第35話 四ノ宮邸での雑談会[4]
一週間振りですお久し振りです。
いやぁ新学期とか忙し過ぎてハゲそう。
地震とか豪雨とか、漸く復旧が進んでいるようですね。よかったです。
僕の様子を見て四ノ宮紅葉は怪訝そうに尋ねてくる。
「どうかした?」
ついつい顔つきが悪くなってしまったらしい。もうちっと、きゃぴるん☆ みたいな方が良いのか。違ぇよ。
「いや、何でもない」
こういう素っ気ないような態度を取っても、紅葉は面白がるようにクスクス笑う。いやー、性悪め。
「んー、私てっきり陸なら写真部とかに入ると思ってたんだけど……」
「その心は……?」
「だって、鉄道の写真、撮るでしょ?」
あぁ、この「鉄道」という所に長年の付き合いを感じるなぁ……。
普通の人は、そこら辺に走ってる211とか見ると「あ、電車だ」と言う。しかし、電車とは電力を主要の動力源として、旅客や貨物を乗せる車両のことを言っているのである。ディーゼル車とか、蒸気機関車とかもたまに電車と呼ばれているのを聞いて困惑を隠せない僕なんだが。多分「列車」と「電車」を混同しているのではないかというのが僕の見解。まぁ一般的にはどうでも良いか。
小学生の頃からこのような七面倒臭い屁理屈ばかりごねていたために、紅葉も慣れたらしく普通に「鉄道」と言ってくれている。また、車両と限定しないところにも配慮が感じられる。いやぁありがとございます。
「まぁ入ろうかなとか思ったけど……」
「思ったけど……?」
「僕、撮る方の人じゃないんだよなぁ……」
間抜け声で返すと紅葉はあーと納得する。
「そっかぁ……。陸、乗ってばっかだもんね」
「そうそう。乗ってるだけで、さして詳しい訳でもわいし」
「えぇ? 十分詳しいと思うけど……? うん、やっぱりオタクだよ」
紅葉が苦笑する。だが、僕は彼女の評価に反論せねばならない。
「だから、オタクじゃない。ファンだ。ファン。鉄道ファンなの」
きっぱりとした口調で、何回も否定した。何かダサい否定だな。
紅葉はアハハ……と若干呆れ顔である。いや、僕にとっては大事なんだよぅ。
まぁ人から言わせればファンとオタクの違いとか正直どうでも良いだろうし、とやかく言う必要は、本当はないのだが、自分の中では自分はファンという認識なのである。常人には理解し難かろう。
「……まぁ多分、意味はあんま変わんないんだろうけどな」
「陸はそこ、気にしすぎなんだよ」
「え、あぁ……まぁそうかもな」
紅葉は場を和ませようとしてか、それとも単に楽しいのか、にこにこ顔でクッキーに再び手をける。うーん……まぁ後者かな? 多分元の目的忘れてる。
僕も彼女等に何か提言することがある訳でもないので大人しくコーヒーを啜る。だんだん冷めてきたな……。
早く仲良くなってくれないかなぁと、下心丸出しのろくでもないことを考えていると、意図せず右から言葉が発せられる。
「アンタって、鉄道オタクってヤツなの?」
ちょ、今ファンって言ったばっか……。
今まで黙していた大川井縹は少しだけこちらを見て、奇妙なものを見る目になる。
僕もチラと目を遣りまぁ……と言って頷く。大体、初耳の人ってそうなるよね。しょうがないんだけど。
鉄道オタク。縮めて鉄オタ。僕はオーキドか。
つまり自分達とは異なる人間。そういう解釈がたまになされるように感じられる。人は自らと同種のものを求め、異種を排することで円滑に生きていける。自らを守るという生物の本能がここでも発揮されているのだろう。
同種といる時の安心感は、何物にも変え難いほどに気持ち良い。自分は間違っていない、自分は正しいといった自分の主観が全て肯定される。この空間で幸せなのは、相互で安心できるということだと思う。この絶対的な正しさのアドヴァンテージにより、人は自らを受け入れてくれる同種を求めているのだ。リア充がグループを作ったり、パリピが仲間でウェイウェイ言うのはこれによることなので、皆さんよく覚えましょう。
逆に、異種──リア充的に見ると、ボッチとか何かのオタクとか、単純に身体的な特徴等で異なる奴ということになるかな?──を見つけた時に妙な嫌悪感や敵愾心を覚えるものだ。
