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面倒な僕を助けてくれ  作者: 柱蜂 機械
第三章 二年一学期編
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第57話 文化祭一日目[7]お化け屋敷

 こんにちは。GWも後半戦ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

 自分はちょこっと熱海に行ってE655系「和」を撮影して来ました。いやぁ和ヤバいですね(語彙力)。いつか乗りたいです。

 お化け屋敷の中は「冷房ガンガン大作戦☆」が功を奏しているようで、まぁ確かに冷える。照明も床に置かれたフットライトのようなもの以外には一切なく、天井が少しその光を反射している。


 実際お化け屋敷など大して怖くはないのだが、心拍は一向に落ち着く気配がない。なぜかと言えば、それは、僕が今一人でここにいる訳ではなく、四ノ宮(しのみや)紅葉(くれは)と二人でいるためである。もちろん、僕と紅葉は付き合ってもなければ、今だって手を繋いだりもしていない。そう、僕らはただの友達なのである。故に、この空間でイチャコラしてお化けの反感を買う事もないのだ。だから何の問題もない。


 しかし、紅葉と彼女の従者に大見得を切った手前、何とか格好良いところくらいは見せたいというか、体裁は保ちたい。紅葉と一緒で、心臓バクバクとか、センテンススプリングの記事に書かれでもしたらいよいよ自宅警備員への就職が内定してしまう。やったネ☆

 どうにかこうにか紅葉たちには気取られぬように振る舞わねばなるまい。

 その一方で、せっかく紅葉と一緒にいるのだから、という気がしないでもない。僕の盗み聞きデータ録によれば、最近紅葉はクラスで人気で、男子からも注目の的である。紅葉がモテるということに関しては、本人は可愛いので当たり前のことであるし、幼馴染みとしては嬉しい限りである。しかし、同時にブタ共の下卑た目を向けられていると思うと心苦しく、またそこいらの家畜が気安くお目に入れられる人間じゃねぇんだぞ、などとも思う。まぁ、僕もその一員なんですけどね。

 とにかく、紅葉は男子からも、一部の女子からも好もしい視線を受けているのである。

 そういうことで、紅葉と一緒にいるのを見せびらかす方が良いだろうと思ったのだ。どうしようこの相反する思い。

 まぁ、どうせ反発は僕の方にしかやって来ない。それは今までに実証済みだ。嫌に思われる奴はどんどん嫌に思われるし、好と思われる奴はどんどん好く思われる。「嫌」とされる奴は何をやってもマイナスの評価しか付けられない一方、「好」とされる奴は何をやってもプラスの評価が付くのもまた事実だ。例えば、前述の二人がいたとして、そのどちらの人間も勉強も、スポーツもできて、人当たりが良いとする。しかし、下される評価はやはり先に記述した通りだ。

 「嫌」の奴は「アイツ何であんなイキッてるん?」「それなー。女子にカッコでも付けたいんじゃね?」「うわー。イキりモテると思ってる定期」「ホントそれ」となじられ、罵られ、蹴倒される。

 一方、「好」の奴は「うお……○○(人名もしくは渾名)やっぱパネェわ」「マジそれな。何かもう人として完成されてるよな」「マジリスペクトだわ」「ホントそれ」と、褒められ、称えられ、尊敬される。ってか「ホントそれ」便利すぎんだろ。ホントそれ。

 どちらもその能力は等しいのに、こうも違う評価が下される。この差って何ですか? と問われれば、それはその行動自体に「好」「嫌」が付与されてるからに他ならない。「好」の人間が何かを実行すればその行動に「『好』の奴がしたこと」というステータスが現れる。その逆もまた然り。「嫌」の人間が何かすればその行為には「『嫌』の奴がしたこと」というステータスが発生するのだ。

 つまり「好」の奴は常に「『好』の奴がしたこと」を実行しているし、「嫌」の奴は「『嫌』の奴がしたこと」を実行しているのだ。行為自体に前述した「『好』の奴がしたこと」「『嫌』の奴がしたこと」という意味があるのなら、その二つの行為の区分は「好」「嫌」の二つとなる。詰まる所「好」の人間は「好」しか行わず「嫌」の人間は「嫌」しか行わないのである。

