすがに野生の馬がたまたまいたという話を信じるほどお人好しではありませんよ。しかし、そうでなければ雪の中を我々に追いつくとすれば魔法しかありません。弟が使えてるのであれば、姉が使えたとしても不思議ではないですからね」
完敗だ。
僕が言うのも烏滸がましいけど、敏い。観察力もしっかりしている。
「驚かせてしまったかしら?」
「あの、入学は……強制、ですか?」
「まさか。そんなわけはありません。平民で魔法が使える方もいないわけではないですからね。あなたたちの承諾と、そしてご両親の許可があれば、です。わたくしは選択肢を与えにきただけですよ」
教育は非常に魅力的だ。
この街だけで学ぶには限度がある。魔法なんて一番基礎から学びたい。
僕としては願ったり叶ったりだ。僕はもっと知識がほしい。
しかし、そう簡単に二つ返事もできなかった。
「それに、一年間ずっと勉強をするわけではありません。季節ごとに大きな休みがありますから、そこで帰省もできますよ」
これはどちらかというと僕たちではなく、親に言っているような気がした。
この街に学校はない。
あるのは州都だろう。
すると、お母さんが小さく手を挙げた。
「あ、あの、混乱しているので、変なことを言うのかもしれませんが」
「お気になさらず。むしろ、無礼を働いているのは突然押しかけたこちらですから」
「も、申し訳ございません。見ての通り、我が家は裕福ではありません。学校には大金がかかると聞いたことがありまして……。そのようなお金をとても工面できません」
「心配ございません。おふたりの資金に関しては、すべて我が家で面倒を見させていただきます。入学金、授業料、生活費、そのすべてを。最近取り入れた奨学金というシステムがあるのです」
お母さんがパクパクと口を開け閉じしている。
話の展開についていけないのだろう。
「このふたりをそこまで評価していただけてるんですか!?」
今度はお父さんが驚いたように言った。
こんな場でなかったら不敬だと言われそうだ。
「ええ、もちろん。このふたりにはそれだけの潜在能力があると確信しております。嫌な言い方ですが、価値と考えてもらって構いません。これは我がスパーダルドだけではなく、ファタリタ王国にとっての、です」
少し、その言い方が気にかかった。
この王国には幾つか学校がある。スパーダルドだけではない。
王領と、そして、各州にひとつずつ。
「テアロミーナ様。もしかして学校とは、スパーダルドではなく――」
「さすが、ロモロは察しがいいわね。その通り、ファタリタ国立校――全寮制で各州の才子や才媛、他国からの留学生が来る我が国では最高峰の学校です。その分、授業の質も高い水準にあります」
領内の貴族でも選りすぐりの人たちが通うという曰く付きの学校だ。
貴族は領内の学校に通うが、優秀な者は王領の学校、即ちファタリタ王立校へ行くという。
「さすがに買い被りすぎでは?」
僕がそう言うと、テアロミーナ様は首を振った。
「いいえ。貴方は間違いなく天才よ。州都の学校では不足していると確信しています。……王立校はわたくしが生徒の代表を務めているという理由もありますからね。わたくしが卒業をするまでは、お世話もできますし」
とてもいいお話しだ。お金の問題がないのならば、これは受けるべきだろう。
お姉ちゃんの反応からして前回では起こっていない事態なのは想像できるけど、それでもここでは得られない知識を学校で吸収できる上に、様々な人脈を築くことができれば、間違いなくお姉ちゃんや僕の武器になる。
それに――。
『もっと詳しく知りたいならファタリタ国立校へ行ってくれ。あそこの禁書庫に、ワールドルーツ――過去に起こったことすべてが記された本があるはずだ』
魔族の少年に言われた言葉も気にかかる。
全面的に信用したわけではないが、そんなものがあるなら見てみたい。
あればあったで彼を信用する一助になるかもしれないし。
ただ、問題は――この街に危機が迫った時に僕らがいられない可能性がある、ということだ。
お姉ちゃんの言う、勇者選定が行われるのは二年後。
しかし、二年後のいつ行われるのかは不明なのだ。
せめて季節ぐらいは思い出してもらわないと困るんだけど……。
「テアロミーナ様、伺いたいことがあるのですが」
「ええ。聞きましょう、ロモロ」
「季節毎に大きな休みがあると仰っていましたが、それ以外でも帰郷することは可能ですか?」
「もちろんです。生徒にも様々な事情がありますからね。幼い子の場合は親がいないことで、泣き出すこともありますし……」
そういうことではないのだけど、でも、帰ることはできるようだ。
あとはもうお姉ちゃんが思い出してくれるかどうかなんだけど……。
すると、お父さんが口を挟んできた。
「ロモロは学校に行きたいのか?」
「うん。行きたい。ただ、まだすぐには決められないけど……」
「モニカは、どうだ?」
「ロモロが行くなら、わたしも行かなきゃ……。でも……」
お姉ちゃんがちらりとこちらを見る。
どうやらお姉ちゃんも二年後の街のことを危惧しているようだった。
もし、二年後にお姉ちゃんがいなければ、モンスター襲撃によって街がどうなるかわからない。
その上、勇者選定も行われなくなる。
「ふふ、今すぐに決めなくてもいいのですよ。次の入学は冬が終わって春が始まる頃ですから。一年後でも可能ですし、秋にまた入学できますからね」
冬が終わるまで、残り二ヶ月といったところか。
それまでにお姉ちゃんの記憶が鮮明になれば、憂いはなくなるんだけど……。