同種との幸せな日々の中、突如として異種が現れた。異種は訳の分からないことを言っている。何だコイツ……。さぁどうしよう。
答えは簡単。
排除します。
どこかの都知事的な発想のまま、ハブるハブるハブるで快刀が乱麻を断ちまくり。場を乱す闖入者は罪人と同等、もしくはそれ自体。害は排する。それが正義。そんなのどの世界だって当たり前田のクラッカー。
しかし、異種側から見れば自分の同種は他にいて、相手──リア充かな?──が異種なのだ。あらやだ、主観って不思議。
正義と悪とは往々にして背中合わせで、見る側によってどちらがどうなのかというのが異なってくる。
つまりは、大袈裟に言うと、大川井さんから見れば彼女が正義で、僕は悪なのである。しかし、それも世の中ではごくごく自然な事象である。僕の正義や悪なんて考えは些末な問題に過ぎない。この世を裁くのはマジョリティーだということだ。
最近では、芸能人の趣味とか、旅番組とかで紹介されることが多くなり鉄道愛好者の認知度は高まっている。しかし、とってもメジャーな趣味という訳ではないだろうし、何より頭おかしいと思われている節がある。過度の鉄オタの奇行とかがSNS上で物議を醸していることなどが原因だろう。一応言っておくが、ああいうのはごく一部の人だけである。
しかし、一部の人間が過激な行動に出ると、集団全体が過激という認識がなされてしまうのもまた事実だ。
そうならないようにしているのが小中学校。よく校外学習とかで外に行く際「生徒一人が悪いことしたら、学校全体がそういう学校なんだって思われてしまいます」とかって注意してくる。やはり社会の縮図とでも言うべきスクール。まぁ僕の小学校も学校全体が悪いって思われたらしく修学旅行で、ネズミの国に出禁になったらしい。でも後楽園の方には行くっていうね。どんだけ遊園地好きなんだよウチの小学校。
と、まぁそんな感じで僕も奇妙な連中の仲間だと思われているらしい。まぁ理不尽ですね。
大川井さんは僕の苦笑いを見て、少し言いすぎたとでも思ったのか小さな声であっそと呟くように言う。一縷の優しさのようなものが感じられ、何となく、やっぱり素直な人じゃないなと思う。照れなくて良いんだぞ、全く。このツンデレめ! ヤバ、何言ってんだコイツキモすぎる。
「私は、水野君のご趣味はとても素晴らしいものだと存じますが」
いきなりの発言だったので驚いて声の主──由比藤紫苑を見遣る。紫苑は別に僕を見る訳ではなく、紅茶をゆっくりと、優雅に飲む。
紫苑の発言に大川井さんはムッとしたようで、そっぽを向いてこちらも紅茶を啜る。もう紅茶も冷たくないですか? 僕のコーヒーもだけど。
しかし、素晴らしいものとな。そんな風に言われたのは初めてだ。
「どういう意味だ……?」
問うと、紫苑は僕をちらりと見て、笑う。
「一つのことに対して深く調べたり、考えたりなさるのは結構なことだと存じます」
「いやでも……そんなのたくさんいるでしょうが……」
「であれば、皆様素晴らしいのでしょうね」
紫苑のこの発言には皆が驚いた(ように見えた)。まさか紅葉一筋の紫苑がこんな爆弾発言をかましてくるとは……。明日は雪か……。まぁ静岡で雪なんて降ったら世界が終わったも同然だしな。何かやりたいことやっとかないと。
僕達が目を丸くしているのを気にせず紫苑は言い切る。
「まぁしかし、私には理解でき兼ねますが」
「でき兼ねるのかよ……」
もうちょっと良いこと言ってくれるんじゃないかって期待しちゃったじゃねぇかよ。僕の下心返せ!
紫苑はあっけらかんと続ける。
「それはそうでしょう。自分の興味がないものは結局、ただのものでしかないのですから」
紫苑は口調こそふざけているようだったが中身には、あぁなるほどと、合点してしまう。
確かに自分の無関心なものを自ら追いかけるような真似は僕も絶対しない。つまりは、大体の場合自分の趣味は理解されないし、誰かの趣味も理解できないということである。こういうのを言い得て妙とかって言うのかな……?