 その為、人の評価はインフレ、デフレのどちらか一方しか有り得ず、大体の評価は第一段階で決してしまうということだ。

 まぁその主観の人が何かの集団に属していて、且つその集団と相容れない考えはしてはいけないというのであれば、その思想に集団の思惑が上書きされるということも充分に有り得るが……。

 恐らくいいとこメガネをかけていれば、その内日本の株価が上がったように感じられるということなんでしょう、きっと多分。21世紀はバイバインでものや貨幣の大量増加を期待したようだが、本当はいいとこメガネでも作って日本のGDPを上げるべきだったな。……ちょっと何言ってるか自分でも分かんなくなってきたわ。

 と、まぁ、話が非常に大きく外れたが、そういうことだ。僕が何をしようと紅葉にダメージは望めない。最早スーパースター状態である。


 チラッと後ろを振り向くと、同じように僕を見る彼女がいる。そして、はにかむように笑った。


 ヤベェ……可愛ぇ。


 ずっと見てるのはヤバそうだったので、取り敢えず目を逸らし、前を見る。


 教室の入り口からずっと真っ直ぐ、紅葉のペースに合わせてこの突き当たりまで来た訳だが、ここまでお化けの姿はない。その気配もない。

 もちろん、お化けが無闇矢鱈と姿を見せたり、気配を感じさせたりする訳はないのだが、何だか興醒めのような気もしなくない。

 だがしかし、ここは突き当たり。角を曲がったところでいよいよ出てくるのだろう。まぁこうやって予想してしまうのも、それはそれで興醒めだが。


 そう思って、ふっと通路通りに角を右に曲がると──いた。


「……ッ」


 思わず立ち止まる。こ、怖い訳じゃないし!


 相手の顔をよく見る。


 顔がない。だが、確かに、輪郭や肌の色は人間──日本人そのものだ……。


 目の前に現れたのは、お化けの定番、白装束を身に纏った長い髪の、のっぺらぼう。

 本当に角を曲がった所に立っていただけだった。


 何となく気味が悪く、冷や汗が垂れる。


「ヒァっ……!」


 後方から声がし、振り返ると、青冷めた顔をした紅葉が目に入る。しかも、その驚き方も尋常ではない。口はワナワナと震え、脚はガクつき、今にも泣き出してしまいそうだ。


「お、おい……大丈夫か?」


 心配になって尋ねると、彼女は何も言うことなく、ただブンブンと真剣ゼミ小学講座で出てくる腕をブン回す兄ちゃんの如く頭をぶるぶると大仰に横に振る。


 おいおい……いくら何でもビビりすぎじゃない? 確かにリアルだけども、そこまでかな……?


 もう一度のっぺらぼうさんを見る。


 顔のパーツが何一つとしてないせいで、当然表情など存在するはずもなく、また言葉も発しないため、やはりあまり怖いという気分にはならない。


 しかし、紅葉は本当に顔面蒼白である。


 仕方ないと諦め、次のお化けへと進むことにする。

 しかし、一歩を踏み出した瞬間、か細い声が微かに聞こえる。


「ま……って……」


 え、何? お化け? と驚いて振り返ると、ガクガクと身体を震わせる紅葉がいる。暗幕が張られた壁に手を当て、上体を屈ませ、脚はやはり生まれたての小鹿のように貧弱に見える。

 ビビっているというか、寧ろ苦しそうにも思われた。


「待ってって………え? まさか……?」


 嫌な予感がして、恐る恐る尋ねると、紅葉は一向にそうしなかった首をようやく縦に振る。


「あし……震えちゃって……歩けない……」


 今まで色々あっても耐えてきたが、それを聞いて、いよいよ背筋が凍るように感じられた。


 えー? それって誘ってんの? 「歩けない、助けて」って言って「良いぜ、俺にしっかり捕まってな」とか「おんぶ? 抱っこ? それともお姫様?」を狙われてるの? こんな状況で、そんな狙い済ましたような誘い方ありますか? 最早無意識の内に男子を落とそうとしてるまである紅葉さんでした。


 しかし、それが意図的であろうとなかろうと、彼女の様子が深刻なのは明らかだ(何でお化け屋敷入ったねん)。ここで変に恥ずかしがったり、渋ったりしている暇はない。それに、逆に彼女の僕へのイメージが悪くなる。

