第46話 中間テスト前
今年最後のテストが終わってとても安らかな気分です。永眠しそうです。しませんが。
中間テスト初日。ここ最近の天気と同じく今日も生憎の曇り空だ。灰色の、丸まった絨毯のような雲がいつもは青いはずの空を覆い隠していた。テスト故の重い空気が空にも伝染したのだろうか。
結局、テスト前日は勉強が手に付かず、今日は朝から暗記科目にもう一度ずらっと目を通していた。今日の科目は英コミュ、世界史、現文。その為、暗記は英単語と世界史単語、漢字という事になる。全部じゃねぇか。
僕は一応理系クラスに居るが、社会科は好きだ、現社を除いて。文系に行くとその内政経とかが出てくるのだろうが、それもつまらなそうだ。地理と歴史はやはり何故か楽しい。社会の今、過去を見るのは結構面白いと思う。地理は鉄道のおかげで多分人並み以上には地名とかは分かるし、歴史はその事象が「もしああだったら……」とか考えるのが好きだ。
まぁしかし現文は糞くらえと思ってるし、英コミュなんてもう英単語知ってるかどうかの話なので勉強する気が起きない。
つまり今日の勝負は世界史だ。ヒエログリフとか、ヒエログリフとかを覚えておけば良い。あと、ヒエログリフ。他、何だっけ?
そんな感じの事を考えながら学校へ向かう。自転車を漕いでいると、肌に少し湿ったような空気が触る。
テスト、やだなぁ……。
教室へ到着し、そそくさと自分の席へ向かう。今日は普段より早く学校へ着いたが皆々もその様である。いつもならもっと遅く来ている奴も今日ばかりは熱心に英単語帳やら世界史の教科書やらに向かっている。
今までなら、僕もひっそりと忍者スキルを発動させてその様にしていたのだが、最近はそればかりではない。幾らか視線が向けられている事に気が付く。鋭く突き刺すような目、じっとりと粘着するような目、背筋が震えるような冷たい目。そういう物が混じり合い、一つの、気持ちの悪い視線となって感じられる。何も言わずに、何も聞かずに、ただ何かをひしひしと感じさせる奇妙な視線。目は口ほどにものを言うのだ。
しかし、それも致し方無い事ではある。最近の僕は、身の丈に合わず目立ち過ぎだ。色々あって、大川井縹、四ノ宮紅葉、由比藤紫苑というメンツとつるんでしまっているし、他にもカースト上位に君臨する人達とも一応の知り合いになってしまっているからだ。さらに言うと──本人達は話題にしていないようだが──クラス最上位の鳥羽山雄太と大川井さんの一悶着にも参加してしまった。あのいけ好かないイケメン野郎がどうのとか死ぬ程どうでも良いが、一応面識を持っている。
故に目立ち過ぎ。勿論、悪い意味で。
コミュ力高くて求心力あるような奴は目立っていて当然だし、それはそれで良い。しかし、コミュ障で今までただのボッチだった奴が目立つようになるのはやはりおかしい。
一部男子からは──大変不本意だが、殺気を発せられる程には羨ましがられているようだ。何て言ったって、学校一の美少女と目される大川井さん、東京からの転入生の紅葉と紫苑と、関係を持っているのだ。まぁ羨ましがられるのも当然の帰結と言えるので、ドンドン羨ましがっちゃって下さい。やっぱ、脳が短絡的な男子はこういう時に優しい。
問題は女子だ。女子の方が怖い。
女子からは殺気のようなものを向けられる事は無い。男子にとってムカつく事であっても女子にはその様で無いらしい。まぁ中村さんみたいなリア充人間が僕に気軽に話し掛けてくれるおかげで、他の女子連中が気を悪くするのが緩和されているのかも知れない。しかし、それはあくまでも抑止であって、彼女が居ない所では大体その抑止は意味をなさない。明からさまな物では無いが、向けられるのは忌避の眼差し。「キモい」とか「ダサい」などその辺り。しっかりと人の価値を理解している辺り、将来は敏腕社長にでもなるのだろう。
で、それで何だという話であるが、心配なのはむしろ僕に接してくれている彼女達の方だ。以前にも考えていた事だが、やはり僕みたいなミジンコ野郎が居ると、却って彼女達のカーストパワー(何じゃそりゃ?)が下がってしまう気がする。「アンタの所為で下がるくらい、私の能力は落ちぶれてないわよ」とか、言われてしまいそうだが。何となく、大川井さんと敵対している(そんな物騒な言葉ホントは使わなくても良いんだけど……)藤ヶ谷グループとかが力を強めてしまいそうな気がして申し訳無く思ってしまう。
僕個人の所為で他にも迷惑が掛かるとか、嫌な気分だ。関わらない方が良いんだけどなぁ……。
目立つと良い事は無い。目の敵にもならないけど、確かに鬱陶しい、ハエとか蚊みたいな存在と思われているのかなと思う。
やはり僕は目立つべきでない。
この視線にもだんだん慣れてきたので、取り敢えず無視する。というか、怖過ぎて無視以外の対処方法が採れないまである。ちょ、リア充って、怖さでコミュ障が話し掛けるの防いでるとか策士過ぎる。コミュ障はコミュ障のままで居ろという事ですねはい。
下らない事を考えている内に段々と生徒が集まってきて、教室はいつも以上喧騒に包まれた。
irony 意:皮肉、当てこすり ……ね。
ペラペラと英単語カードをめくっていると不意に声が掛かる。
「おはよ」
「おはようございます」
「ん……あぁ、おはよう」
紅葉と紫苑だった。
二人ともいつも通り、学校指定の中間服を身に纏っている。
男子の学ランと言い、女子のジャケットと言い、五十年くらい変わっていない古臭い制服だが、まぁこれも似合う奴には似合ってしまうみたいだ。
