第34話 四ノ宮邸での雑談会[3]
台風の爪痕が未だ多く残る中、今度は北海道の地震。自然災害は怖いです。誰の所為にも出来ないですから。
被災された方に対して、自分が一方的に何か言う事は本当は失礼ですが、とにかく頑張って下さい。
便所のことをなぜ「お手洗い」と言うのか、というどうでも良すぎる疑問を持ちながら手を洗い終えた僕は再びソファに座る。
テーブルには何やらお高そうな皿に乗っかったお高そうなクッキーがばらまかれているのだが、何とはなしに手を付け難い。
僕なんかが食べてしまって良いのかしら……。
クッキーを眺めていると、家のお嬢様である四ノ宮紅葉が手でヒョイと取り上げて口に放り込む。
躊躇など一切なく、美味しそうに咀嚼した。
さらには、僕の隣に座っている大川井縹までもが、さも当然というようにお召し上がりになってしまった。
食べて良いのかな……。
「召し上がって頂いて結構ですよ」
紅葉の左隣に座る由比藤紫苑はそう言うと紅茶を啜る。
「いや、でもねぇ……」
「どうせまたろくでもない金銭問題でも考えていらっしゃるのでしょう? そちらはゲストなのですから遠慮しないで召し上がって下さい」
渋ると手厳しいお薦めが返ってきた。っていうか完璧に読まれてるっていう。
食わないと殺されるかもと思い、取り敢えずお言葉に甘えて頂くことにした。
一つ摘まんで顔の前でよく観察する。実際高いんだろうけど、どこが違うんだろうか……? 庶民にはよく分からない。まぁ良い家で出てきたものは良いものに見えてしまうのかも知れない。先入観って怖いなぁ。
見てても仕方ないので半分ほどを口にしてみる。ショクという音がする。口の中で何度も噛む。
「……甘さ控えめ?」
「大体こういうものよ。カフェオレじゃあるまいし」
「はぁ……そうですか……」
大川井さんに呆れられてしまった。まぁ良いか。
でもってカフェオレ該当者の紅葉は少し身を縮めてストローでチューッと中身を吸う。コイツ、未だに甘々カフェオレ飲んでるのか……? そして、ボソッと「別に、甘くても良いよね……」とか言って一人で頷いていた。まぁ人それぞれ趣味がありますからね。
僕も僕で出されたコーヒーを啜っていると、納得して元気が出たか、紅葉から質問が飛ぶ。
「そうだ……。陸と縹ちゃんって文芸部って言ってたよね?」
「う──」
「ええ、そうよ」
「ん」を言う前に大川井さんに先に言われてしまった。
「文芸部って何やってるの?」
不思議そうに尋ねる紅葉の視線は丁度、僕の視線とぶつかっていたため、恥ずかしさと部活内容の知らなさのために大川井さんを向く。
大川井さんは考えるように人差し指を顎に当て、少し上を向いて答える。
「そうね……特別何かやってる訳じゃないのよね、アレ。有り体に言うと何もしてないのが部活内容、かしら」
うわぁホントに有り体だなぁ……。部活内容はないようですはい。
「え、そんな部活あるの?」
「いや、僕に訊かれても……。僕、永年休暇中だし、よく分かんないだわ」
「そっかぁ……。ん? 休暇……?」
「まぁちょっとな、色々あって休んでんの。まぁ面倒だしな」
「アハハ……」
本当のことを言ったのだが、紅葉に苦笑いされてしまった。おかしい。本当のこと言って、何が悪いんだよぉ!! もうゼルエル来るまでエヴァなんか乗らないと決め込んでいると、紅葉がうーんと唸る。
「部活、どうしよっかなぁ……」
「別に、入んなくても良くないか?」
「えぇ……でも……」
紅葉は言葉に詰まる。
「何かやりたいのとかあんの?」
問うと、紅葉は肩を落とす。
「運動も勉強も、できないんだけど……」
「吹奏楽部とか、何だ、その、軽音部? みたいのとか入れば良いんじゃないの? ピアノ、まだやってんでしょ?」
部活動をする際に、それまでの経験という物は非常に重要だ。高校から新たに登場する部活がそうだが、それまでに経験があれば結構な強みになる。硬式テニスとか弓道なんかに関わらず、他の部活でもイチから始めるよりもアドバンテージがあるのだ。それで、さらに上手いとなるとサッカーなら一躍人気を博し、素晴らしい楽器の演奏ができれば「俺のために演奏してくれ」と告られるかも知れない。何だそれ。
紅葉はピアノを前からやっている。中学の時は帰宅部だったし、どうやら引っ越し先でも部活には入っていなかったようである。しかし、音楽系の部活をやるならピアノをやっているというのは重宝されるはずだ。吹奏楽部ならそして次の曲が始まるし、軽音楽部ならノリでイギリスでごはんを歌えるかも知れない。
