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面倒な僕を助けてくれ  作者: 柱蜂 機械
第三章 二年一学期編
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第32話 四ノ宮邸での雑談会[1]

 夏休みもあと残り僅かです。テストやだなぁ……。

 由比藤(ゆいとう)憲一(けんいち)師匠は面舵いっぱいよろしく、車のハンドルを気持ち良く回転させ、見えてきた白色の家の敷地へと車を進入させる。

 この家は小さな路地の一角にあるのだが、黒い柵の外からでも広い庭、二階建ての近代的な家がよく見える。建物の玄関横がどうやら車庫らしい。建物の下に車庫あるの、何か格好良いなぁ……。三年前はこんなんじゃなかったからなぁ……知らない間に、多分新しく立て直したんだよな。強大な経済力に恐れ入る。


 憲一さんは車庫に車を入れる前に車を止め、娘紫苑(しおん)にカギを渡す。そして、僕達は促されるまま車を降りて四ノ宮(しのみや)邸にお邪魔した。


 おじゃましまーすと、一応小声で言ってみたがどうやら誰もいないらしい。

 ここのお嬢様であらせられる紅葉(くれは)に「おじさんとおばさんは?」と尋ねたところ、東京(とうきょう)に用があるとのこと。会社の偉い人ってのも大変だけど、夫人ってのも大変なんだなぁ……。


 紅葉は玄関でローファーを丁寧に脱ぎ、もふもふっとした白いスリッパに履き替える。紫苑は「こちらのをお使い下さい」と言って、近くの棚にあったスリッパを二足、僕と大川井(おおかわい)(はなだ)の前に置く。取り敢えず礼を言って、僕もそれに履き替えた。


 廊下には何かモネだかが描きそうな印象派(って言うんだっけ……?)っぽい絵画が何枚か飾られていて、ウチとは違うなと感じる。僕んちなんかポケモンのジグソーパズルがこれと同じようにに飾ってあるぞ。何年前のだっけ……? まぁとにかく額縁に入れれば何でも高そうに見える。うん、これホント。


 紫苑と紅葉に先導されて、その絵画の廊下をおっかなびっくりと(くぐ)り抜け、リビングに入る。


「おぉぅ……バカ広い……」


 言葉こそ発しなかったが、僕と同意見らしく大川井さんも目を大きく見開いている。


 まず目に入るのは天井近くから床まで大きく取られた窓だ。薄い淡い青色のカーテンが閉じられているものの、南と西のガラス窓から光が入ってきて、室内がとても明るい。日中とか電灯を使用する必要がなさそうだ。


 また、南の窓と対する方に置かれた巨大なテレビも目を引く。70インチくらいありそうじゃね……これ?

 その下のテレビ台の中にはあまりものが入っておらず、こちらは引っ越しからの日が浅いことを窺わせる。

 しっかし……こんなバカデカいテレビ要るのかな……。


 他にも、テレビの目の前に置かれたテーブルとか、そのテーブルを囲むようにコの字型に配置された白色のソファとか、その下の茶色のカーペットとか観葉植物とか色々ある。


 何じゃこりゃ……と、我が水野(みずの)家と金持ちの違いを痛感していると、紫苑が「適当にかけて下さい」と指示を出す。

 取り敢えずリュックはカーペットに置かせてもらうことにして、純白のソファにおどおどしく座ってみる。モフッと沈み込むのではなく、適度に反発がある。うん、これ位の方がソファとして良いかも……。暫くポンポンと腰を上下させ、反発を楽しむ。

 同様に大川井さんも僕から少し離れて静かに腰を下ろす。彼女も驚いたような顔をしているし、きっと似たような感想を抱いたのだろう。


 紅葉は黒タイツ足でてくてくと歩き、どうやら所定位置にしているらしい、ソファ中央にポンッと座る。そしてテーブルの上に置かれたクマのぬいぐるみを手に取り、嬉々として両手で抱えた。


 大川井さんはそれを見て怪訝そうな顔つきになる。


「まだ、ぬいぐるみなんて持ってるの?」


 紅葉はそれを聞き、はてと首を傾げる。


「え……縹ちゃんは、持ってないの?」

「だって、ぬいぐるみなんて幼児が遊ぶようなものでしょ? もう高校生にもなってそんなもの持ってる人、いないと思うけど」


 大川井さんの口振りからすると「アンタって、ほんとガキシンジね」と言うことらしい。やっぱりツンデレか。違うな。


 紅葉は少し考えてからぬいぐるみを見て微笑する。


「そうかな……? うーん……そうかも。でも……何だか、心が落ち着く、みたいな感じしない?」


 紅葉はぬいぐるみの胸辺りを軽く押す。すると、プーッと可愛らしい音が鳴る。……うわぁウチにもあるなぁアレ。もう押し入れの中だけど、可愛いんだよねイルカとか。

 そうして、紅葉はこちらに笑いかけてくる。


 大川井さんは未だに納得いかないようで、そういうものかしら……と、首を捻っている。


 まぁしょうがない。人によって、物に対してどういう感情を持つのかは大きく異なる。紅葉のようにぬいぐるみを心を落ち着かせるものとして捉え親しみを持つのか、大川井さんのように幼稚なものだとして捉えあえて手にはしないのか。

 結局、モノに執着するということはそのモノに自身の記憶や体験を覚えていて、それらを再び実感したいからである。記憶というのは文章で表すのなんかよりも五感の方と密に関わっている。そのため五感が記憶を引き出すトリガーとなるのだ。

 紅葉のぬいぐるみなんかは視、聴、触辺りが強く働くことになるだろう。

 何がキッカケかは分からないが昔の体験の感情が「モノ」と結び付き、その「モノ」を再認識する事で当時の感覚を取り戻すことができる。

 そう考えると異性に対して、という意味ではない方の「好き」という感情は自己の快感をその「モノ」に求めているということだろう。逆もまた然りだ。「嫌い」──ツンデレ以外──には、その「モノ」に対しての負の感情が結び付いているのである。

 経験が元になり「モノ」自体を好き嫌いしていくのだ。


 きっと人間、根は同じなのだ。「モノ」に自身の思い出からの好き嫌いを投影し、ああだこうだと論説を積み重ねていく。

 言葉というのは結構面倒臭いもので、重ねれば重ねるほど、言葉の本筋が見えにくくなる。この文章にしたってそうだろう。僕は何が言いたいんだか……はぁ。

 人間は言葉で対立するが、その思想の根元には体験とそれによって作られた好き嫌いが存在する。同じモノからの、別々の体験によって別々の感情を得たことによる対立である。何とも奇妙だし、同時に悲しむべき笑うべき事柄だ。

 ゆえに人間は似ているのに違う。みんな違ってみんな良い、そんな風になっているのだ。ってか僕、この詩を多用しすぎ。

 まぁ僕も人間の一人だし、この範疇にはもちろん入っている。僕は鉄道が好きだし面倒臭いことが嫌いだ。これらも何らかの記憶の結び付き、その論説が浮き彫りになっているのだ。

 人とは、モノがないと感情を持てない。そういう生き物なのだろう。

 最後までお読み下さりありがとうございます。

 今回短くてごめんなさい。っていうか金持ちの家ってどうなってるんでしょうね? 行った事無いので想像しか出来ませんでした。金持ちの皆様ごめんなさい。

 次回は、今回よりもちょっと長い予定です。って言ってもたらたら書いてるのでつまんないかも知れません。では次回も宜しくお願いします。

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