 イメージが悪くなるのは大分具合が悪い。ここは一つ、僕が男だと、そして格好良いんだぞというのを彼女に見せつけてやろうではないか。あわよくば、このよく分からないのっぺらぼうさんにも、この水野(みずの)(りく)という男の評価を上げて頂きたいものである。まぁ無理かな。


 そういう訳で、一旦、紅葉の側に寄る。


 で、寄ったは良いものの、次の行動が分からない。


 これは……まず、手を差しのべるべきなのだろうか……いや、それとも「ほら、一緒に行こうぜ」か……? いや後者は無いだろ。いくら何でもアホすぎる。だけど、手だけ差し出して「は? 何これ? どゆこと?」となっても良くないな……。

 だが、やはりこの状況を打開するには、前者を実行するしかないように思われる。紅葉にとってこの状況は、謂わば窮地である。窮地から一早く脱するためにも、この場から逃げるのが一番良い。それなら、彼女の手を引いてやるべきだろう。

 しかし……僕の手が震えちゃってるんだよなぁ……。今から紅葉の手を取ろうなどと、大見得切った割に、確かに大それたことのように思えてきて、いよいよ鼓動が激しくなってくる。

 いや、だって、女子と手を繋ぐって、いつ振り、それ? っていうかしたことある? 悶絶するよ?


 僕が心中でうんうんと頷くように唸っていると、予想外の事態が起こる。


 目の前で、今にも倒れそうに震える紅葉が、自ら手を差し出してきたのだ。


「……つ、連れてって」


 どこにだよとか、それって偉大なる航路(グランドライン)のことですかとか、そんなことはもちろん訊かない。


 こ、これはつまり……紅葉が僕を試していると、そういうことか……? 手を取れるかどうか、男としてその性を語るに足る人間かどうか試されている……。


 緊張と羞恥と怖じ気が()い交ぜになった変な心持ちで、意を決し、己の右手をゆっくりと彼女の手に重ねる。


 触れた瞬間、彼女の手小さな手が僕のそれを強く──僕にとってはあまりそうではないけれども──確かに、離れないように握り締める。


 何だか、そこにわざわざ力を強く入れるのは余計なことのような気がして、彼女の握力に右手を委ねる。


「行くぞ……。歩けるか?」

「うん……ちょっとなら……」


 紅葉は震えた声で言う。

 無理して作った笑顔が恐怖を堪えようとしているのを窺わせていた。


 守りたい、この笑顔。


 いや、そんなことは良いのだが。

 兎にも角にも、一刻も早くこの場を脱出するため、彼女の手を引き、ゆっくりと前進を開始する。


 何だかのっぺらぼうがひどく困ったようにボーッとしていたので、軽く会釈し謝罪を伝える。のっぺらぼうの癖にボーッと生きてんじゃねぇ! と言おうかとも思ったが、そう言えば妖怪は生きているのかどうかすら不確定だったので止めにした。


 一歩二歩と、その現場から離れていくと、手に感じる圧力も少しばかり弱まり、引く力もさほど入れなくて良くなった。どうやら彼女は窮地を脱したらしい。

 しかしそれでも、普段と比べたら顔色は良くないし、足取りも少々おぼつかない。やはりまだ怖いのだろう。

 ということはつまり、これからは僕が男である事を示す絶好の機会であるということだ。全く美味しい話である。


 ウキウキとして、これまでを振り返る。

 このお化け屋敷の仕組みは大体把握した。やはり一つの通路に何体も配置するのはスペースの都合上困難な為、一通路に一体、もっと言えば、角を曲がる度にお化けがいるということのようだ。これは、大量のお化け衣装と、通路の幅や奥行きから判断して、まず間違いなかろう。っていうかクラスに関わっていなかったせいで何にも知らない。

 従って、次のお化けが出てくるのは約3m先の、次の角を曲がったところだ。お化けが出てきたところで、そげぶパンチでもかませば一件落着だが、生憎僕は男女平等で殴るのには気が引ける。お化けが可愛い子ちゃんの可能性だってある訳だし、止めよう。

 という訳で……え、何すんの? よくよく考えたらカッコつけってどうすんのか分かんなくね? え、詰んだ? それとももう既にカッコつきすぎててこれ以上のカッコつけができないとかそういう話? いや違うわ。


