第51話 文化祭一日目[1]祭の開幕
明けましておめでとうございます。
こんな時間に投稿するのはどうかと思いましたが、終夜運転で鉄道も頑張って走っている訳ですし(?)一応除夜の鐘もついてめでたいので、投稿する事にしました。
高校に入学すると、文化祭なるイベントがフェスティバられ、リア充やパリピ共は愉楽の域内にポイポイと放り込まれる。
しかし、僕にとってはそんな物は興味索然、無味乾燥。別に面白い物でも何でも無い。それどころか男子と女子がキャッキャウフフしているのを見せつけられて敗北感を覚える恐れが大いにあるという、実に悪しき儀式でもある。爆発しろ!
さて、そんな無意味無価値の学校行事も、ちゃんと一年の出欠が掛かっているように普段同様に出席せねばなるまい。正直、休んだから何だ、という話はあるが生憎僕はそんなイキリボーイでは無いのでしっかりと遅刻ギリギリで到着した訳である。
取り敢えず、集合場所の体育館へと向かう。ここで生徒全員の点呼を行うのだが──。
暑い……。
体育館は二階建て構造となっており、一階部分には剣道場、柔道場、トレーニングルームだかという物が入っており、二階部分がアリーナというか、よく言う「体育館」という物になっている。
シューズを履いて体育館に入った瞬間、グワッと熱気が襲ってくる。
既にその殆どが集結した文化祭パリピ一人一人から発せられる熱と水蒸気。加えて喧騒。彼らによって作られる異様な空気。五感全てに毒だ。
だんだんと、ジトッとした不快な湿気がのさばり蔓延る季節が近付いてきている。湿気が酷いのも当然だ。
嫌だなぁ……。
そんな風に考えながらポケットに手を突っ込み、かったるくクラスの集合場所へ向かう。
本当の隊形は、二列縦隊なのだが、まだ号令は掛かっていないらしく皆立ったままでクラスメイトと何かをくっちゃべっていた。
話相手とかいう無駄な存在を作らない僕はやっぱりクールだななどと思いながら、集団から離れた所で孤高に浸っていると、クラス中からトテトテと駆け寄ってくる奴がいた。
「おはよう、陸」
「あぁ……おはよ。元気そうだな……」
僕の目の前に現れたのは焦げ茶色の髪がトレードマークの四ノ宮紅葉だ。あれ……?
「ん……? 半袖……?」
そう言えば、昨日まで普通に長袖のブラウスを着ていた気がするのだが、今日は真新しい真っ白な半袖ブラウスだ。袖からはベージュ色の、触ったら柔らかそうな腕が覗いている。あれ、似合うな……。
紅葉は僕の問いに「そうだよ」と、笑って答えたが、僕のYシャツを見て不思議そうな顔付きになる。
「陸、今日から半袖だよ……?」
「え……?」
周りを見回す。半袖、半袖、あれも、これも、半袖……。
「……マジ?」
クラス中、いやそれどころか学校中が皆、男子も女子も裾出し開襟夏用Yシャツ&ブラウスを身に纏い、楽しげにしているではないか。対して自分は、裾もちゃんとスラックスにインして、長袖も精々七分丈折られている程度だ。む……これは……。
おっかなびっくり、周りの喧騒に耳を欹て、彼ら彼女らの表情を盗み見る。クスクスといった笑い声。こちらを向く、小馬鹿にしたような笑み。そういうものが──先入観によって──相当あるように感じられた。「えー、アイツYシャツ忘れたのかよー」「バーカ、目立ちたがりなんだよ」「うわー、イキってるわー」とか、プークスクスとか、今にも聞こえてきそうだった。
か、帰りたい……。こんな奴らの中で恥辱を舐めるなんてまっぴらごめんだよぅ。あわよくば自宅待機したいよぅ。
僕が絶望にかられているのを認めてか、紅葉は慌てて助け船を出してくれる。
「だ、大丈夫だよ……! え、えっと、陸は、その、長袖の方が似合ってると思う!」
「……ありがとう」
涙が溢れた。少女に、こんなどうしようもないミスをしでかした僕への、フォローになってないフォローをさせている辺り、僕って最低だぁ……。
「え……!? 何で泣いてるの!?」
「やっぱ帰るわ……」
帰って枕グショグショにするわ。
「えぇ……!?」
リュックを背負ったまま紅葉に背を向ける。サラダバー。
しかし、一歩を踏み出した瞬間、グイッと身体が後方に引っ張られ前進出来なくなる。
「……止めろ。僕は帰るんだ」
無理矢理に前に進もうとするが、後方からの引力から脱出できない。
紅葉じゃない……。
そう思って後ろを振り向く。
「自信過剰と極度の猜疑心。何とかなさった方がよろしいですよ」
僕は恨めしい視線を金髪スタイル抜群女子生徒に向ける。リュックのグラブループ──頭部にある、リュックをフックに引っ掛ける為の環状の部分──を引っ張っていたのは果たして、呆れ顔を見せる由比藤紫苑だった。スレンダーな体躯に似合わず、この剛力。右の腕、手だけで引っ張っているのだが、やはり相当な力だ。交換をすればさぞ強いカイリキーになる事だろう。
そんな事を考えていると、紫苑はパッと手を離す。
