第16話 いざ、さらば[3]
こんにちは。
さぁ覚悟。
「はぁ……」
会社での怒涛の仕事に追われた社畜人生真っ只中に社会の厳しさを知ってしまったヒラサラリーマン的な声を出してしまったのは勿論僕──水野陸なんだけど……。
今は駅への道を歩いている。春の日差しは、道の脇に咲くピンク色の桜を美しく照らしている。
予想通り、今年の満開は三月中だった。学校の入学式まで残っているのだろうか。僕が小学校入った時なんかは、一つの木にほんの十何輪しか残ってなかったし。
僕は先ほどの写真のせいで、こんな春の陽気とは正反対の沈んだ気分でいるのだが──もう、気にしない。
頬真っ赤に染めてたのを姉妹にゲラゲラ笑われたことなんて忘れてやるんだ。
記憶と共に記録を消去しようとしたら、デジカメを空に取られてしまった。最近は記憶と記録の「ございません」の二刀流が流行っているのだが……その手は通用しないってことですね。うわぁ、あの写真永久に不滅になっちゃわないかなぁ……。心配。
まぁでも、もうそんな事もどうでも良い。なぜなら──
はい、やって来ました狐ヶ崎駅! そう、これから短い間の鉄道タイムがカムするのである。
南にぽっかりと大口を開けた駅南は白と薄い緑──剥げてエメラルドグリーンみたいになってる──を貴重としたデザインで、それなりに立派である(一部錆びてはいるが)。入り口の先には階段があり、上ると自動券売機に自動改札がある。
フッフッフーンといった気分でSuicaをピッ。改札を通り抜ける。
こうすればもう、静岡鉄道静岡清水線狐ヶ崎駅の改札内である。イェーイ!
ここで、解説。
静岡鉄道。
言うなれば、最強の地方私鉄だ(私的)。
保有路線は静岡市中心部を東西に伸びる静岡清水線11.0kmのみ。かつては多くの軌道路線や軽便鉄道路線を有していたが、被災やモータリゼーションなどよって、衰退し廃止。そして残っているのがこの路線だけである。
これだけ言うと、なんだそこらの地方私鉄と変わんないじゃないかと思うだろう。まぁ真っ向からの否定はしないが。
静鉄は様々な分野に手を出し、静岡市、県に大きな力を持っている大企業だ。「静鉄ストア」をやってたり、高速バス、路線バスの「しずてつジャストライン」など、様々な子会社も有している。不動産、広告、ホテルなどにも手を伸ばしている。
鉄道事業だけ見ると、まぁ赤字ではあるが連結ではバリバリの黒字。いやぁ嬉しい。
ところで、よく静岡市と比較されるのに浜松市が登場する。
浜松にも鉄道会社があって、遠州鉄道と言う。これも、静鉄とよく比較される。
少し残念だが、グループの純利益は遠鉄の方が上なんだなこれが。まぁ利益が全てという訳ではないけど、一つの基準として見た時、うーん何だかなぁと思う。
でも、近代化で言ったら静鉄だと思うんだよね。新型入ってるし、全国共通の交通系ICカードも使えるしぃ?
いやでも多分、僕は静鉄に肩入れしてるので、こういうもの言いになってしまうのだろう。
まぁ、同じ県の者同士互いに頑張ろう、とまとめておこう。いやぁ綺麗ごとサイコー!
──と、心中でそんなうつつをぬかしながら、テトテト階段を下り、東西に伸びるホームの西端に到着する。静鉄は二両編成オンリーなのでホームも小さい。
島式一面二線ホームには設備としてはまぁそれなりに、時刻表や自動販売機がある。
線路を見ると、新清水方面への線路の隣にホームを持たない二本のレールが。
言わずもがな東海道本線である。静鉄の狐ヶ崎駅と入江岡駅の間、並走する。
東海道線通んないかなぁ。ロングシートの王来ないかなぁなんて思いつつ待ってみても、停止信号だ。どうやらついさっき通ってしまったらしい。
仕方ないと思い、ホームをプラプラと歩く。
そして、あるものが目に留まる。
──時刻表。あぁ、そうだった。静鉄を説明するのになくてはならないこのダイヤ。
静鉄線は新静岡~新清水が全線複線オール電化という素晴らしい路線で、上下線とも昼間は毎時9本という地方私鉄としては脅威の高頻度ダイヤを組んでいる。
首都圏の小さな路線よりも本数は多い。まぁ二両だけど。
それでも、この多さは異常。
また、平日朝なんかは急行とやらを走らせていて、駅を通過すると何となく気分が良い。
時刻表によると、もうすぐ来るらしいので、新静岡方面──ホーム南側にて待つ。
「もう、お兄行くの速すぎ」
「ホントホント。電車好きすぎ」
そうやって歩いてきたのは姉──海と妹──空である。
「何で駅着くと早足になるかなぁ」
「は? 早く改札抜けたいじゃん」
「何で?」
姉は訳が分からんと言わんばかりに眉を顰める。何でと言われても……。
「何でもかんでもすぐ理由を出せっていうのは感心しないな……。理由なき行動なんてよくあるじゃん。それに、何で何でを繰り返してけば、いずれは答えられなくなるでしょ」
「なーんか論点ずれてる気がすんだけど。そこんところ、どうでしょう?」
「……どうでしょうって……、別に良いでしょう」
「うん、まぁ良いや」
姉ははぁと、ため息をついた。
パポピポピンポン、パポピポピンポンとチャイムが鳴る。
そろそろ列車が来る、という合図だ。
現在静鉄では二つの車両が使われている。四十年以上前から使われている1000形電車と、数年前から導入されている──。
お、青いヤツじゃんと、姉が呟く。
新型車両A3000形電車である。今まさにVVVFインバータ音を響かせ、入線してきたのは最初に登場したクリアブルーの編成だ。
カメラは──姉妹に回収されているんでした。
ヒュゥィィィ……。
そこに痺れる憧れるゥッ! なんなら脳まで震えてる!
