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面倒な僕を助けてくれ  作者: 柱蜂 機械
第三章 二年一学期編
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第54話 文化祭一日目[4]見ていた彼女は

 お久し振りです。

 人生で一番忙しい日々でしたが、学級閉鎖という天からの恵みがありました。いやぁありがたやありがたや。

 校舎の外に出ると、昇った日が照りつけ、初夏のジトッとした暑さに見舞われる。

 今年暑くない……? と思いつつ、適当な日陰に身を寄せた。


 Yシャツの襟をつまみ、パタパタと動かして胸部に僅かな風を送る。

 今日、午前ずっとこれか……。辛いな……。


 僕の担当はなんと校舎周辺での任務である。つまり外回り、という事だ。違うけど。野原ひろしの背中を見て育った者としては、この過酷な労働がどれほどの事かは分かっている。働きたくないなぁ……。




「あ──21……お化け屋敷やってまーす……」


 夏はまだまだ先だというのに、この汗の量は何だろう。

 暑さ故の温熱性発汗と、大量の視線を向けられる事の緊張故の精神性発汗がダブルパンチを食らわせてきている。


 普段目立たない僕でも、流石に、色とりどりのペイントがなされた看板を持っていると目立つようだ。

 先程から通り掛かる生徒たち全員の目がこちらを向く。彼らの本来の視線の目的としては「この看板を見る」という事なのだが、それに僕は過剰と言っても差し支えが無い程に敏感に反応してしまっているのだ。おかげで先刻から声が裏返ったり、語尾が消え掛かったりしており、逆にそれが彼らの白い目が僕に向けられるのを誘発してしまっているのだった。ふぇぇ……人って怖いよぉ……。


 何だか体力よりも先に精神の方がやられてしまいそうで、ふらふらよたよたへろへろと歩いていると、意図せず背後から声が掛かる。


水野(みずの)ー?」


 誰だろうかと、後ろを振り返ると、何人かの女子の集団の中の、こんがりと小麦色に焼けた肌が印象的な女子が僕を見据えていた。


 中村(なかむら)(あや)はニッと笑い、集団を抜け出して歩み寄ってくる。


「やっぱ水野かぁ」

「中村さん……どうかした?」

「いやぁただぶらぶらしてただけ」

「はぁ……そうなんだ。あー、ウチお化け屋敷やってるからよかったらどーぞ……」

「あぁ、(はなだ)んちのとこはお化け屋敷かぁ。良いなぁ、後で行ってみよ」

「そりゃ良かったよ……。じゃ、僕は仕事があるんで……」


 暑くてとても人と話す気分じゃない。

 そう言って、立ち去ろうとすると、ぽんと、肩に手が置かれる。


 再度振り返ると、二枚のチケットを僕に見せる中村さんがいた。


「ちょっと、休憩しよーぜ?」




「ほい」

「……はい」


 中村さんの手から美味しそうなお菓子が手渡される。


「別に、こんなの良かったのに……」

「良いって、今日は美優(みゆ)とゆっきーが手伝って貰っちゃったみたいだからな。お礼ってやつ」

「って言っても、弁当運んだだけだし……」

「ブツブツうるせぇなー。せっかく奢ったんだから、文句言わずに食えよー。クレープが不味くなるだろ?」

「はい……」


 生徒会の手作りだというクレープ。どうせ値段が高いだけのショボいヤツだと思っていたが、案外そうではなかった。

 両手でしっかり掴むと余る程の大きさで、具もクリーム、バナナ、チョコソースと、シンプルながらぎっしりと詰まっている。結構美味そうだ。


 購入もしないで、タダでこんなのを食べてしまって良いのかと、若干躊躇ったが、中村さんは「遠慮すんなよ」と言う。遠慮するなと言われて素直に「あ、そう?」と言える訳は無いのだが……。


 僕がまだ口をつけないのを見てか、中村さんは自分の持つクレープを頬張る。


「うまっ」


 ホントに美味そうに食うな……。

 きっと僕に気を遣ってくれたのだろう。それに応じない訳にはいかないと思い、僕も掌の中のクレープにかぶり付いた。


「美味い……」


 クレープの生地というのはそもそもがそれなりに甘く、それだけで十分美味しいのだが、生クリームがさらにそれを助けている。チョコソースとバナナも別種の甘さを持っており、組み合わせによって様々な味が楽しめて、実に口の中が幸せだ。


