第47話 準備
もうすぐクリスマスです。クリぼっちって、一人でいなければ──誰かと一緒にいれば、別にそうは言われないんですよね……?
つまり自分はクリぼっちじゃないんですよね……? よっしゃぁ勝ち組ぃ。はいすみません。
終わった…………。燃えつきた……まっ白な灰に……。
大方凄く痛々しい事だろうなと思いつつ、うーんと伸びをして天を仰ぐ。
テスト最終日、最後の教科が数学だった。全てはこの為に、というレベルで数学をやっていた僕にとっては達成感というか、まぁそういう感じの物がある。いやぁ良かったぁ……。
ほわほわした気分で机でぐったりしていると、すぐに教室には元気な声が飛び始める。
「よっしゃぁ準備始めるぞぉ!」
「イェーイ!」
何がそんなん楽しいねん……。
テストが終わり、今日から文化祭へ向けての準備が始まる。
今日は、いきなり全員でやっても少々邪魔だとか部活があるだとかという理由で、半分を残して他の生徒は退場となる。僕もその内に紛れようと思ったのだが、そこを大川井縹に引き留められた。
黒板の前まで連れてこられ、張り出された一枚の紙を目にする。
……どうやら僕のシフトは誰かによって勝手に決められたらしい。それってシフトなのか……!?
「よろしく頼むぜ」という声がして振り向くと、坊主の男子がニカッと白い歯を輝かせて笑っていた。何の歯磨き粉のCMだよ。
っていうか、誰アイツ……。何かよく分からなかったので睨むと、笑ったまま頷かれた。えぇ何アイツ何かムカつく……。
「誰アレ……」
「アンタ、クラスの連中の名前も知らないの? やっぱ頭弱いの?」
「いや僕の脳みそはあんな連中の名前なんかに使ってやる程チープじゃないんだよ」
「最早ブーメランしか刺さってないわね。アンタそれ76億人から同じ事思われてるのよ?」
「甘いな大川井さん。僕は存在すらも人に認知させない能力を持ってんだよ」
隠し過ぎて逆に有名にならないんだもん。別に存在希薄とかいう訳じゃないんだもん。敢えて、だもん。
CIAから招集を貰うのも時間の問題だろう。
「単に脳が低スペックなのを誇らしげに言ってるのにはやっぱり引くわ。水野くんってキモいわね」
大川井さんは言葉通り両手を二の腕をさするように当て、身を後退させる。どうやら大川井さんの「引く」は3m以上の事を言うらしい。引き過ぎじゃないですか……?
大川井さんは嫌悪の目のままだったが、言うならこのタイミングかと思い、思い切って話し掛ける。
「あの、大川井さん……」
「何? 脳のスペックを上げる方法でも知りたいの? 無いわよ」
「いや、勝手に話展開しないで。ってか無いんだ……。あのさ、その部室の鍵……」
僕はポケットに忍ばせていた、例の文芸部室の鍵を取り出す。
「──返すよ。その……ありがとう……貸してくれて」
「ありがとう」とは言ったものの、実際はあの後、この鍵を使ってはいない。結局、あそこで勉強をする気にはどうしてもなれなかったのだ。僕一人があの空間に居るのは、酷く場違いのような気がしたし、部屋の主に何故だか申し訳無かったのだ。
大川井さんは青色の花が小さく揺れるそれを僅かな間、眺めていた。懐かしむような、嬉しいような、嫌うような、感情の入り交じった瞳には青い色の花はどう移るのだろうか。
大川井さんはそのまま、ゆっくりと、手を鍵に向かわせる。
不意に僕の手の力が抜け、鍵は、彼女の掌の中に着地していた。
僕が彼女を見ていると、それに気付いたらしく、大川井さんは身を捩る。
僕の事を睨み付ける。
「何……?」
「いや、何見てるのかなぁって……」
それとなく聞き出したいと思っての発言だったが、彼女ははっと何かに気付き口を閉ざす。
「別に、何も……」
彼女の瞳は僕から逸れ、再び濁ってしまう。
「何も……見てないわよ」
震えるような声音は、やはり僕の知っている大川井縹の物ではない。
だとすれば、これは誰だ。
何を見ているのかという問いに、彼女は何も見ていないと宣った。
きっと、それは本当なのだろう。彼女の瞳に写っていたのは未来でも現在でもない。
この瞬間に分かった。
彼女の瞳を美しく儚げに彩っているのは「過去」なのだ。
僕は彼女の過去を知らないし、彼女もそれを誰かには知られたくはないようだ。それでお互いが、周りが、何の問題も無く進めばそれはそれで良い事だと思う。
だが、それで誰かが嫌な思いをしたり、苦しんでいたりするのなら、そんな過去に取り付かれた人生なんて間違っていると僕は断言しよう。
恐らく、僕自身ではどうしようもない。人を一人を助けるのに救助者が一人で十分な訳がない。
