第49話 返却
こんにちは。
皆さん、クリスマスイヴはどのようにお過ごしだったでしょうか。人それぞれだと思いますが、自分は愛しい鉄道の旅に行っていたのでクリぼっちではありませんでした。つまり勝ち組ですね。あぁ、また勝ってしまったかぁ。フハハ。
テスト終了からおよそ一週間が経過し、文化祭の準備も着々と進んでいるらしかった。僕も全く不本意ではあったがその手伝いをさせられ、色々と疲弊している。仕事辛い……。
帰りのHRが始まった。この時点でもう既にざわざわと五月蝿い教室であったが、それをさらに助長する発言が担任の小澤望先生からなされる。
「今から、テスト個票返すぞー。出席番号が若いのからどんどん取りに来い」
俄に教室が静まり返る。皆何を言っているのかという表情であったが、しかし、次の瞬間には再び喧騒を取り戻していた。
一部の男子は「えー!?」という驚きと共に先生に尋ねる。
「マジですか!?」
「そうだと言ってるだろ……。ほら、さっさと取りに来い」
先生の指示通り、出席番号順に一番からぞろぞろと並んでいく。
個票を受け取った直後にガッツポーズを決める奴。「死んだー」とか言って、勝手に永眠する奴。「まぁまぁ」と言っておきながら満更でも無さそうにニヤニヤする奴。本当にヤバそうに、何も言わず顔面蒼白で自らの席に戻る奴。反応は人それぞれだ。
そんな中、出席番号が比較的若い方の大川井縹は、と言えば、きっと全て一位なのだろう。少し中身を確認した程度で表情を変えずに席に戻ってしまった。あれが王者の風格ってヤツなんですかね……。
クラス中が色めき立ち、先生も半ば注意を諦めてしまう後半に、漸く僕の順番が回ってくる。
こういう時に、テスト中は自信があっても非常に不安になる。アレは大丈夫だっただろうか、どうせ間違っているのだろう、僕ってだからダメなんだよなぁ……等々、ネガティブな発想は尽きる事が無い。
だが、それがテストという物。それを越えた先に真のドン勝が待っているのだ。知らないけど。
心を奮い立たせ、個票を受け取る。
「水野ぉ……よくやった」
「あ、え……はい。……ありがとございます」
「何突っ立ってんだ、邪魔だぞ」
「はい……」
慌てて道を譲る。
っていうか……今「よくやった」って言ったよね? それってどういう……。
まさか……という予感を得て、中身も見ずに自席に帰還した。
心臓がバクバクと跳ね上がり、周囲の騒々しさはまるで耳に入って来なくなる。
目の前の、たった一枚の紙に印刷された、たった幾つかの数字の為に普通、こんなにも息が詰まるものなのだろうか。
胸に手を当てて深呼吸。勿論そんな事で心臓の拍動は、ペースを落とすはずも無い。
ごくりと唾を飲み込んで、意を決す。
紙を開く。
点数はまぁまぁ。順位は……?
23…11……4……9……ん? 4ン……!? 惜しい、惜しいぞ……!
良い調子だと思い、個票ガン見を続ける。
16……1……10……7……21……。これで五教科九科目か……。
何だ、結局一位とか無かったか……。夢のまた夢だなぁ……。
……ってんな訳あるか! え、あるんだけど? 「1」って数字あるんだけど? 受験者数169人で順位1って出てるんだけど? いや、マジか……。遂に来たぁ……(泣)。
文理選択がある所為で、テストは文系理系で別個なのであくまでもこれは理系コースの中での話だ。しかしながら「1」と数字があったのはバリバリの理系科目──化学。恐らく文系でこれが得意な奴などそう居ないだろう(そもそも文系では「化学基礎」止まりなので「化学」は授業として存在しないが)。ぶっちゃけ理系コースで、理系科目の一位を獲得したらそれは学年一位を指しているような物だ。にしても、嬉しい。
で……? と思って見てみると、化学の偏差値は驚きの71.2。僕は天才だったのか……? ウェーイ! 総合もとても良く、7位との事。素晴らしい。今までで一番良い。
僕が歓喜の余り、割りとガチでこのまま永眠してしまっても良い思っている中、生徒全員に個票を配り終えた小澤先生が口を開く。
「そこにも記載してあるが、クラス平均は学年で一番だった。皆、よく頑張った……と、言いたい所だが、これはまだ一学期中間の話だ。これからまた7月模試や期末もある。もし気を抜いて怠けても──泣きを見るのは君たち自身だ。自分の事なんだから自分で何とかするように。良いな」
「はいっ」
クラスから元気の良い返事がある。個人でなくとも、クラスで学年一位というのは嬉しい物だろう。皆気分が高揚しているようである。
……っていうか、平均点が高いのってウチのクラスに頭良い奴が多すぎるからだと思うんだけど。大川井さん、鳥羽山……。勿論、あの由比藤紫苑も恐らく出来は良いはず。まぁおまけとして僕を入れたとしても、四人居る。これ、普通じゃないって。しかも、大川井さんなんか、殆ど全部の教科で一位取ってるはずだし、そこも、平均点を押し上げる大きな要素になっているだろう。