紅葉は紫苑の発言を受け悪く取ったのか、僕に向いて言う。
「私は、別にその、陸の話嫌いじゃないよ……。あ、退屈でもない。うん」
や、優しい……。心救われた気がしないでもない。まぁだけど「あ」ってことは、多分めんどくせーとか思ってることも多々あるんだろうなぁ……。つまりは、退屈でしたと、そういうことなんですね。別に、完璧に理解されようだなんて思ってないけど……優しさって辛い。
僕が自らを哀れんでいると、大川井さんも調子に乗ったのか、紫苑に攻撃を仕掛ける。
「何か良いことでも言うのかと思ったけど、結局アンタも一緒じゃない」
紫苑もそれを聞いて大川井さんを睨め付ける。そして目を閉じ、ふぅと息をつく。
「水野君」
「は、はい……?」
ひどく落ち着いた声音で紫苑は僕に呼び掛ける。おかげで天使のはねでも付いたかのように背筋がピーンと伸びてしまった。
紫苑はおもむろに口を開く。
「私は、水野君の趣味が全く理解できませんし、また今後理解することも困難を極めると考えています」
「あ、はい」
いやそんなこと、言われなくても分かってるけど……。思わず超棒読みで返してしまった。
紫苑は淡々と続ける。
「その点では、そこの方と同意見であると思われますが──」
「ちゃんと名前言えよ……」
大川井さんは恨めしそうに紫苑を眺めていた。
「……私は、水野君がとても純朴な少年であるとも考えています」
紫苑は言い切った。
予想もしていなかった言葉に、驚きを以て彼女を見た。いや、疑念の方が気持ち的には強い。
僕が、純朴な少年、だと……?
一体全体どこからそんな素っ頓狂な感想が飛び出てくるのかと、不審に思う。
一同が紫苑に関心を持っている中、彼女は得意気な顔になる。
「まぁどこかの誰か様は、十年以上も昔の水野君のことなんてご存知ないでしょうけれど──」
紫苑の皮肉めいた発言に大川井さんはチッと舌打ちして突っ掛かる。
ちょ、女の子でしょ……!?
大川井さんは苦虫を噛み潰したような表情で、開き直るように言った。
「えぇ、こんな奴の十年前なんてほんのこれっぽっちの片鱗も知らないわね」
「……人が話をしている時に、割り込んでくるとは、失礼ですよ。……しかし、発言の通りでしたらあなただけ、仲間外れのようになってしまいますね」
「は、仲間外れとか、どんだけお子さまなのかしらね。……あれ、でも、高校のこと考え出すと、あなたこそその『仲間外れ』とやらになっちゃうわね。ごめんなさい。そんなに言うんだったら、さぞかしこの男の高校での所業でも見たかったでしょうに」
「いえいえ、とんでもないことです。彼の動向なんて今までにそれはもう、飽きるほどに目撃していますから」
「アンタら、もうちょっと僕に優しくすべきじゃね……?」
何この人っち、笑いながら皮肉叩きまくってんだけど……。っていうか、僕関係なくない、この喧嘩に? さらに言うと「もうちょっと」だけで善しとしまっている自分がいるっていう。もっと頑張れよ。
僕が呆然と、皮肉と皮肉の応酬を眺めている中、それに敢然と立ち向かう少女の姿は儚くも健気で、美しいよりは可愛い方面に映る。何か僕、ヤベェな……。
「ふ、二人とも落ち着いて。あ……ほら、陸が燃え尽きちゃうよ!?」
いやそれはジョーだろ。っていうかそれしか知らないけど。
別に僕は戦っていた訳では……いや、悪口という仇敵に奮闘しているではないか。しかし、防戦一方……いや、守ってすらいないな。何だ、オールレシーバーって言えば良いのか。おい、カッコいいじゃん……。
紅葉が紫苑と大川井さんの間に入り、一まずは落ち着いた。
なおも睨み合いが続行されているので、二人を憂慮してか紅葉は紫苑に促す。
「そ、それで『ご存知ないでしょうけど──』の、続きは何なの?」
おいおい、お嬢様にどんだけ気ぃ使わせてんの、この金髪は? っていうか紅葉がナイスフォローすぎる。芸能界でもやっていけそうだ。何言ってんだ。
紫苑はそうでしたと思い直したようで、こほんと小さく咳払いをする。
「私が申し上げたいのは、そんな昔から水野君は一つのものに対しての純粋な興味関心を持ち続けていらっしゃるということです」
「お前、誰……?」
この人、多分僕の知ってる人じゃないんだけど。
彼女は続けて言う。
「それこそが水野君が純朴な少年であるという証拠であり、それはもっと誇られるべきことだと思います。大抵の人には、できない事柄ですから」
「だからお前、誰……?」
僕が不信感を露にして言うと、紫苑は意地悪そうな顔になる。
「これでも私は水野君を正当に評価しているつもりですよ。常人には理解し難い意味不明な趣味を幼少期から大切にしていらっしゃる。その点では私達とは別次元の方であると、素直に評しているのです」
「遠回しに幼稚って言ってんだけど……」