ただ一言、間違っていると、そう伝えるのが人の情けという物だ。……いや、情けない。
彼女は鍵を手にしたまま立ち尽くす。
「ごめん。余計な事言ったわ……」
僕は謝罪し、さっさとこの場から立ち去ろうとする。早く仕事しないとなぁ。
実際、僕には、彼女にもう何も言うべき事は無い。ただ余計な事をしただけだ。彼女自身、僕を今この瞬間は疎ましく思っているだろう。勝手にプライベートな領域に足を踏み入れたのだ。憤怒に帰結するのは至極当然である。
ただ逆説的に、それだけ過敏に反応してしまう程に、過去に彼女を大きく揺るがすような何かがあったのだと推察する事も可能だ。
一種、これは弱みのようにも解釈出来るが、そんな事はどうでも良い。
最も優先されるべきなのは、彼女がどうしたいのかだ。
誰にも明かさずこのままで居るのか、それともそれをどうにかしたいのか。決めるのは彼女だ。僕にはそれをどうこうする権利も資格も無い。
だが敢えて言わせて貰うなら、僕は今のままであってはいけないと思う。
あんな目をしている大川井さんは、幸福ではない。寧ろ、過去に縛られていると言っても良いかも知れない。
無論、これら全ては僕の勝手な思い込み、偏見、妄想による物だ。確証が無いどころか拠り所が自分という何とも情けない考えである。
だが、それでも、それが正しいと自分の中で定義してしまえば、それは真実たり得る。よってこの考えは圧倒的に正しいのだ。
「……アンタは、あの黒い布でも裁断してなさい」
僕が立ち去ろうとした時、不意に大川井さんから言葉が発せられる。
驚いて振り返ると、そこにはいつも通りの彼女が居た。
いつも通り……?
僕の口もいつも通り勝手にまた何かいらない事を言いそうになった。
しかし、それより速く、大川井さんが遮る。
「早く……」
「……分かった」
元々立ち去ろうと思っていた手前、僕は短く返事をして彼女に背を向ける。
踏み出す足はやけに重く、目的地の教室後方まではかなりの時間を要するように思われた。
内心はほっとしていた。アレ以上、意味の無い事を言うのが防がれたからだ。
口というのは本当に厄介なヤツで、思い通りにならない。ある時は上手く動かず、もにょもにょしたり噛み噛みしたり。またある時は必要以上に動いて、べらべらと相手を不快にさせる言葉ばかりを捲し立てる。これだから口頭は嫌なのだ。LINEで良いのになぁ。と思ったけど、そもそもトークする相手が少な過ぎましたはい。
人目をかいくぐり……っていうか誰も気にしてないだけなんだけど、ようやっとの事で教室後ろ側に辿り着いた。
まさか放置されている間に勝手にバトってくれている少女という訳もなく、黒い布は丁寧に折り畳まれて窓際にちょこんと座っていた。
周りに他の生徒はおらず、どうやら一人で作業できる様子だ。
……で、どうすんのこれ?
確かに裁断しろと言われたが、てっきりフェルトペンか何かで切る所が指定されているものと思っていて、何も聞いていない。いや、聞ける雰囲気でも無かったが……。
広げてみても、やはりどこにもそれらしきラインは見当たらない。
恐らくは、この黒布は、誰かがお化け(?)に扮する為の衣類であろうと思い当たるのだが……。
クラスの物に勝手に傷を付ける訳にもいかず、作業を始めようとした矢先に行き詰まってしまった。
前途多難なので途につく前に諦めようかなと、立ち尽くしていると、不意に肩に手が置かれる。
「よ、水野。今日は一人なのか?」
振り返ると、そこには光源があった。ふわりと風に靡くような茶髪、整った顔立ち、緩んだ口から覗く白い歯、おまけに彼の目線は僕のそれよりも高い位置から下ろされている。
……鳥羽山雄太。
取り敢えず、ウチの学校で最もモテる男、という事になっている。よく分からんが、勉強できる、運動できる、顔が良い、優しいとかで、ウチのクラスのトップリア充グループの大総統的な存在だ。
確かに実際コイツは優しいし、皆に慕われもする。しかし、一歩間違えれば、大惨事を引き起こし兼ねないとてもややこしい奴でもあった。
これは、前の一悶着から、自分なりに奴について考察してみた結果である。以前は単にヤバい(語彙力)奴かと思っていたが、一体何がヤバい(語彙力)のかと考えると、場の整えがヤバい(語彙力)。鳥羽山の本業はクラストップの人間として、場を乱さない事だ。クラスでの揉め事をすぐに鎮火させるのが役割である。
