第31話 推理
応援してたので、金足農業が負けて少し残念。ってか大阪桐蔭強すぎ。両チームも凄かったです。
やはり高級車のシートの材質というのは、ウチにあるような普通の自動車のとは違うのだろうか。こう、体に吸い付いてくるような、そんな心地の良い感覚に陥る。いやぁ、東日本のは硬くてこうはいかない。実はシートは東海が一番良いかも。シートに沈み込むと、気持ち良さのあまり眠りに落ちてしまいそうである。匂いも新車みたいな、ちょっと特別な気持ちになれる匂いだ。
しかもこの車、結構新しいらしく駆動がスムーズで滑らかに道路を滑り振動が少ない。振り子式車両がスケートしてるみたいな。何言ってんだコイツは。
僕は今助手席に乗ってしまっているが、勿論運転するのは由比藤憲一師匠である。
で、今さらだけど、なぜ憲一さんが師匠なのかというと……正直僕にも分からない。昔の名残で自分の中では師匠と仰いではいるものの、果たして何の師であったか……。でも、何にせよ、この人への憧れというものがあったのだと思う。実際格好良いですし、この方。
先ほどのご提案──何と四ノ宮邸でのお茶付き──に甘えて今こうしている訳だが、深沢怜は一人で帰ってしまった。最後、せいぜい楽しめよと台詞を吐いて颯爽とチャリで駆けて行った。気にしないようにしていたが、アイツは最高に最悪な勘違いをしている。まぁ別にどうでも良いか、深沢だし。
僕は取り敢えず駅前にチャリをそのまま止めておくことにした。まぁ金が勿体ないが、母さんからせしめよう。明日ぐらいは静鉄で行こうかな。
僕がそんなことを考えている中で、他の女子三人は後ろで仲良く(?)横に並んで座っている。たまに会話が発生すると、大川井縹、由比藤紫苑両人のツンツン度が上昇していくようで面白い。紅葉もそれを見てニコニコと笑っている。いやぁ和むねぇ。
大川井さんの自宅は静岡の方にあるらしく駅からJRで帰ろうとしていたらしい。というか、大川井さんには本当に謎がある。この人は、学年一勉強ができるのだが、どうしてウチの学校にいるのか、ということである。
ウチの学校──清水第一高校も県立高校の中では一応優秀な進学校ということになっているのだが、静岡市内で見ると二番手で、一番は静岡中心部に近い岳南高校である。勉強もできるし、運動も盛んで、県内で最も有名な高校の一つである。
もちろん大川井さんの成績なら申し分ないと思うし、家もそっちの方が近いし、何で一高を選んだのか甚だ疑問である。一高も特色のある部活とかはあるが、特に大川井さんには関係ない。
ビオフェルミン的に人には人の理由があるのかも知れないが、一体どういうことなのだろうか。
県道407号線──通称南幹線──を自動車は進む。
その間に静岡市の地形についてお勉強。
市の南部に位置する日本平は静岡市を象徴するような山だ。地盤が隆起したもので、緩やかに南に行くにつれて標高が高くなっていくが、駿河湾に近付くと一気に崖のようになる。海の波による浸食が原因と考えられる。日本平はしばしば清水港が撮影される時のスポットになっている。日本平のどこから撮っているのかは分からないがとても美しい写真をよく見かける。わざわざあそこにホテル作るくらいだし、本当に眺めが良さそうだ。一度は泊まってみたいかも。
清水の近くで言うと、三保半島も有名だ。あそこも松原と富士山のマッチングの美しさで有名だが、安倍川──静岡市を北の梅ヶ島から南へ縦断して流れる川。安倍川餅が有名。──が運んできた土や泥が運ばれ、堆積してできている砂嘴と呼ばれる地形だ(近年は安倍川上流の砂防ダムや砂利の採取によって運搬される土砂が減り、砂浜海岸がどんどん浸食されているとか)。
また、静岡市は地質的に見ても重要な土地(私見)と言える。本州を縦にぶった切る糸魚川‐静岡構造線が安倍川周辺を通っているのだ。地形図で見れば糸魚川から静岡まで、どのように構造線が延びているのか分かりやすいし面白いので一度ぜひどうぞ。そして、糸魚川静岡構造線があるということは、静岡はフォッサマグナの西端だということである。フォッサマグナというのもよく分からないが、元々海だったとか。中国大陸から別々に分離した東日本と西日本、二つの島を繋ぐ場所、それがフォッサマグナということらしい。いやぁ二千万年の奇跡だね格好良く言うと。