身体が自由になり、勢い余ってバランスを崩し掛けたが何とか踏ん張る。
「……一つ言っとくけどな、僕は自信過剰なんかじゃなくて、自意識過剰なんだよ」
「より酷く聞こえますが……」
彼女は興味無さげに素っ気なく言い、辺りを見回す。
「ほら、皆さん誰も水野君の事なんてご覧になっていませんよ。やはり興味など無いのですねー」
「棒読みすんな」
僕が注意すると、紫苑は僕を見透かしたような目で見る。
「自分自身を貶めているのは、寧ろ水野君の方なのではないですか?」
「む……妙に正論のような……」
自分は気になるけど、さして周りは気になっていないという事自体は割とよくある。あるけどぉ……。
「気になるんだよなぁ……」
僕がぼやくと紫苑はため息をつく。
「はぁ……でしたらもうこの場でおくたばりになられた方がよろしいかと」
「『おくたばり』って……」
まぁ確かに。それが一番の解決法だが。
僕たちがろくでもない会話をしていると、横を通りかかった男子生徒に声を掛けられる。
「水野、開襟シャツ着てこなかったのか」
「は……い……? ……って、何だ清水先生か……」
びっくりしたぁ……。急に友達に声掛けられたかと思って身構えちゃったわぁ……。っていうか、そもそも友達に声掛けられて身構えるなんておかしいし、そんなにリアルフレンド多くないな。
僕の後方の二人は揃って「おはようございます」と挨拶し、先生も「おはよう」と返事する。
先生は僕と紅葉と紫苑にそれぞれ目を向ける。
「……しっかし不思議だなぁ。あの水野が、女の子と一緒にいるなんて。大川井効果かな」
「……まぁ幼馴染みなんで。そこら辺のリア充とかパリピよりかは付き合いやすいんですよ」
後ろで「付き合いやすい……」とか呟く声が聞こえたが……まぁ気にしない。何か意味、勘違いしてませんかお嬢様。
先生はげんなりしてしまう。
「お前、リア充とパリピに恨みでもあんの?」
「いや、単にうるさいなぁとか、ウザいなぁとか、爆発しろぉとかその程度ですよ」
「成る程恨でるのか」
「はぁまぁ端的に言えば……」
「やっぱそうなんじゃねぇか。何だ、今日から開襟シャツって誰にも教えて貰えなかったからか?」
おい何だその目。何故今僕を哀れんだ。何か、勘違いしてませんかメガネさん。
そして先生はその目をしたまま、僕の肩に手を置く。
「まぁ、まだ先は長いから。あんま、敵愾心持つなよ」
「……そっくりそのまま先生にお返──グハッァ……」
腹に鉄拳が撃ち込まれた。痛みで格好悪く、腹を押さえてよろよろと、床に膝と手をついて倒れ込む。
「水野、言って良い事と悪い事があるって知ってるか?」
痛みに耐えつつ「……まぁ」と返す。
「ならお前はここで新しくその一つを学んだ訳だ。良かったなぁ」
いやダレトクだよ。
しかしながら先生は嬉々としている。
ボソッと呟く。
「暴力教師怖ぁい……」
「何か言った?」
「いえ何も」
そう答えると先生はまたしても笑顔になる。
「そうかぁ。まぁた学ばせてしまったか。自分の教師の才能が怖い」
「あぁはいそうっすね……」
適当に相槌を打つと、先生は「頑張れよ」と言い残し去って行った。何なんだ、アレ……。
僕が呆然と見送っていると、紫苑は軽く笑って僕に言う。
「まぁ精々周りを気にしないように努力なさって下さい。──紅葉、そろそろ皆さんの所へ戻らないと。今日の仕事の確認があるのでは?」
「あ、そうだね……」
紅葉はちらと一度こっちを向く。ニコッと笑い「じゃあね」と挨拶し、紫苑と群衆の中に紛れていった。
やっぱ僕、友達居ないのかなぁ……。まぁそりゃそうか。
落胆してから間もなく全校での文化祭開祭式が執り行われた。体育館のカーテンは広げられ、照明が落ちて辺りは暗がりに包まれる。
まずは生徒会長と文化祭実行委員長が壇上でスポットライトを浴びる。
「Let's 文化祭!!」と呼び掛け「イェーイ!!」などと返す、謎の盛り上がりをいきなり見せる。ヒューヒューだの、ドンドンパフパフなど、何処から何が鳴っているのか分からない状況だった。何でこう、皆、ただでさえ暑いのにさらに熱くしようとするんだろうか……? アレか。熱男なのか。ソフトバンクなのか。
鼎の沸くが如く、体育館が歓声、拍手で満たされる中、水色のTシャツを着た文化祭実行委員長が負けじとマイクの音が割れる程の声を以てして周知させる。
「盛り上がってるなー!! じゃあ、文化祭をもっと盛り上げる物と言えばー!?」
「夜間際!」「文化部展!!」「ダンス!!」「会長の一発芸!!」「女子の皆さんー!!」「俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ俺だ……!!」と、何か言いたくなるような発言だったが、ポンポンと飛び交う。ってか五月蝿い。
「そう、バンドですね!!」
え、それ僕の周り、二人ぐらいしか言ってないっすよ?