 僕が思わず声を漏らすと、中村さんは「だろ?」と笑い掛けてきた。


 午前丸々の仕事だったが、それをほっぽり投げて、日陰で女子と二人でクレープを食す……。大丈夫かそれ? だが──殆ど全て女子に言える事だが──中村さんは僕の事を恋愛対象として見ていないようなので、僕が「ガオー」とか「ムラムラ」とかいう変な気を起こさなければ大丈夫。いや、フラグじゃねぇし。


 しかし、クレープを食べるにしても、どうしてわざわざ二人になる必要があるのだろうか。いやまぁ僕の事が好きなら納得なんだけど、それにしては相手のドキドキ感薄いっていうか、普通に友達の友達レベルで接してきてるっていうか。ってか僕、友達の友達とかいたんだ。え、それもしかしてリア充ってやつなんじゃね(違います)?

 で、話を戻すと、何故二人になったのか、という事だが──そもそも中村さんは友達らしい女子連中と一緒にいた訳である。彼女は人と一緒にいるのが好きなようだから、先刻のようにわざわざ彼女らに「あー、ごめーん。先回ってて。後で追いつくから」なんて事は言うのは極めて不自然だ。僕にクレープを奢りたいにしても、そこで彼女らと別れる理由にはならない。僕に気を遣ってくれているのかも知れないが、こうやって二人分のクレープがあり、それを二人で食べている辺り「お礼」以外の何かがある故に時間を使いますよと宣言しているに等しい。一体何の用なのだろうか。


 そう考えていると、案の定、中村さんからは言葉が発せられる。


(はなだ)、凄かったろ、朝の」

「あぁ……確かに、凄かった」


 笑う中村さんの口からは大川井(おおかわい)さんについての話が飛び出す。


 ぼんやりとした返事になってしまったが、圧巻の演奏、歌唱だった。

 人を一つにし、熱狂させる音楽。今まで生きてきて──たかだか16年だが──初めて聞いた物だった。


 アレを作り上げる事が出来るのは、やはり彼女が──大川井縹がいるからこそであろう。他のメンバーも並以上の人たちだったが、彼女は歌唱し、演奏し、さらにそれが抜群に上手かった。素人でも分かるくらいだ。彼女は異常なのだ。


 校内一と言われる美少女で、頭脳明晰、運動神経抜群。その上で歌も、ギターも人より上手。

 一体彼女は人間なのだろうか、そんな疑念まで顔を覗かせる。


 そして、そういう事を考える度に辟易する。皆違って皆良いとはよく言うが、それでいて持っている人間も、持っていない人間も、結局は平等という型にはめられてしまう。

 嫌な世界だ。


 僕が考えている中、中村さんはふんふんと満足げに頷く。


「やっぱり、流石私の自慢の縹だな」

「……娘かよ」

「そんなもんだって。アイツはまだ子供だからな」

「ふぅん……」


 子供ねぇ……。別に背も低くないし、顔も可愛いけど子供っぽくないし、胸も年相応って感じだしなぁ。どこが、子供何だか?


 中村さんは、発言通りというのか、子供を思うように言う。


「ホント、凄いんだよあの子」


 中村さんは微笑むが、その表情はどこか不安事があるようにも認められる。


「縹、今日のためにバンドの練習、人より滅茶苦茶頑張ってたんだぜ。どうしたんだろ? って思うくらい。そのせいでいっつも朝とか放課後とか眠そうだったし。水野は……気付かなかったか?」


 中村さんは頬を緩めて僕を見る。いつもと違う彼女の話にいまいち頭が追い付いていなかったが、しかし答えは単純明快。


「……気付かなかった」


 きっと僕が今の僕の顔を見たら、心底うんざりして「マヌケ」と思うだろう。


 大川井さんが滅茶苦茶頑張って、疲れて、眠そう……? それは、誰の話だ……?


 大川井さんは天才で、高圧的で、何でも他人より得意なはずだ。実際その通りで、勉強なんて全くしていないし、その癖良い点数は取っていくし、人の事を揶揄(からか)う。

 それこそが、彼女の才能が他より上である事の何よりの証左ではないか。

 それなのに……。


 中村さんは「そうだよなぁ」と苦笑した。


「アイツ、そういうのは人に見せたがらないからな」


 その言葉を僕は黙って聞いていた。


 じゃあ何か? 僕がただ、彼女のちょっとした仕草に気付かなかったって、そういう事なのか……? 本当は頑張って、疲れて、眠いのを、僕は見逃していただけなのか……?