しかし、彼はそうしない。出火したら火をなるべく大きくしてから鎮静化させる傾向にあるのだ。ギリギリで自分で止められるくらいまでに。恐らくそうした方が、両方とも大きくなったストレスを無くせるとでも思っているのだろう。
しかしそれは彼による仲裁である。揉め事を止めたのは彼。揉め事がこれ以上大きくならずに済んだのは彼のお蔭。
そのように、皆々に思われる。
彼ら彼女らは鳥羽山を凄いと敬愛し、ありがとうと崇め奉る。他にやり方があったとか、もっと早くやっていればなど、肝腎な事は彼ら彼女らの目には入ってこないのだ。
総じて、結果博愛主義者による結果博愛主義者の為の結果博愛主義者の鳥羽山政治が確立せしめられているのだ。
……にしても、やっぱコイツやだなぁ……。
わざわざ「今日は一人なのか?」と聞いてきやがった。喧嘩売ってんのか? と思ったが、最近色々な女子と僕がつるんでいるのをやはり知っている故の事だ。恐らく本人はいちいち皮肉を考えずに僕に言っているのだろうが、どうにもいけ好かない。
「あぁ……独りだけど」
てめぇなんかに興味ねぇよ感を出そうとぶっきらぼうに言ってみる。ツンデレではない。
それでも鳥羽山は気にしていない様子で「そっか」と笑いながら返事する。おいおい笑いながら喋んなよ。良い奴なのかと思うだろうが。
「それ、こっちと同じように切ってくれるか?」
「お、おう……」
鳥羽山から手渡されたのは既に裁断がされた黒い布。僕が戸惑っていたのを見兼ねたらしい。え、何コイツ友達?
僕がどぎまぎして答えると、鳥羽山は「ありがとう。宜しく頼むよ」と言って、リア充グループがモノを作成している方へ戻っていった。
アイツ、予想以上に良い奴だな……。
取り敢えず何か爽やかな感じのする黒布を広げ、まだ細工をしていない方と合わせる。どうやらこの布二枚を重ねて繋いで、人が着る物にするようだ。
よっこいせと床に腰を下ろして胡座をかき、ハサミ片手に裁断を開始する。
こういう時にはフェルトペンか何かで型を取るのが良いのだろうが、まぁ面倒臭い。
ショイッ、ショイッと、小気味良い音と共に、順調にハサミは進行していく。
はぁ単純な作業が一番良いなぁ。頭何も使わなくて良いもんなぁ。楽だもんなぁ。
「楽」という響きは、それだけで幸せをもたらす。寧ろ心がピョンピョンするまである。
しかし、重大な事に、人間はこの「楽」という言葉によって労働を「させられている」のを忘却してしまうのだ。この「楽」というのは決して自らが望んだ物ではなく、誰かに使役されているが故に粗製乱造された、騙し文句に過ぎない。洗脳だ。しかし人間はそれに「自分は幸せだ」「ありがたい」などと間違いに次ぐ間違いの念を抱かされているのだ。つまりこれが人を働きゴマにする没義道のやり方なのである。「大変な仕事はしたくないけど、楽な仕事なら良いや」とか、もうこの時点で考えからして間違っている。こういう考えの人間の未来はアレだ。社畜だ。ビジネスライクじゃなくてただの仕事大好き人間だ。
「楽」は悪だ。
どんな負のパワーのあるワードでも「楽」が付く事によって歪められ、誤認してしまう。楽な仕事、楽な授業、楽な宿題、楽な部活、楽な掃除、楽な人間関係……。キリが無い。
結論を言うと仕事は仕事。働き方改革などクソ食らえ。結局働いている事には何ら変わりは無い。大変な仕事も楽な仕事も、何はともあれ仕事は仕事。アサイメントだ。タスクだ。課せられた罰なのだ。……働きたくないよぅ。
と思いつつ、残念ながら楽な仕事を続けていると、俄に教室全体に響く声が。
視線が一斉にそちらを射る。
「縹ー。いるかー?」
黒髪ショートヘアに、小麦色の健康的に焼けた肌、スカートの下にスパッツという中々スポーティーな出で立ちの女子生徒が到着していた。
「綾、もうちょっと静かに言えないわけ?」
「おーいたー。いやいや、ついついさぁ」
扉のすぐ側に立っていた大川井さんは呆れた様子で言う。しかし中村さんは悪く思う素振りすら見せない。
「はぁ……で、何か用なの?」
「あぁそうそう、なんかバンド? の集まりあるっぽいから呼んできてって言われてさ」
「あれ、もうそんな時間か……。分かった」
「おう」
大川井さんは腕時計を見て答えると、さっさと中村さんと連れ立ってしまった。
……何、バンドって?
最後までお読み下さりありがとうございます。
何かまた大川井さんが不思議な空気を出してきた感じです。っていうか「僕」の勘が鋭過ぎないですか? 刑事かよ。
色々設定などが雑ですが、生暖かい目で「あー、こいつまたやってんなー」みたいな感じに流して頂けると助かります。




