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面倒な僕を助けてくれ  作者: 柱蜂 機械
第二章 春休み編
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第19話 いざ、さらば[6]

 やべぇ。夏休みに休める日が無さすぎるぅ!

 瞬間、(うみ)はくるりと体を回して、僕と(そら)に向かう。スカートが、揺れて、落ち着く。

 空は驚いたようで、小さく口を開いた。

 そしてその時、寂寥を感じさせる姉の顔を見た。しかし、それも刹那。相好を崩したその顔は打って変わって痛く晴れやかだった。


 彼女は、僅かに端が吊り上がった口を、(おもむろ)に開く。


「いよいよ、だね」


 どこか照れたように、誇らしげに、そして、少し悲しそうに、彼女は言った。何がいよいよなのかは、聞くまでもないことだった。

 妹は、それを受け止めて小さく首肯する。

 

 姉は僕を一瞥した。

 僕も、頷いた。


 彼女は目を閉じて微笑みかける。その仕草がいつもの幾倍も、美しく、儚げに感じられた。


 姉が、僕たちに求めた承知の旨を示す行動は、きっと彼女なりの踏ん切りの付け方なのだと思う。それは、寂寥や未練、不安を内包した、美しくも脆い人間味の中にあるものだが。

 それでも、諦めていかなければ何ごとも進まない。諦めないなんて傲慢だ。不可能だ。醜い自己顕示だ。諦めないで、手に入れるなんてことは物理的にも精神的にも土台無理な話である。

 だからこそ、諦めることは美しく、哀しい。

 そうして手に入るものを、美しいと感じられるから。


 姉が諦めることを甘受したのは、きっと僕が今までに知る由もなかった膨大なものだろう。

 だから、諦めるという姿を、僕はこの上なく優美に感じているのだと思う。


 姉は、僕と空を交互に見て自嘲気味に笑う。


「私さ、家にいた時、ずっとゲームやったりアニメ見てたりしてて、それしてない時も部屋にいて……。ごめんね。空ちゃんが家の事頑張ってくれてたのに、手伝いもしなくて……ホントに、ごめん」


 姉は頭を垂れて謝罪した。

 空は狼狽(うろた)えて両の掌を海に向けて、どうしたものかと悩んでいるようだった。


「え、ちょっ……えー……? そんなこと言われてもなぁ。……別に、アタシはお姉ちゃんが楽しんでんだったらそれで良いんだけどさ。……それに、家事もアタシが好きでやってることだし。その、えっと──」


 空はそこで言葉を切る。

 ──いや、様子を見るに、恥ずかしくて言葉を切らざるを得なかった、と言うのが適切なのであろう。


「そんなに謝らなくても良い、っていうか何て言うか……。アタシも、お姉ちゃんに勉強とか教えてもらってたし。えっと……ありがとう……」


 空はまだまだ気恥ずかしさは拭えないようだったが、最後に、微笑んだ。


 海は顔をリンゴみたいに、耳まで真っ赤にする。瞳はうるうると涙を湛えて宝石のように輝いていた。

 しばらくそのまま耐えていたが、ついにダムが決壊し、うわーんと大声で泣き出してしまった。

 ぎゅぅと空を抱き締めて、空ちゃんありがど~ぉ、ごべんべぇ~と、顔をくしゃくしゃにして叫ぶ。

 空は姉の頭を、よしよしとなだめるように撫でる。やっぱ、どっちが姉か分かんないな。


「おがぁざんにいっでぎばずいっでない~~(お母さんに行ってきます言ってない)」

「うん」


 空が頷く。言ってないのかよ。


「ぞらぢゃんのごはん、まだだべだい~~(空ちゃんのご飯まだ食べたい)」

「うん」


 空が頷く。それは分かる。


「りぐぐん、りじりだりだい~~((りく)くんいじり足りない)」

「うん」

「おい……」


 何だいじり足りないって。ひでぇなおい。

 しかし、悲しいかな。「親父」に関するワードは彼女の口から一切出てきていない。


 でも、これで良かったのだろう。

 涙と共に、内包する様々な感情を、思いの丈を、ぶちまけてしまえば良い。それが、消えてなかったことになる訳ではない。胸の内が晴れて、幸せな気分になる訳でもない。

 でも、それで良い。

 自分の気持ちを誰かが知っている、分かってくれている、一緒に背負ってくれている。そう思うだけで随分と楽になるものだ。きっと、一種の連帯感というものが生まれるのだ。たとえ相手がその気でなくとも、勝手に自分の世界でそう思い込んでしまえば良い。

 思い荷物は一人で背負うより二人、二人で背負うより三人で背負った方が楽に決まっている。

 そんなのパスカル先生が既に証明しているのだ。

 また理解してくれている人が実際にいた方がなおのこと良い。現実、彼女が今ここで言ったのも、僕たちが理解すると思ったからに相違ない。そして、僕と空はそれを理解しようとする。完璧には知り得ないかも分からない。でも、それを一緒に背負ってやろうという気概くらい、僕だって持っていたい。


 やはり、こういう時に「キョーダイ」というのは良い存在になるのだろう。別に、僕は姉のことが好きとかそういう訳じゃないし(ツンデレじゃないし?)どちらかと言うと、苦手意識を持っている方だ。