兎にも角にも静岡は色々自然と密接に関係しているのだ。
しかし、その自然に恵まれた土地も人間が住み着き開拓した。登呂遺跡がある位から稲作はしていたようだし、やはり住みやすい環境の整った場所だったのだろう。
人間とは面白い生き物で、そもそもの発想が他の生物と異なる。
恐らく他の生物なら、自然環境に合わせて自分を変化させるだろう。いわゆる進化というものだ。そうすることが子孫を残す──言わば生命の生きる意味──のに最も有効だからである。
しかし、人間はそうではない。自己中なのだ。
「自然環境が自分に適してない。どうしよ。……あ、変えれば良いのか」環境を。的なノリでどんどんと自然を改変していったのである。というか、人間という存在が既に生物の存在意義の範囲を逸脱している。生きて子孫を残すのが目的であるのが生物だ。それなのに「ヤベェ今日カラオケ日和じゃね?」「は? 何言ってんだ。静岡日和だろ」「じゃ静岡のカラオケ行くっきゃないっしょ!」とか「うわぁダリい……。マジヤバい……このまま死んじゃいそう」など。
そもそも生きているのは当然で、自分に与えられた絶対の権利で、揺らぐことはないと信じ切り、その上さらに他の願望を抱いている。娯楽だ。ここまで娯楽に時間を費やし、それを享受する生物が他にいるのだろうか。いるなら教えて欲しい。
しかも、たまに軽々しく命がどうのとか言う人がいるが、それはそんなにしょっちゅう口にして良い言葉なのだろうか。
もっとも、かく言う僕も、その人間の一人ではあるが。
しかし、そうなってしまったのは人間の強さゆえであろう。弱肉強食という言葉があるように人間は強すぎたのである。力、というよりはその頭脳が。生身の人間の攻撃なんか、象とかの大型動物にしてみれば痛くも痒くもないだろうが、今やこの惑星は幾つもの国を消し去ることができるほどの兵器を有しているのだからゾッとしない。これも、人間の頭脳が可能にしたのだ。
自然改変。それを行うことでどのような不利益がもたらされるのかは分からない。それに結局、僕も生きるためにもそれをしている訳だしもう何も言えまい。
自然と人間は似ているのか全くの別物か。見ていると別のものにしか思えないが、何かが変わると連鎖的に色々なことに作用し影響を与えるという状況はどちらもある。もしかしたら、案外と似ているのやも知れない。
他人の手によって、もし自分と周りとの関係が改変されるちしたらと思うと、とても恐ろしい。どんな関係でも、言葉一つで、ということはよく聞く。
今の僕に起こったら、僕は……どうなるのだろうか。
その時に飛んできた言葉が、永遠に終わらない思考から僕を引き連り出す。
「ねぇ、陸は、今日ってあんまりビックリしなかった?」
「ビックリ……?」
振り返って問い返すと紅葉は眉を顰め、不思議そうに言う。
「うん。今日、私と紫苑ちゃんが教室に入って行った時なんだけど」
「……何、その質問?」
「だって、何か陸、普通そうな顔してたし……」
普通そうな顔とは一体? ……いや、これは実は好評価なのかも知れない。大川井さんに言わせると「やる気のなさそうな腐った目が付いてるわね。何? 魚の目でも取って付けたの?」とかになるかも知れない。くっそ……。
自分で言うのもアレだが、僕の顔自体、そんなに悪くはないはずだ。写真を見てもそこらの洟垂れ小僧よりはイケメンだ。え? 幼稚園の卒園写真? い、いやだなぁ。そんなことある訳ないじゃん……。でも、やる気がなさそうな顔をしているかも……? そう考えるとまぁ普通というのは妥当な評価かも知れない。
まぁ僕の顔なんてこの際餌用の乾燥ミジンコ並みの価値しかないので置いておくとして、紅葉の質問に答える。
「うーん……まぁあんまりって感じかな」
「そっかぁ……。ビックリさせようと思ったんだけどなぁ……」
紅葉が残念そうに肩を落とす。すると、それを認めた大川井さんが問う。
「ビックリ……?」
「うん……。陸の高校分かってたから、そこに転校してビックリさせようっていうことなんだけど」
……まぁ紫苑の詰めが甘かったかな。
っていうか、何でそんなことするんですかね? バカなのアホなの死ぬの?
