魔族の少年とのやり取り
「ひいっ!」
「暴れると危ない。じっとしてるのがいい」
「そ、そんなこと言われても! 高度何百あるのこれ……!?」
落ちたら絶対死ぬ。初めての空の旅は、何もかも必死だった。
マブルが風を巧みに操って空を飛んでたことがわかったぐらいで、あとは大人しくしているしかない。
少しでもバランスを崩せば墜落しかねない魔法を、危なげなく使っているのは本当に尊敬できる。このレベルは達人と言ってもいい。
これが僕にも使えるかというと……相当な長い修行が必要になるだろう。
集中をどれだけ崩さないようにできるかという話でもある。
「到着。もう暴れてもいい」
「いや、好きで暴れたわけじゃないんだけど……地面に足がつくって素晴らしい……」
「泣いてる?」
「生命の素晴らしさに泣いてるよ」
文字通り風のように、海を渡ってきて、僕らは王国内の森へと降りたった。
いつも薪を探したり、罠にかかった動物を探しに来る、僕らの街に隣接している森だ。
今は雪化粧をされており、白一色になっている。
そこにひとりの少年が立っていた。
何度か教会の鏡で見たことのある顔。
間違いなく、僕だった。
その僕の姿をした彼が、疲れたような顔をして、肩を竦めて僕らを見た。
マブルの言う、もうひとりのロモロだろう。
「お待たせ。連れてきた」
「おう。手間掛けたな、マブル」
マブルはとてとてと、僕の姿をしたロモロの目の前に立つ。
彼はあやすようにマブルの頭を撫でていた。自分を見るってなんだか妙な感じだな。
そして、彼の目がこちらを向いた。
「さて、こっちは初めましてってことになるな、ロモロ」
「え、えーと。そうだね」
相手は僕だけど、中身は魔族の少年だ。
普通に口から声を出してきて、どう接していいやら迷う。
「ま、そんな縮こまんねーでいいよ。魔族領は見てきただろ? 別に襲われたりしなかったと思うんだが。気にくわねーやつはいただろうけどな」
「そう……だね。常識が崩れてビックリした」
「だろうよ。俺も初めて魔族について知った時は、天地がひっくり返るような気持ちだったからな」
「……君は生まれついての魔族じゃない、の?」
「んー。どこまで説明すりゃいいかなぁ。全部言うと混乱させちまいそうだけど、せっかくの機会だし、なるべく俺の知る情報は伝えておきたい」
だが、そこでマブルは首を振った。
「時間はそんなにない」
「ま、そうだよな。さすがに俺が魔族領から長く離れてたら、不審がられるだろうし。まずは元に戻るか。ロモロ。少しじっとしててくれ」
彼は突如、僕に近づき、顔を寄せてくる。
相手の睫までしっかりと見えるような距離から、額をくっつけられた。
「目を瞑ってた方がいいぞ。気持ち悪くなるからな」
「う、うん……?」
目を瞑ると、微かに額から脳の中に、マナが満ちていく。
何かの意識が、中に入ってくるような、出ていくような。
すっと、温かさを覚えた直後、何かノイズが走った。
「いいぞ。目を開けろ」
目を開けると、目の前に魔族の少年がいた。
彼の隣にはマブルがいる。
自分の身体を見ると、服装やら何やら完全に自分と同じ。
元に戻ったのだ。
「成功だ。悪かったな、迷惑かけて。今後は失敗しないようにするから勘弁してくれ」
「君が原因なの? どうやったの? 魔法で人を入れ替えることができるの?」
「原因が俺なことは間違いない。どうやったってのは説明するとえらい長くなるから今はパス。人を入れ替えることはできないからな」
「じゃあ、どうして……」
「俺とお前は……まあ、ちょっと特殊なんだよ。本来、精神的に微弱な繋がりを使って念話ができるだけでよかったんだが」
「???」
「ともかく今、お前に知っておいてほしかったことは魔族の窮状だ」
なぜ僕が、それを知らなければならないのか?