 ろくすっぽ「カッコつけ」の内容も考えていなかったために、一気に焦り始めたが、もう遅い。

 すぐそこに、曲がり角は迫っているのだ──。


 いや、まぁ大丈夫。今度もさっきみたいに紅葉が動けなくなったらこうして引っ張って行けば良いだけだし、その後でも「カッコつけ」について考える時間は十二分にあるはずだ。


 という風に考えながら、軽い気持ちで紅葉と角を、今度は右に曲がる。


 しかし──誰もいない。


 アレ……おかしいな。絶対に曲がったところに控えてると思ったんだけど。読み違えたかな……。


「陸……?」


 紅葉の怪訝そうな声を聞き、弁明の為に後ろを振り返る。


「いや、お化けいると──」


 思ったんだけどなぁと言おうとしたら、すぐそこに奴は──いた。

 目が合ったと言えば良いのだろうか。


 所々に血糊のような赤黒いシミの付いた衣服を着用し、肌は気味悪く一部が青黒かったり緑だったりする化け物。口は片頬まで裂けるように開いており、血──いや、定かではないので赤い液体とするが、それを垂らしている。さらに目は白の部分を剥いており、右目などは垂れ下がって、今にも取れてしまいそうだ。


 おい、これって……。


 僕は驚いて恐らく顔を引き攣らしてしまったのだろう。それを見ていたらしい紅葉が怯えてまた身体を震わす。そして徐に僕の向くのと同じ方向を向こうとする。


 紅葉がそれを見たらヤバいと思ったが「待て!」の声を発するほどの余裕はなく、彼女は吸い込まれるように振り向き、自身の後方の怪物を目撃してしまう。


 でも……お化け屋敷だろ、ここ……。何で、コイツが……。


 一瞬の静寂。冷房やら、廊下から漏れる談笑やらも一切ない。粒子が運動を止めてしまったかのように、音もなく、熱もスッと落ち込んでいく。


 その静謐の中、お化け屋敷という暢気な名前に似付かわしくない怪物──ゾンビはその口元を醜く緩ませる。


「ヒッ……」


 小さな声が漏れたと思った次の瞬間──


「キャァァーーッ!!」


 と、耳を(つんざ)くような大音量の悲鳴が、三半規管に1000のダメージを負わせる。


 クラッと倒れそうになるのを何とか踏ん張ったその刹那、何かによって身体がガシッと固定される。


 何事かと思って自分の胴を見ると──女の子が僕に抱き付いていた。


「えぇぇぅっ……!?」


 突然の珍事に、恐怖というよりかは困惑と興奮による発狂地味た悲鳴を上げてしまう。

 どうやら紅葉は恐怖の余り、それを堪えるためになりふり構わず抱き付こうとしたらしかった。目は完全に閉じられ、僕の様子など一切気にする風もない。


 え、何コレ、ヤバい。ヤバいよ? 何? どうすんの、ヤバくない? いや、ちょ……マジでヤバいって! いや、ヤバいヤバい。ヤバすぎだって!


 どうやら人はヤバい状況にあると、語彙力がヤバくなるということはヤバいほど理解した。まぁこの説明自体ヤバいに汚染されているが……コイツはヤバいな。


 で、何がヤバいかって言うと、当然のことながら、紅葉が僕に抱き付いているというこの状況だ。

 いやね、僕だって今まで確かに恥の多い生涯を送ってきたかも知れないけど、全うに生きてきた訳ですよ。鉄道が趣味とかいうのを除けば、それはもう一般市民の鑑のような人間なんですよ。だから、こういう風に、女の子に抱き付かれるという不純な体験なんてしたことがなかった訳です。でね、まだ社会人にもなっていないピッチピチのキュアッキュア男子高校生がそんな不純を体験したらどうなるかって言うと、実際、こうなっている訳です。


 冷房などは既にその役割を果たしてはくれず、身体は中から沸騰するように急激に発熱し、身体中の汗腺という汗腺から火山のように汗が噴出している。

 当然平時の思考などできるはずもなく、今はただボーッと、それでいて気持ち悪くはないという半ば「のぼせ」のような状態でいる。

 原因は先にも言った通り、紅葉が抱き付いていることに他ならない。加えて彼女の、胴やら──胸? 知りませんね……──顔やら腕やら手やらが完璧に僕に密着しているのだ。近いなんてものではない。スタサプの神授業的に言えば「on」の状態。