「勘繰りすぎですよ。お気になさらないで下さい」
紫苑はシレッと悪びれもなく答える。ヤベェ超気になるんだけど。
僕がげんなりしている中でも紅葉は、これを誉め言葉と受け取ったらしく僕を励ますためかうんうんと頷いている。優しさって辛い……。
大川井さんははぁと呆れたようにため息をついて、こめかみを押さえていた。そんなに下らなかったかな……? まぁ、命あと二年、悩めよJKということかな。
僕は再びクッキーをつまみ、口に入れる。ほんの僅かな甘味が口の中に広がる。
誇るべき、かぁ……。
さっきの紫苑の言葉をただ反芻しては噛み砕いていた。
今日の所は一時休戦となったらしい 大川井縹vs由比藤紫苑 の戦いは明日に持ち越されることになった。ってか明日もやんのかよ……。やはりツンツンとツンツンとでは相性が悪いらしい。どっちかが優しい女の子だと、そっち側が譲歩してそれにツンツンしてる方がデレちゃうってパターンなんだけど、今のままだと一生終わんない気がする。
話すこともクッキーもなくなり、そろそろ良い時間だったのでお暇しようかなと思っていると、庭の手入れをしていた憲一師匠が車で送ってくれると言う。僕は家が近いし空前絶後の超絶怒涛の遠慮をしたのだが、大川井さんの「せっかく乗せていってくれるって言ってんだから、遠慮すんの逆に失礼よ」という発言により僕も黒塗り高級車に乗ることに相成った。
帰り際も紅葉はにこにことして手を振って見送ってくれたのだが、大川井さんと紫苑は睨み合いというハードボイルドな別れ方をしていた。男気あって格好良いなとか思っちゃったのは内緒だ。
紅葉の家から僕の家なんて車ならほんの一分もかからない。ホントに近い。
だから車中から外を眺めているうちに、あっと言う間に到着してしまった。
白を基調とした、新しそうに見える自宅を、僕は結構気に入っている。
憲一さんが、この辺りでよろしいでしょうか? と訊いてきたので頷く。車に滑らかに制動がかかり、道路脇に停まる。
僕は、ありがとうございましたと言ってドアに手をかけた。
その時、意図せず、後部座席に座る大川井さんから別れの挨拶があった。
「……じゃあね」
驚いて後方を振り返ると、そう言った彼女の顔は窓の外を向いていて、僕のことなど見向きもしなかった。とほほとがっかりしたが、言われたことに対してははっきりと返事せねばと思い、僕も返事する。
「じゃあ……」
果たして聞こえているのかいないのか。結局のところ、そんなことはどうでも良く、挨拶なんて言ったヤツが勝手に良い気持ちになってりゃそれで良いのかと、得心して道路に降り立つ。
憲一さんが微笑してこちらも、さようならと挨拶してくれた。
車が発進する。一瞬車窓を眺める大川井さんと目が合った気がしたが、そんなことを考える前に彼女は遠ざかっていく。
車の後ろ姿はみるみる小さくなり、交差点を曲がったところでいよいよ見えなくなった。
そこにはもう、何もないのにボーッと見つめてしまっている自分に気がつき、苦笑する。今日の妙な暖かさにやられたかなと思い、玄関扉を引こうとした。
「あれ……?」
違和感を覚え、押したり引いたりしてみるが、扉はガチャガチャと無慈悲な音を立てるのみである。
鍵がかかっているということにようやく気がつき、はぁとため息をついてインターフォンを鳴らす。ったく、開けといてくれたって良いのに……。
──と、思ったところであることに思い至る。
「誰も、いない……?」
一人呟き、考えてみる。空はもう通常営業で学校だし、母さんも仕事だな。ん、海は……?
「あ……」
そういや、ここじゃないどこぞに引っ越しちゃったんだっけ……。
僕は呆然と立ち尽くす。
「鍵、持ってないよ……」
ついでに言うと、チャリも清水駅前なんだが……。
……マジかー。
僕はため息と共にゆっくりと腰を下ろす。
時間は流れ、僕の身の回りには変化が重なり、今までの習慣が通用しなくなっていた。誰かが必ず家にいる時はもうないらしい。
もっと、シャキッとせねば……。
僕自身もそれに対応して変化する必要がある。
だが、その奔流を誰かが塞き止め、理解不能な何かが貯まっていく気がしている。
変化を求め、また停滞を望むという相反した二つの願望を持つなど、人としてどうなのだろう。恐らくソイツは人なんかじゃなくて、ヒトの形をしたできそこないだ。
自らの意志や思考を他に委ねることしかできない人でなし。
僕はゆっくりと立ち上がる。
「ジャスコでも行くかな……」
人でなしは、暇潰しに出掛けることにした。
最後までお読み下さりありがとうございます。
最近頭おかしいんじゃないかって自分で自分を不安に思ってます。こんなこと言ってる時点でヤバいというねw
次回、進みません。
はいごめんなさい。