それは当然のように湧いた疑問だ。
ただ、今それを問う気にはなれない。
それにこの話を聞けなかったら後悔する……そんな不思議な確証もあった。
僕はひとまず彼の話に耳を傾ける。
「端的に言うと、魔族はあの大地を何百年も前から出たがっている」
「あのマナ変異が原因、だよね?」
「あれが何もかもの原因だからな。で、これからも生きるために魔族はこっち側の大陸に領地を得たい。だが、人間が邪魔をする。何しろ現状、人間側はこちらをモンスターように思っている上に、言語も違っていて意思疎通もできないからな。魔族側は魔族側で主戦派が多くを占めてて、人間の土地を奪い取ろうという連中がたくさんだ」
「領地を得たいってのはわかるけど……でも……」
「言いたいことはわかる。そんな土地がないってこともな。一緒に暮らせというのも難しいだろう。元々、人と魔族は不倶戴天の敵としてお互い認識してる。だが、どうにかしないと世界に未来がない」
だから、魔族はもはや戦争という手段しかない。
仮に交渉ができたとしても、何かしらの対価がなければ土地が与えられることはない。
何よりも人は、感情でそれを許さないだろう。
人種、氏族、宗教、身分、あらゆる点で人類同士ですら争いあっているのだ。
そこに何もかもが違うと思われている魔族が、今の時点で共存など夢物語でしかない。
「将来、大きな魔族の侵攻があるってのは勇者から聞いたな?」
「……!」
「驚くなよ。お前も気付いてるだろ。他に未来のことを知ってる……いや、前の時間軸のことを覚えてるやつが他にいてもおかしくないって」
「じゃあ、君も覚えてるの?」
「俺やマブルは覚えてる。他に五人、候補がいた。ただ、そのうちふたりは記憶を引き継いでいない。さらにもうふたりは、まだちょっとわからない。最後のひとりはおそらく覚えてるが……こいつが一番、ヤバいな」
「……もしかして、ジラッファンナの誰か?」
「いや、違うが……。ん? なんでジラッファンナが出てきた?」
「おね……勇者が知らない重大な事件がジラッファンナの盗賊が起こしたから。まだ明確にはなってないけど」
「なるほどな。だが、ジラッファンナの人間じゃない。該当者はセッテントリオナーレ帝国の皇帝だ」
もっとヤバいのが出てきた。
「それは頭の片隅にでも置いておいてくれ。今は未来の方のことを考えるのが先だ」
「待って。そもそも、それを僕に教えてどうしろってのさ?」
「協力してほしい。人間と魔族の戦争を回避するために。戦争で魔族は勇者によって大きな傷を負う。何しろ二万の兵士がほぼ跡形もなく消されるわけだからな。こんなことになったら、もはや和平なんて望めない。恨みがすべてだ」
「だ、だけど……」
「だけども何もない。魔族はもう人間の住む大陸側に行けなきゃ死ぬだけだ。魔族領に縛られて生きるのを諦めて死ねってのは酷だろう」
「………」
「俺は魔族と人間の争いをどうしても避けなきゃならない。それは魔族が死んでほしくないとか、人間にも死んでほしくないとかもあるが、それ以上に遥かに危険な存在が目覚めるからだ。その前に協力態勢を敷けなければ……」
「危険な存在?」
「すまない。これも時間がない。だから、要点だけ伝えるぞ。勇者に言われてるかもしれないが、お前は貴族として偉くなってくれ。発言力を持ってくれ。どこか空いた土地に魔族を入れられるぐらいに」
「………」
「俺は俺で、これからもっと偉くなって主戦派を抑える。どうにか人間と交渉できる手段を探す。戦争だけはどう足掻いても避けられないが、勇者の一撃をどうにか抑えて、交渉への糸口を作り出す」
言ってることが真実かどうかすらわからない。荒唐無稽なものだ。
信用するに値しない情報。
だが、その瞳からは嘘が感じられない。
まるで何年――いや何百年もの間、それを望んでいたかのような、必死さが滲み出ていた。
「……最後にひとつだけ教えてほしい」
「なんだ?」
「危険な存在って? 要点だけでもいい。教えてほしい」
なぜかはわからない。
ただ、彼の言うその存在がすべての元凶となっている。
そんな気がしてならない。
「魔族の大地に眠り、マナ変異を起こしている元凶だ。過去を断ち切り、現在を見通し、未来を切り拓く力がなければ――俺たちは等しく無に返る」
過去を断ち切り。
現在を見通し。
未来を切り拓く。
その言葉は脳内に強く刻まれた気がした。
「もっと詳しく知りたいならファタリタ国立校へ行ってくれ。あそこの禁書庫に、ワールドルーツ――過去に起こったことすべてが記された本があるはずだ」
「ファタリタ国立校?」
「ああ。そうだ。それじゃ、またな。今度、上手くできれば、もっと長い時間、話す時間も作れるはずだ。その時を待ってくれ」
「ロモロ、もう時間。早くしないと気付かれる」
「ああ、わかった」
そうしてマブルに支えられた魔族の少年は、消えるように空へと飛翔していった。
反動で強い風が、僕の頬を撫でていく。
本当に、とんでもない日になったな……。