僕が心の中で勝利の余韻に浸っていると、紫苑が突っかかってくる。あれ? おかしいなぁ、口に出てたっけ……?
「詰めが甘かったとはどのような意味ですか?」
「いや、まぁバレバレ……って感じ?」
少しふざけすぎた。紫苑がバレバレという単語に反応して、睨んできた。
「まぁ何? その……うん、分かりやすかった……? 感じかな……」
「つまり何が言いたいのですか?」
今一、要領を得なかったらしく紫苑は、言えと脅すような目を向けてくる。僕、テロには屈しちゃうタイプ。だって怖いんだもん。
「えっと、理由の一つとしては、最初に会った時。僕が高校どこ行くのかって聞いた時に、市内の公立校っていう曖昧な言葉が引っかかった。まぁその時はあんまし気になんなかったけど。二つ目は、僕の家の電話の着信履歴。ケータイもまだ持ってない空がどうやって紫苑たちと連絡取ってたのか分かんなかったから、一番の可能性として家の電話見たら、ある時から同じ携帯電話からの着信が増えていってた。だけど、発信履歴にはその番号がない。つまりは、どこかの携帯電話と受動的に通話してたってこと。しかも、ちょうど僕がいない時刻にその番号から電話がかかってきてたから不審に思った。三つ目は、本人確認」
「え? 本人確認って……?」
「……あなたかそこのが、水野陸本人に教えたって事ね」
紅葉の言葉を受けた大川井さんが紅葉と紫苑を見て分かりやすく言う。
「あ、でもそれって確か紫苑ちゃんが……あっ」
紅葉が慌てて口を手で塞ぐ。顔を赤くしてもう言うまいと、プルプル震えている。……いや遅いでしょう。
「まぁでもその通りで、紫苑本人が教えてくれたんだよ」
僕が言うと、紫苑は身をグイッと前のめりにして問うてくる。もの凄い剣幕すぎて、こっちが攻勢に出ているはずなのに萎縮してしまう。というか、顔が近いんですね……。僕に触れると火傷するぜとは言わないが、僕が気恥ずかしさで意識を失う恐れと、紫苑が車が急に停まった時に怪我する恐れがあるので、そういうことは止めましょう。良い子も真似しないで下さい。
「……前に、空から無言電話かかってこなかった?」
紫苑を避けるように少し前屈みになって言うと、紫苑は少し首を捻り、あぁと手を叩く。
「確かにありましたが、それが何か?」
「それ、かけたの僕なんだよ」
「な……」
「ウチの電話の記録を見る限りだと、やっぱりそっちから僕んちに電話かけてる訳だから当然番号は、いちいち押すの面倒だし登録してあるはず。で、そこでこっちからかけることにした。いつも自分からkけてるのに、逆にかかってくるのは『何かトラブルでもあったんじゃないか』って気にするだろうし、相手が『空』って思い込んでるんだから何の疑いもなく電話に出てくれると思った。で、案の定出たのは紫苑だったから何も言わずに切った。もし全くの関係ない人だったとしても『間違えました』って言っとけばそれで大丈夫だからな」
「く……っ」
紫苑は悔しそうに唇を噛む。
「僕へのドッキリが終わった後も、まだコッソリ紫苑と連絡を取ってたから、第二次的なものがあると僕が思っても不思議じゃないだろ? で、それが高校をはぐらかしたのと繋がって、もしかしたらって思った訳。それだから、まぁあんまりビックリしなかったんだよ。……けど、クラスまでとは予想してなかったよ。アレ何使ったの? 金?」
少し嫌らしげに言ってみると、紫苑は俄然悔しそうに歪んだ顔つきになって「金ではなくて、しっかりとした交渉の結果です」と、反論してきた。
そのやり取りを横で聞いていた憲一さんは苦笑いした。
「確かに、それは紫苑の不手際ですね。お嬢様にも水野くんにも、ドッキリの情報漏洩については謝罪しなければならないよ、紫苑」
「お父さん……」
紫苑は不服そうに口をへの字に曲げる。
「お言葉ですが、少なくとも水野君に謝罪する必要性はないかと思います。彼はドッキリという被害を免れた訳ですから」
「おやおや、中々口が減らないね」
紫苑は紅葉に「申し訳ございませんでした」と謝ると、ムーッと唸り声を上げたそうな様子で、車窓の方へプイッと顔を背けてしまう。