まぁ往々にして民衆と一部の人間の認識には乖離がある物だ。
にしてもバンドか……。何か深沢が、大川井さんがどうのとかって言ってたな……。ギター、だっけ……。
僕が思考していると、再び耳をつんざくようなキーンというスピーカーの音割れと共に今度は会長が言葉を発す。
「実は! なんと、今ここにー……!」
そう言うと、民衆もオーーッ!? と声を上げる。
会長はわざと、幕の後ろ側を気に掛けるように、その方向に手を向けてさらに続ける。
「実行委員会公認バンドの『Azurite』がー……!」
会場はさらにヒートアップし、オーーッ!? の声も大きくなる。
会長はグーッと腰を曲げて最後の一粘り。
「来てーっ!」
「オーーッ!?」「るーー!!」
アンタはアレか。昼なんですか、山ちゃんなのか。
そうしてタメを作って作って………………って、溜めすぎ。酸素切れるぞ。死ぬぞ。大丈夫かよ……。
そして遂に──
「るーーーっ!!」
「る」の所で音が爆発した。今まで五月蝿かった周囲も、一瞬にして耳が吹き飛んだかのようにその所を抑え、挙げ句には「あーあー」となどと鼓膜の異常を確かめ始めた。
会長は苦笑い。……そろそろウザがられそうだぞ会長。
しかし、人々は耳に異常が無い事を確認すると、皆、その、何だっけ……あ、あずらーと? だかが登場するのを聞いた為か「イェーイ」とかパチパチとかと、とにかく音を立てまくり始める。
「それでは『Azurite』の皆さん、お願いします!」
会長と委員長はそれを以て舞台裏に下がる。
続いて、奮い立つようなドラムの響きで壇上の幕が開かれる。
徐々にその全貌が明らかになっていくに連れ、ギター、キーボードの旋律が、見事に描き足されていく。
人々はそのリズムに合わせ「ハイ!ハイ!」と、手拍子と共にジャンプし、声を加える。
依然として暗がりの中、その影しか見えないバンドの奏でる音楽に、生徒はおろか、教師たちも魅了されているらしい。
いよいよ、ギターの延ばした音が前奏の終わりを告げる。誰もが、ボーカルの声を待った。
瞬間、透き通った音色が体育館内を支配した。
一体何から発せられるものか、僕は最初、それが分からなかった。
しかし、さらに次の瞬間、今までシルエットでしかなかった壇上を、煌々たる照明が一挙に照らし出す。
目を細め、再び開いた時、僕の目に写ったのは、一人の少女が、マイクを片手に力強く歌い上げる光景だった。
周囲が大歓声に沸く中、僕は、あぁ成る程と、得心していた。
美しく何の光をも透過させる歌声。それでいて、身体が震わされるような、確かな力強さ。言うなれば、透明な水晶のような物か。
不覚にも、僕は彼女──大川井縹が歌唱する姿に目を奪われてしまった。
前奏後のAメロ、Bメロというのか、その場面では、彼女の皆に見せる姿らしさのある美しい花、という曲調であったのが、サビに入ると、美しさ、高貴さなどは捨て、その殻を打ち破るという荒々しさの横溢したものへと変化する。
この人、やっぱ、スゲェわ……。
それどころか、そう言えば深沢から聞いていた通り、ギターも引いている。歌唱に気を取られ過ぎていたが、指の細かなステップも並みの物ではない。
彼女の喉から、指から奏でられるメロディは、他のメンバーのそれと重なり、混ざり合い、体育館全体を──いや、体育館外にも轟いているはずだ。
壇上で汗を光らせ、曲に籠められた感情を一心に紡ぎ出そうとする彼ら彼女らに、誰しもが夢中になって、一体になって、共に曲を奏でようとする。
僕は音楽に関しては駅メロレベルの知識しかないが、それでも、音楽による対話というのは起こり得るのだと思った。
曲を奏でる方も、聴く方も、同じ音楽を体感しているという事は、それを媒介として、コミュニケーションを取っているのと同じ事だろう。つまり、この会場が、この音楽を通じてやはり一つになろうとしているのだ。
そして、ようやく思い出す。
藍銅鉱──青より青い、美しい石の名前を。
最後までお読み下さりありがとうございます。
二日連続とかやるべきではないと思うのですが、やってしまいました。よって次回の話は一ミリも出来ていません。いつ投稿になるのかは神のみそ汁……。
とにかく平成もあと四ヶ月ですし、良い年にしたいですね。