 乾いた笑いに頬が緩む。


 ……何が「今のままであってはいけない」だ。

 彼女が今どんな事をしていて、どんな状態で、どんな事を考えていて、どんな気持ちなのか。そんな事を露も知らない赤の他人が彼女の行く末を語ろうなど、言語道断であり笑止千万。勘違いも甚だしい。


 中村さんは目を落とし、ポツリと言う。


「だから、心配なんだよ。縹、変に頑張りすぎるから」


 頑張りすぎる……。


 妙にその言葉が脳内で反響する。


 僕の中で、何かが音を立てて、欠けた。

 「大川井縹」を作っていたピースが溢れ落ちる。


 (とど)の詰まり、僕は何一つとして彼女の事を見ず、聞かず、考えもしていなかったのだ。それでいて、勝手に知った気になって、彼女の問題など簡単に解決出来ると、高を括っていたのだ。


 こう考えてみると、実に馬鹿らしく、滑稽だ。自分の愚かしさ、横柄さが恐ろしい程よく分かる。


 そしてまた「大川井縹」の像は見えなくなっていく。


 自嘲と落胆に苦笑した。


 そして、中村さんは一言発する。


「そこを水野なら何とかしてくれるかなーと思ったんだけど、縹と何かあったのか?」

「まぁ、色々ちょっと……」


 ボソッと言うと、中村さんはため息をつく。


「アイツ、素直じゃないからなぁ……」


 それには全く以て同感だなと、苦笑いする。


 中村さんはそれを察したのか、笑い掛ける。


「何があったかはよく分かんないけど、まぁアイツの事頼むぜ」

「……それって、僕に言ってる?」

「アタシは今誰と話してんだよ?」

「……無理だよ」


 深くも考えなかったが、言葉だけは流れるように口から出る。


「僕は、周りの事なんか何も見えてない。それでも、自分が周りを理解してるって思い込んでる盲目野郎なんだよ」


 全くその通りだ。

 今まで僕は周りを、誰かを、真剣に僕の眼差しで見た事があったのか。何かに付けては、やれ恥ずかしいだのと理由を作ってそれで逃げているのではないか。

 逃げるのは悪い事では無い。しかし、それが結果的に僕の劣等さを助長しているのだ。笑えないどころか一周回って可笑しく思えてくる。


 中村さんはふーんと興味無さげに頷き、さらに口を開く。


「別にそんな面倒な事聞いてないんだけどなぁ……。とにかく、アイツ、水野事好きみたいだからさ頼んだんだよ」

「……は?」


 途轍もなく間の抜けた声が発せられた。間が抜けすぎていてその内ただの「抜け」になるまである。いやない。


 中村さんはしばらく僕の間抜け顔をまじまじと見ていた。


「……水野、顔真っ赤だぞ」

「い、いや、そんなの分かってるって……」


 いやぁ恥ずかしい恥ずかしい。顔真っ赤なのを女子に見られるとかより恥ずかしい。死んでしまうかも知れない。


 思わず中村さんから目を逸らし──あ、またやったよ──爆発寸前の心臓と、融解直前の顔面を落ち着けようとする。


 い、いやそれより「好き」って何の事……? Love? Loveなの?