 必死に目を瞑り、ヒック、ゥゥ……と啜り泣く表情もまた、彼女の怖がりというヒロイン属性を十二分に引き立たせる。


 クッソ……泣いてる顔まで可愛いとかチートすぎる……。


 心臓を爆発させる程の抱擁で、心に6500のダメージ。


 そしてもう一つ、ダメ押しは、彼女の腕によって僕の腕ごと身体に固定されてしまっているということだ。これでは身動きも取れない。肘から下は何とか動くが、矢鱈と動かして彼女を驚かせても良くない。


 身体を封じられて状況的に500のダメージ。


 しかし、目の前には恐ろしいゾンビ──と思ってそちらを見遣った丁度その時。


「うおおぉぉ……っ!」

「ワアァァー!」

「キャァァー!」


 突然の唸り声に二人して叫び声を上げる。

 さらにグイッと一層身体がキツく締められる。ちょ……それは痛い、痛いけどぉっ……嬉しいなぁっ……!


 動こうにも、紅葉がしがみついて──全く嬉しく恥ずかしい限りだが──叶わない。更には思考も紅葉のお陰でままならない。

 もう止めて! とっくに僕のライフはゼロよ! そう思っても誰も聞いちゃいないし、HA☆NA☆SE! と言っても無理そうである。まだまだモンスターカードのドローは止まらない。イジメだ……。


 どうにかしようと戦慄く口を動かす。


「ま……ま、まま、待った! は、話せばわわ、分かる……!」

「うぅぉぉ……」

「ヒィッ……!」


 何か言ってみたが、効果はない。そもそもコレを言ったところで犬養首相は殺されてしまった訳だし、やはり逆効果だったのかも知れない。アイムソーリーヒゲソーリーも同様のことだろう。参った。


 そういうことを考えている内にゾンビは徐に迫ってくる。


 何とか、紅葉を引っ張って後退りする。その間、どうするどうすると自分自身に反問し煩悶する。


 既に紅葉の様子を確認する余裕などないが、それでも、相当に怖い思いをしているというのは分かる。

 不規則な息遣いと、啜り泣く声が聞こえる。必死にしがみついて、さらに僕の腹に顔を押し込めているのを感じる。


 このままで良いのか……?


 問う。

 これがただの遊びの一端であって全く危険も不安もないからといって、人が怖がって怯えているのに、それを見過ごすのは男──人として良いのだろうか? 

 いや、善悪の話ではない。

 僕自身が、嫌なのだ。彼女が怖がって、泣いているのを見るのが、聞くのが、感じるのが、ひどく嫌なのだ。

 紅葉が泣くのなんて見たくない。一刻も早く、そんなのとはおさらばしたい。


 傲慢だ。


 だが、傲慢だから──そう言って逃げ道を作るのが果たして本当に正しいのか。それは他人も、自分すらも信頼していない事の証左であるのに……?


 僕は卑怯で、賎しい男だ。だが、だからこそ、幼馴染みとして唯一僕のことを信頼してくれている彼女に、報いていやらないでどうするのか。


 これが遊びだというのは分かっている。今からやることには何の意味もない。それも分かっている。

 だが、僕は、僕の意思に従う。

 彼女が怖い思いをしないようにしてやる。

 それには、こうするしかない。


 腹を据える。ここぞとばかりに自由になっている肘より下を、彼女の背中に回し、離れないように彼女の身体ごと引きつける。


 そして。


「走るぞ」


 それだけ言った。格好良くないし、意味も分からない、自己満足に過ぎないそんな言葉。


 だが、それでも、彼女は応えてくれる。


 一歩、二歩と、怪物に背を向けて走り出す。だが、全くブレーキなどかからない。


 彼女も、走っているのだ。


 あれほど、怖くて、恐ろしい状況にあっても僕の期待に応えてくれた。

 何だかやけに嬉しく、気分も、踏み出す脚も、彼女の身体でさえも重くは感じない。寧ろ軽いくらいだ。

 しかも、暖かい。


 柄にもなく、そう思ってしまった。

 完読ありがとうございます。

 はい、最後は何かストーリーも書き方も突っ走った感がありますが、どうだったでしょうか。これが私の実力です。低いな。

 一応これで文化祭は折り返しなのですが、二日目に移る前にちょこっと話を挟みます。いつになるか分かりませんが、お楽しみにしておいてもらえると嬉しいです。

 ではまた次回。

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