 だが、何だかんだ言っても、彼女の晴れの門出くらいは祝してあげようとか、そんなことを思ってしまう。我ながら、僕って優しいなぁ。


 そんなことを思いながら、海の姿を見つめていた。


 彼女は一頻(ひとしき)り泣くと、それで全てを吐き出したのか、ケロッと、すっかり元気になってしまった。


 ──まもなくひかり460号東京行きが発車します。


 無感情な自動アナウンスがホームに反響する。


 姉はとっとこと、どこかの懐かしハムスターのように車両に乗り込む。

 そして、くるっとこちらに振り向き、にかっと、白い歯を見せつけるように笑った。


「最後に質問です!」

「何?」


 空が尋ねると、姉は決して大きくなく、それでいてはっきりと耳まで届くような声で言った。


「私って、ちゃんと『お姉ちゃん』できてた?」


 その質問は、最後のものにしては存外あっさりとしていた。そりゃアンタは姉ちゃんだろ。普段なら、こう返していたかも知れない。

 でも、今彼女が求めているのはそんな答えじゃない。

 僕も、それは分かる。

 ウチの家族においての自分の位置。それを彼女は問うているのだ。

 姉とは何か。

 姉らしく振る舞えていたのか。

 何をすれば姉らしいのか。

 それを、僕たちに尋ねているのだった。


 だが、そんなことは分からない。何故かって、僕たちの中で「姉」という人物はもう、完成してしまっているのだから。今さらそれを問われても、意味のない返答しかできないのだ。


 しかしそれも、返答しない理由とはなり得ない。答えるならば誠実に。思ったことを端的に。要点を押さえて分かりやすく。


 我ながら、理由づけが幼稚すぎて図らずも苦笑する。やはり僕は言葉を言うのに、すぐ理由をつけたがる奴らしい。


 空が僕に先行して姉に返答する。その表情は、実に晴れやかだった。


「絶対、できてました」


 僕も、それに触発されたかのように口走ってしまう。


「えっと、何その、僕を苛つかせるくらいにはできてたと思う。うん、充分」


 少し視線を逸らして言い始めてしまい、それからまた真っ直ぐ見るのも変だと思って少し照れたようになってしまった。

 言い終えてから海をチラッと一瞥すると、やはり彼女は微笑んでいた。


 ──ドアが閉まりまーす。


 職員による手動アナウンスが別れを宣告する。


 しかし、それさえも停滞した時間の一部分であるかのように、本当にドアが閉まるまで、たっぷりの時間を要していた。


「ありがと、二人とも。行ってきます」


 姉が小さく手を振る。空も、それに合わせて手を振る。


「いってらっしゃい!」

「いってらっしゃい」


 二人で送り出しの挨拶を言うと、海は大きく頷く。


 ──ドア、安全、よーし。


 そして、最後に思いついたように言った。


「恋しろよ、少年!」


 何のことかは、さっぱりだった。


 プシュー。何とも格好良さそうで間抜けそうな音が、姉と、弟、妹を分け隔てる壁を出現させる。


 ガラス一枚越しの姉が、どこか遠くの人になってしまったような感覚に陥り、小さな違和感を覚えた。多分、僕も寂しがってるんだろうなと思ったが、何となく認めたくなかった。


 僕はあの人の弟なんだなと、改めて実感する。


 小さく、高い音を響かせ白の巨体は滑らかに動き出す。スピードは時間が進むに連れ、どんどんと速くなっていく。


 僕と空は、その場から動かなかった。あるいは、動けなかった。いずれにしろ、姉の姿を追うような真似はしなかったのである。


 あっと言う間に、新幹線は最後尾さえも僕たちから引き離し、彼方へと行ってしまう。


 僕はそれがどこに行くのか、どう行くのかを知っていたのに、見えなくなるまで見つめ続けていた。


 空がポツリと呟く。


「行っちゃったね」

「あぁ」


 僕が返すと、空はすーはーと深呼吸をして、よしっと大きく頷く。

 そして、振り返って僕を見上げた。


「次はお兄の番だね」

「僕の番……? それって、再来年だろ」

「あぁ、そうじゃないけど……。ま、いっか」


 空はそう言うとすたすたと歩き始めてしまう。一体何がそうじゃなくてま、いっかなのか……。


 でも、そんなこともま、いっか、である。


 彼女は行ってしまった。それはもう終わってしまった事項だ。ならば、それを今さらどうこうと考えても致し方ないことだ。


 そう、自分の中で決め込んでいた時も、のぞみは軽快に静岡駅を通過していった。


 今日、生まれて初めて、のぞみがひかりを抜くことに感謝した。

 最後までお読み下さりありがとうございます。

 ようやく姉貴が旅立ちましたね。まぁこれからも、何かで召喚されるち思うちょりやす(西郷どん見すぎたw)。

 今回、最後に「のぞみがひかりを~」というのが有りましたが、詳しい事は書いていません。読者の皆様の自由な解釈で考えてみて下さい。もし、自分の意図している事と同じ解釈になれば、まぁそれはそれで何の特典も有りませんが、自分が嬉しいです。


 最後に、最近何か急に忙しくなりました。取り敢えずストックは二、三話有りますが、溜めておきたいという謎の恐怖が有って投稿出来ません(何の為のストックなんだか……)。という事で、遅くなります。ごめんなさい。それでも良いと待って下さる方、ありがとうございます。気長に待って頂けると、こちらとしても嬉しい限りです。では、今回はこの辺で。

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