 僕が心中で身をよじりまくっていると、中村さんから再度通告される。


「あー水野、面白いとこ悪いんだけど──」

「別に僕はちっとも面白くは無いんだけど……」

「まぁまぁ。……その、さっきの『好き』って別に恋愛系のやつじゃないからな?」

「あ……。そうなんだ、良かった……」


 一気に体が冷えた。


 何が「良かった」のかは全く意味不明だが、とにかく「好き≠Love」らしい。

 まぁそりゃそうだよな。はいはい知ってます知ってます。いやもうね、さっきのはフリ。皆を騙すための演技だから。全くこれっぽっちも期待とかしてないから。ごめん。


 自分の名演技に陶酔していると、中村さんは笑う。


「今さっきの水野の顔、写真撮っとけば良かったなぁ」 

「やめてー。思い出させないでー」


 僕は「聞かざる」を実行する。


 いや、僕の素晴らしい演技をもう一回見たいのは分かるんだけど、まぁアレは一回こっきりのヤツだから無理なんですね。ごめん。


 ブンブンと頭を振り、中村さんを見据える。


「……で『好き』って結局何の事?」


 尋ねると中村さんは「あぁっ!」と、思い出したように声を上げる。忘れてたんですね。


 そして、少し上方を見て頭を掻く。


「んー……どういう意味かっていうと、ちょっとアレだなぁ……。でも……アイツ、自分が水野と似てるって思ってるみたいだぞ」

「僕と大川井さんが……?」

「そうそう。だから──」


 中村さんはヒョイと居る位置を離れ、こちらへ向かってくる。


 何だろう? と、身構えていると、彼女の右の拳が僕の胸に当てられる。


「……よろしくな」


 まるで少年漫画のワンシーンのようで、また女子がすぐ近くにいるという事で、まぁまぁ随分と面映ゆかったが、それでも、中村さんが期待してくれているのは分かった。

 期待されるのは全く以て不本意だ。僕にはそんな能力があるとは思えないし、何より自分の事を過信する横柄な態度も気に食わない。人をイライラさせるのにはもってこいなのだが、人の事を「よろしく」頼まれている以上そんな醜態は晒されるべきではない。まして、先刻中村さんから事を聞いたばかりである。それこそ自信が無い。

 そんな奴が、問題であるのかすら分からない問題に首を突っ込んで、さらに解決するのは、至難の業だろう。

 しかしそれでも、その事を承知で、僕を信じて期待してくれた人がいる。そうであるならば、結果の有無、可否、禍福を問わず、その行動は実行するべきだ。

 期待に答えられなくても、それが精一杯の誠意だろう。


「……やれる事は、やるよ」


 僕の返事に安堵したようで、中村さんは微笑む。


「やっぱ似てんのかな……」

「え……?」

「何でも無い。……アタシ、皆のとこ戻るから、じゃあな」

「うん……」


 中村さんは僕の隣を過ぎて立ち去ろうとするが、何故か逆再生のように戻ってきた。


 そして苦笑する。


「ここ」


 そう言って中村さんは指で僕の頬を差す。


 何だろうと思い、触ってみると、ペチョという感触。


 あー……やべ。クレープのクリームだわ……。


 どうやら食べている最中に誤って付着してしまったらしい。


 顔面の温度が急上昇する。恐らく「顔から火が出る」とはこういう事だろうだろうと思われる。

 女子の前でこんな恥ずかしい姿……。僕、もうお嫁行けないよぅ……。


 光速でティッシュで拭き取り、恥ずかしさ故に目も合わせず地面をガン見する。わー蟻の観察楽しー。マジテンションアガるわー。

 静止すると、心拍がとても速くなっているのが分かる。こんな醜態を晒しているのも恥ずかしいし、それでこんなに動揺してしまっているのも情けない。

 しかし、そんな事を考えた所でどうにも出来ないので、結局は落胆してしまう。


 中村さんは「そういうのは、気を付けろよ」と言って「じゃあな」と少し手を上げてカッコよく去っていく。


 目線を少し上げて、その後ろ姿を見ていたが、え……何それ……? 気を付ける……?


 そりゃこんな恥ずかしい姿、見られたら嫌だし、家帰って悶える自信あるけど……。は、ま、まさか、今から拡散するからタイムライン確認しとけよ? とか、そういう事か!? ヤッベー来週から僕の学校無くなるじゃん。家で何しよっかなー。ってか妄想たくましいな。幾ら何でもそこまではねぇ……? ……無い……よね?


 一応心を落ち着かせる為に、ふぅと一息つく。まぁ一息だけじゃ心拍元に戻らないとか自明の理なので、何息かする。

 ようやく元に戻ってきたのでよいしょと、壁に立て掛けてあった看板を持ち上げる。


 さあ、仕事だー!

 最後までお読み下さりありがとうございます。

 久々の投稿の癖に全然話が進まず、申し訳ございません。申し訳はあるにはあるのですが、結局は「多忙」一言に集約されてしまう気がするので、詳細は記述しません。

 次もいつになるのかは分からないのであまり期待せずにお待ち下さい。

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