ははぁ、父娘ってのはこういうものなのかぁ。何だか微笑ましいね。
「……というか、大川井さん、何でさっきフルネームで呼び捨てだった……」
「凄い時間差ね……。別に、特に理由なんてないわよ。それよりアンタ、さっきの長ったらしい説明といい、刑事か何かにでもなったら」
大川井さんは呆れたように言う。
「そりゃどうも。残念だけど、そんなに体力とかある訳じゃないから刑事は無理かな。……別にフルネームじゃない呼び捨てで良いけど、何か背中がむずむずするんだよね……」
少し身を捩ると、大川井さんが「キモいわね。……あとキモい」と呟く。うーん、そう、本当にストレートに言われると、何と言うか……うん無闇に手が出しにくいよね野球でも今の状況でも。
僕がげんなりしていると、紅葉がスイングする。
「そ、そんなことないよ。べつに、陸はキモくない。……いきなり呼び捨てだと誰だってビックリするもん」
紅葉は興奮気味に大川井さんにグッと顔を寄せる。
大川井さんは気恥ずかしそうに少し身を引く。
「別に、本当にキモいって思った訳じゃないわよ。ただ……ちょっとキモいって思っただけ」
あぁ~、ちょっとキモいって思っちゃったかぁ。うんまぁしょうがないですね。キモかったんですものね。思った事を素直に言うというのは大事なことだ。うん陰口なんかよりもずっとタチが良い……はず。
少しだけガラスのハートにヒビが入ったが、まぁ気にしないことにしよう。気にしたからヒビ入った訳じゃ、ないんだからな……!?
紅葉は、今度は僕の方を向いて熱弁してくる。
「もし言われるのいやだったら、陸も呼び捨てしちゃっていいと思うよ、私たちみたいに」
「あー……」
確かにそうかも……。紅葉と紫苑は幼い頃からずっと一緒だったせいか、長い間「ちゃん」とか「さん」とかは付けてない。しかし、最近知り合った大川井さんやその辺の人達には「さん」が付いている。まだ、僕が遠慮しているということなのだろう。っていうか、最初から遠慮なしというのは厚顔無恥の残念人間である。
うーん、どの辺りから「さん」付けが呼び捨て化するのか……。空や海はまぁ家族だしなぁ……。お、適任いるじゃん。深沢は……そう言えば最初から呼び捨てだった。何かムカつく鳥羽山とか言うのも自分の中では呼び捨てにしてるし、多分大抵の男子は呼び捨てになっちゃうんだろうな。とすると、女子はなぜ「さん」付けになっているのだろうか……? っていうか、女子呼び捨てとかいよいよリア充レベルアップしちゃうじゃん。
いや、そんなどうでも良いことよりも大川井さんの呼び捨て方な。大川井……? 縹……?
なんて考えるのも詮ないことだ。取り敢えず考えるのはヤメだ。
「……やっぱり大川井さんを呼び捨ては、ハードル高いや」
大川井さんは怏々として僕を見る。
「何よ、ハードルって」
「いや、何、その……」
何と言った物かと言い淀み、無意識の内に手を後頭部にやってしまう。
「あー、大川井さんがさ、嫌な気分になるんじゃないかって思って……」
うん、よく言った僕。ここで口を滑らして「怖そうだから」とか言ったら死刑物。ギロチン、切腹、電撃、火炙り何でもアリのほぼ地獄状態。
「……あっそ」
機嫌は取り敢えず中途半端だったので雰囲気としては安パイらしかった。いつものトゲトゲしい感じではなく幾分か柔らかい印象を受ける。まぁ、そっちの方が可愛らしくて素敵なんじゃないでしょうか。トゲアリトゲナシトゲトゲみたいなものだろうか。いや違うね。
僕と彼女のやり取りを見ていた紅葉と紫苑は、互いに顔を見合わせて首を傾げる。まぁほとんど初対面みたいな人だし分からなくても無理からぬことではある。またこれから知っていけば良いだけの話だ。
「そろそろ、到着致しますよ」
憲一さんの声がかかった。
最後までお読み下さりありがとうございます。
推理とか調子乗ったタイトル付けたわりにこの中身って言うね。はい、静岡のPR大使にでもなろうかな。
さて、次回はあるのでしょうか……。