しかし、僕の意見には色好い返事は返ってこない。
「うーん……」
「紅葉は普段からピアノ、書道で手一杯ですので、忙しい部活は避けたいのです」
「うん……そうなんだけどね……」
紅葉はアハハ……と、頭を掻く。
あれ、何か変だなぁ……。
「ん……? ならなおさら、部活入んなくても良いんじゃないの?」
僕が問うと、紅葉は顔を赤くして、それなのに少し嫌そうな顔をする。
「確かに……そ、そうなんだけどね……」
肯定しちゃったよ。
紅葉は「で、でも……」と言って、口をへの字に結んでしまう。何か言葉を紡ぎ出そうとしても、思うようにいかない、そういった状況のようだ。少しして、紅葉は諦めたように溜めていた息をはぁ……と吐き出してしまった。
はぁ……困ったちゃんかな……。
紫苑を見ると、明らかに僕を睨んでいる。……はいはい分かりましたよ。はぁ……。
流石にここまでになると、紅葉の意図することも分からなくはない。僕はそういうのには敏感だ。
忙しくない部活ね……。あるんだよなぁ……。
「……だったら、ウチの部活入れば良いんじゃないの?」
ボソッと呟く。まぁ、言うのが単に恥ずかしかったのだと思うが。
紅葉は、目を見開く。
「良いの?」
その問いには答えず大川井さんを向く。大川井さんはため息混じりにせいぜい、私の邪魔にならないようにね、と言う。邪魔って何すんだよ……。
紅葉は破顔し、感謝の意を伝える。
「ありがとう」
大川井さんは口を尖らせるようにして、プイとそっぽを向いてしまう。えぇ、とても女子の笑顔に弱いようであります。いやぁ、キャラブレがひどい。
「それなら、紫苑ちゃんも──」
紅葉が言った瞬間、大川井さんと紫苑の間で、ほんの一瞬視線が交わされた気がした──いやマジで、交わされた。
「私は、結構です」
……場が冷えた。何か良い空気がぶち壊された感じだ。
紫苑は続ける。
「私は紅葉のために行動し、働きます。しかし部活の主たる目的は、私は個人の自主性の向上であると考えます。その場に私のような人間がいては、それこそ妨げになるでしょう。……それに大川井さんは私のことを、あまり好いてはいらっしゃらないようですし」
紫苑の皮肉っぽい言葉を受けて大川井さんは侮るように言う。
「あら、私そんなこと、雀の涙ほども思ってないわよ。もしかしてアレかしら。お嬢様以外の世界は捻じ曲がって見えるのかしら?」
紫苑はカチンときたらしく、語気を荒げる。
「無礼な。紅葉を話の引き合いに出さないで下さい」
「殉教者ね……。アンタ、そのうち破綻するわよ?」
「それは、どういう意味でしょうか……?」
「……二人とも、もうここらで──」
しょうがない、場を取り成してやろう、と口を挟むと二人に睨まれる。
「……トイレでも、行ってくるかな」
よっこいしょと立ち上がろうとすると全員の視線が僕を射る。え、いやぁそんなに見られたら恥ずかしいよぅ。まるでどこかのハーレム主人公見たいじゃん。ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッはぁぃ……どこにも行きませーん……。
まぁ僕の、この先を見越した自己犠牲によって一応は言葉の応酬が止まった。え、いやそんなファインプレーだなんてそんなこと……まぁあるんだけど。ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッはぁ……良かった。
大川井さんも紫苑も紅茶を啜る。紅茶、美味しいのかな……。
しかし、大川井さんの「殉教者」という発言。アレは本当のことを言っているのだろうか。確かに、紫苑は紅葉を溺愛していると言っても良いレベルで世話焼きだが、それがどういう意味を持つのかなんて考えたことはなかった。
何とはなしに背筋が寒くなり、暖かさを求めて僕もコーヒーを口にした。
だがしかし、紫苑の目的に一歩近づいてしまったことは確かである。
そもそも、紫苑がこんな野暮ったい言い訳、憤慨をする訳がない。恐らくはこれも、ある考えの一環だろう。紅葉がもし本当に文芸部に入部することになったら、文芸部は僕、大川井さん、そして紅葉という三人体制になる。