まぁ一位貰っちゃったんですけど? ガハハ。
小澤先生は「あぁそうだった」と言って、紙をファイルから取り出す。
「一応、学年の上位者表は作成してある。帰りに見たければ見とけ。……じゃあ、これでHRは終わる。……あぁ挨拶はいい、面倒だ」
先生はそう言って、紙留め用の細長い磁石を器用に何本か掴み、紙を黒板に張り付けていく。全部を張り付け終わると、さっさと帰ってしまった。
それを見送ると、生徒たちはまたぞろと、ガヤガヤ音を立てながら教室前方へ向かう。学年上位者の確認だ。
しかし、僕はそんな奴らに群れる事はしない。何故なら、僕の名前は全ての教科に於いて掲載されているからだ。ヒーローがいつも遅れて登場するのと同じように、僕も遅れて行く。そして皆がワーワーと言っている中で、自分の名前を見つけて一人ほくそ笑みを浮かべ、颯爽と帰宅する。
ヒーローは孤独にして孤高。斯くあるべき。
またしても、よく訳の分からない事を考えながら、意気揚々と帰り支度を済ませる。
家帰ったら、空ちゃんに頭なでなでしてもーらおっと。
最高の至福を想像しながらほわほわした気持ちで、芋を洗うような黒板前へ歩いて行く。
黒板の前、教卓の設置されているスペースは他より一段高い。それ故に人の大群も、通常よりも大きく見えてしまう。
僕もその上に上がり、背伸びして人の垣根から順位表を目にする。
まず、燦然と輝くのは、殆ど全ての教科で最高点を取った一位──大川井さんの名前だ。勿論総合も一位。二位には19点も差がついている。恐ろしや……。
しかし、その中に唯一「大川井縹」の名前が、二位の箇所に動いている教科がある。
化学だ。
一位──水野陸98点 二位──大川井縹97点 三位──……というように続いている。
ん……? これって、つまり……一位タイとかじゃなくて……大川井さんに勝ったって事か……?
何かが、じーんと響くように、僕の身体に広がる。
先程の物とは違う、新たな感覚。
何だろ、光栄みたいな感じか……? 雰囲気的にはテレビでアフリカ大地溝帯のダロール火山見た時とか、目の前に初ムーンライトながらがあって、行き先表示に「快速ムーンライトながら 東京」ってあるのを見た時とかに近い。分かんないか、分かんないね。僕も分かんない。
何だかまた、一気に力が抜けてしまう感覚もあるな……。
まぁそれでも、一位を取ったというのはやはり素晴らしい事だ。中学の時とレベルの違う連中の中で、再び一位を取る事が出来るとは……。感慨深いなぁ……。
二つの名前をしげしげと見ていると、何処からか、視線がある事に気が付く。
何だろうか? と思い、辺りを見回すと、その人物はすぐに見つかった。
僕の右側に、立っていた。
彼女の、その表情は、悔やみでも、喜びでも、怒りでも、蔑みでも無い。何かを遠くに見て、そして、憐れむような、諦めるような、そんな瞳。
僕は、彼女のその表情を知っている。
教室の喧騒はいつの間にか消え、時間の流れは滞る。
重い。
先程までの揚々とした気分は何処かへ失せ、今はただ言葉をも紡ぎ出せず、それを失っていた。
目の前の彼女は、僕に、何か言葉を掛けてはいけないと、そんな事を無言で訴えていた。
僕が、訳が分からず立ち尽くしていると、少女は歩き出して僕のすぐ側までやって来た。
非常にゆっくりと、やはり時は止まっているのではないかと思うくらいに、黒靴の作り出す音の間隔は広い。
立ち止まるのかと思ったら、そんな事は無かった。
彼女は、黒い夜のような髪を靡かせた。
何かを逃してしまうと、直感的に思ったのか、僕は過ぎ去ろうとする彼女を目で追った。
その時、何かに吸い込まれて消えてしまいそうな声が、聞こえた。
「水野くんも……そういう人なのね……」
これは、果たして、僕へ向けての言葉であったのだろうか。単語からすると、そういう事なのだろうが、そういう事では無い。
失望したような虚脱したような、独り言。
そのようにも捉えられた。
この人は……いや、違う。
何かを、彼女に問いたかった。何かを、彼女から知りたかった。
しかし、僕の口は小さく開いたまま、ただそれだけだった。
喧騒に僕は飲み込まれ、彼女は去る。
大川井縹が何を言ったのか、僕の感じた違和は何か。
何も、分からなかった。
最後までお読み下さりありがとうございます。
いやぁ不穏な感じが続いてますね。だんだんと、話が崩壊しそうな気がしてきています。大丈夫かなぁ……。一応やれるとこまではやろうと思っているので、それまでの間よろしくお願いします。
通算のポイント(?)が50ptsになっていました! ありがとうございます。本を読んでて「自分でもワンチャンあるんじゃないか」という軽いノリで始めたのですが、こんなにも沢山の人に読んで頂けるとは思ってもみませんでした。月間一位の作品等には遠く及びませんが、もし宜しければこれからも読んで頂きたいと思います。