紅葉はお嬢様然としていて、ローファーに黒タイツ。髪は、たしかダチョウ倶楽部が関係していたような名前だった気が……(ハーフアップと言うらしい)。まぁ兎に角そういう感じのちょっとしたアクセントがある。
紫苑は背丈があって、金髪で、しかも風貌が何処か男っぽい事もあり、この制服との違和感が未だに拭えない。こちらもローファーではあるが、ソックスは短めの物で脚の長さが余計に強調されちゃっている。そして、いつの間に付いたやら黒色のピンで金髪が止められていた。
紅葉は僕の英単語張を覗き込むなり、大仰にため息をつく。
「はぁ……もう今日ダメだよ……」
「何を仰っているんですか。今日まで頑張っていらしたのでしょう?」
「でも……やっぱり緊張しちゃうよぉ……」
「その様な時は、掌に人と書いて握り潰すと緊張が解けるそうですよ」
「何なのそれ? 悪意ありすぎだろ」
本当は飲み込む、な。ってかそれって、人前で何かする時のじゃ……。
紅葉はそうかと納得してしまったらしく、丁寧に掌に「人」と書いてふんっと強く握る。
ギュッ。
あぁ……カヲルくんが……。うん、紅葉はきっと人類の為に使徒を倒したんでしょう。これから鬱モードにならない事を願うばかりだ。
僕が複雑な心境でその様子を見ていると、教室の扉からさらに人影が現れる。
「……何やってんの?」
大川井さんは怪訝な表情で、紅葉が力強く左手を握っているのを見ていた。
「あ、おはよう縹ちゃん。今ね、緊張をほぐしてるんだよ」
「逆に力入ってる気がするんだけど……」
まぁそうですよね。僕もそう思います。
ちらと大川井さんを見る。
この方も素晴らしくスタイルがよろしい。ウチのダサい制服でさえも彼女が着ると違って見える。黒髪のストレート、ローファー、黒ソックスなのは勿論だが、やはり学校の女王様だからこそ許されるスカートの高さと、多少の腕まくり。単純に腰の位置が高い所為で、結果的に地面からスカートの裾までの距離が開くという不思議な現象が起こっている。しかも腕まくりをする事によって腰のラインにブラウスの裾のラインが近付き、全体の安定感が向上している。恐るべき、大川井縹の着こなし……。
僕が一瞬で考察をしていると、彼女は見下ろして僕に言う。
「水野くん、今さら英単語なんて覚えてるの?」
「最終確認だよ。……大川井さんこそ、やんないの?」
「英単語くらい、そんなの全部暗記してるわよ」
「そーなんだ……」
大川井さんは既に勝利したかのような口調である。まぁ僕も、勝てるとは思ってないけど。
しかしこの間の、あの、心が空っぽになってしまったような言葉が僕の中には残ってたのだが、その次の日から彼女はこんな風に普通に接してきていたのだった。
一体、アレは何だったのだろうか。やはり僕の勘違いだったのか。それとも本当に触れてはいけない物に触れてしまったのか。結局その真相に辿り着く事は無く、今に至っている。
しかし、全てが全て、元のままという訳でも無かった。
彼女は文芸部室に来なくなった。そりゃ、部活が休みになったんだから当たり前だろうと思うかも知れないが、それは放課後に限らず友達と過ごす昼も、なのだ。
あそこは本来彼女が居るべき場所だ。僕が初めて会った時も、二回目の時も、彼女は独りであの場所に居た。
しかしそこの鍵は今、僕の元にある。
あの後、彼女は文芸部についてもこの鍵についても、何も明言していない。僕に限らず、紅葉、紫苑、三人衆にもだ。これは彼女が、その部屋を明け渡したというのと同義と言えるだろう。
僕の勘違いでなければ、絶対に、彼女の内面で何かがあったはずなのだ。しかし、それが何かは分からない。
完全無欠とも言える彼女に、一体何が、あると言うのだろうか。
「え!? 全部!? アレを……!? ……いいなぁ勉強できて……」
大川井さんの大胆発言に紅葉が肩を落とす。
「まぁ持って生まれた能力だから、仕方無いわね」
「フ……英単語のたかだか数十個で自慢なさらないで下さい」
「その様子だと、アンタ自信あるみたいね」
「ええまぁ」
「ふぅん、精々頑張ってね」
「そちらこそ」
お互い口元は緩んでいるが目が笑っていない。ハハ……。
怖いけど、四月の頭に比べたら大分仲は良くなったと思って良い。お互いライバル的存在になりつつあるようだ。良かったぁ……。
しかしよくよく考えると、大川井さんが目標などと僕は自分では言ってるけど、紫苑というこれまた怪物みたいな輩が現れてしまった訳である。うわぁ道程は険しいなぁ……。「みちのり」って「どうてい」とも読むんです、はいどうでも良いごめんなさい。
そんなこんなで結局始業。すぐに一時限からテストである。
まずは英コミュ。これはもう、英単語と教科書をどれだけ覚えたかが勝負を分ける。あまり勉強出来た気はしないが、まぁ頑張るしかない。
「はーい、始めて下さい」
チャイムが鳴り、同時に皆が一斉に用紙を裏返す音が立つ。
久々の清水五十六大先生の出番だったけど、これだけです。
最後までお読み下さりありがとうございます。
本編が漸く次の話に移れそうです。ダラダラしてしまい申し訳ございません。
本編でも既に存在を示していましたが、次からは文化祭関連の話に入っていく予定です。
文化祭が楽しい人は良いのですが、そうでない人間には迷惑でしか無いんですよね……。難しいです。
次の次の話がまだ出来てません。いつ失踪するか分かりません。それでも待って下さる方がいらっしゃると信じて頑張ります。