で、自分で言うのは恥ずかしいが、どうやら今現時点で紫苑は僕と紅葉をくっ付けようと画策しているようである。そのためにはできるだけ、僕と紅葉を狭い範囲に留めておく──物理的にも組織的にも──必要がある訳で、その点で文芸部とかいう謎部活は打ってつけなのである。まぁ最終的には刺し違えてでも──差し違えじゃないよ!──大川井さんを排除する腹積もりなのだと思う。けど、そんなんで人って簡単にくっつくのかね……。まぁ物語とかって、教室とかに女子と二人っきりなのは何かあるよねって思った瞬間にはもう何かが起こってる、ってレベルで何かある気がする。
しかし、現実は甘くない。苦くて辛い、時々酸っぱい。これが青春。はいコミュ障が何か言ってます。
恐らくは紫苑の術中にいるであろう紅葉も、このピリピリした空気は良くないと思ったらしい。あわあわとしていたが、話を切り替えるという選択肢を取った。
「陸って何で文芸部入ったの?」
しかし……それは僕へ向けての質問だった。
確かにこの状況で二人を刺激するのは良くないし、沈黙は不安や怒りなどの負の感情を助長する。その点から鑑みると大変よくできましたな選択なのだが、僕に話しかけてしまっているんだなぁこれが。僕としては不用意な発言をして、反って紛糾を引き起こさないかが非常に心配である。まぁ……仕方ないっちゃぁないんだけど……。
「いやまぁ……色々あって」
「それ、説明になってないよ」
紅葉はムッとして口を尖らす。不用意な発言を控えようと考えすぎたかな……。そりゃ確かに「色々あった」じゃ分かるはもない。分かったら超能力者か妄想野郎のどっちかだろう。まぁ僕は前者ですかね。
で、答えるにしても大体文芸部に関しては大川井さんが関係しているので、彼女を話に登場させるのはなるべく阻止したい。……っていうか、僕達何が悲しくてこんな不毛な会話してんだろ。
「んー……先生に強制的に入れられた感じか……」
「強制的?」
「あぁ……何か不真面目だ何だ、とか言われて『部活入れ』って事になった」
んん? よく考えたらおかしな話だな。一教師が生徒に部活加入を強要して良いのか? 普通に越権行為なんじゃないの? まぁ……今更だな……。
僕がかつての自分の遅鈍さを嘆いていると、紅葉はおかしそうにクスクスと笑う。
「なんか、陸っぽいね」
「何がだよ……」
「マイペースなとこが」
紅葉の屈託なしの、本当に面白く笑う姿が目に入り思わず顔をコーヒーの液面に逸らしてしまう。男子の前でそれは……秘境──じゃなくて卑怯なんですよ、ええ。
彼女は昔からの僕を知っている。僕は昔からの彼女を知っている。けど、全てを知り尽くしている訳じゃないし、そんなんだったら逆にキモいけど、それでも、お互いをよく知っているはずだ。
彼女が僕をどう思っているのかは結局彼女にしか分からない訳で、僕が「彼女に快く思って貰えてるだろう」なんて考えるのも推測の域を出ないのだ。僕は僕で、彼女は彼女だ。
しかし、それでも──いやそれ故に、僕は僕が彼女をどう思っているのかは知っている。無論羞恥により急に発狂して死んでしまうので敢えての論述はしない。だが少なくとも、今までの経験上僕は、彼女と一緒にいる時間が心地好かったのだと、そう思う。多分楽しかったし、嬉しかったのだろう。勿論、紫苑に関しても同じだと思う……恐らく。
長い間の付き合いゆえ、僕は紅葉が至極純粋だと思っているし、紅葉は僕をマイペースと評している。僕は紫苑が紅葉ベッタリ人間だと思っているし、紫苑は僕を人でなしと評している。ひどくないですか……?
恐らくそれらは僕の知る限りでは真実であって、覆しようがないものだ。もっとも、覆そうとはしないだろうが。
僕にとっては、主観の世界のみが真実で、それに依存し、そしてAUO宜しく慢心する。慢心は最も単純な欲を生み出すことがしばしばある。
それは、他人の気持ちを知りたいという知識欲、好奇心の類い。
無理からぬことではあるが、人間の行動の理由はそこに集約されるだろう。人と人とは相互に理解するために触れ合う。であれば、僕も彼女らと過ごす時に、彼女らを知りたいという欲求に駆られているのだろう。
おおぅ、何かキモいな。女子に言ったらぶち殺されるどころか、骨と内臓を粉砕されて最終的には原子崩しに「ミズ/ノリク」にされてしまうかな。うん、考えるの止めるか。アハハ。
最後までお読み下さりありがとうございます。
いやぁ話が進まない。ごめんなさい。多分リアルでも何でもだらだらするのが好きなんですね。
次でこの回は終わるので、安心して下さい。続き、書いてますよ。
ごめんなさいネタを出したかっただけなんですすみません。