勤勉なA3000形はどこか近未来を思わせる外観で、僕達の目の前でゆっくりと停止した。車両側面のLED行先表示には青地に白で「普通」その隣に黒字に白で「新静岡」とある。
赤色の車側灯が点灯し、ピンポンとプシューの二つの音がして、ドアが開く。うひょー。
僕達は一歩を踏み出し、列車に乗り込む。
昼間だし、人気はまばらだが、それでもロングシートの席の半分は埋まっている。
姉妹は手近な席に二人で腰掛ける。僕はドア横の金属手摺に掴まり、立ったまま閉まるドアの外を見る。
「お兄、座んないの?」
空がこちらを見ながら、隣の隣の席をポンポンと叩く。どうやら座れということらしい。いやぁ気遣ってるのはありがたいんだけど、隣は無理ですっていうのがあからさまだよね……。シクシク。
別に良いよと、遠慮しておいた。まぁたまには車内や沿線を見回すというのも悪くはないだろう。
ピシュゥー…… ヒィィィー…… と何だかゾワゾワしちゃうというか心踊るようなVVVFの音と共に、列車はゆっくりと動き出す。
正直さっきから、VVVFって何言ってんのコイツとか思っている人が多いと思う。まぁ僕もよく分からん。せいぜい、制御方式だろ? と、そんくらいしか知らない。
確かA3000形はIGBT素子がインバータ制御に使われているらしいが、どうちゃらこうちゃらでこうだから加速がしやすい、消費電力が少ない云々だのと聞いた記憶があるようなないような気がするしないようなという感じで、怪しさ満載である。
──次は御門台です。The next station is Mikadodai.
日本語・英語の二カ国語での自動車内放送が、A3000形には導入されていて、ドアの上の液晶パネル──LCDにも「御門台」が日・英・中と、ハングルの四言語で表示されている。
他にもアナウンスやLCDで広告なんかが出ている。いつも、そば屋慶徳の広告が意味不明と思っているのは僕だけじゃないはず。
A3000形は最新鋭の車両という事で騒音、揺れが従来の1000形に比べて大分小さくなった気がする。
車体も、私鉄では初の仕様となっていたSustinaとかいうのを採用していて、分かりやすいのだとJR東日本のE235系と同じである。うっわ、静岡進んでるんだがこれ如何に。
なぜそんな新しい車両導入したの? 地方私鉄のくせに調子ぶっこいてんじゃねぇぞとかいう意見があるかも知れないが。
第一の理由としては、やはり1000形の置き換えであろう。初期車が登場してからもう既に45年も経過しているのだ。車体とかもガタとかが来ているのだろう。僕はそういう古い車両も好きだが、乗客を安全に快適に輸送するためには、車両の置き換えも必要なことだ。
次は、静鉄グループ全体が儲かっているから、だろうか。毎年黒字を計上しているので、どうせなら自分たちで作っちまおうと判断したんでしょう(知らん)。勿論1000形も自社車両だ。
第三は、他の会社のお古を貰いにくかった、かな? どういうことかと言うと、これは車体長とか電気方式の話になる。日本の鉄道車両では、一両の車体の長さが19~20mのものが主流だ。勿論そればかりではないが、静鉄の場合、車体長は18m、電気方式は直流600V。そして、二両編成、3ドアである。駅のホームや転落防止用のフェンスは、これに合わせて作ってある。これにヒットする車両はなくはないが──筆頭株主の東急電鉄の池上線や多摩川線からは貰って来れそう──いずれにしろ改造というのは必要で金も掛かるし、お古ならまたすぐ使えなくなっちゃうなということで、長期的に使うという点で見ても新型車両導入という方針になった(はず!)。
何はともあれ、静鉄ってやっぱ最強じゃね? と思ってしまう僕氏。なんだ僕氏って。キリシタンか。
住宅街を縫うように走る静鉄は静岡市街の重要な公共交通機関だ。勿論、輸送量や所要時間では、平行して走るJRの方が上であろう。しかしながら、その地元に根付いた路線は廃れることなく、静岡と清水を結んでいる。
富士の山に見守られながら、今日も静鉄は僕を乗せて走っている。
──みたいな感じにまとめられるくらいには知ってる。というかそれ以外知らないごめんなさい回し者的なもの言いをしたかっただけなんです。
草薙で、ふいに姉が話し掛けてくる。因みに草薙は、静鉄とJRの中で唯一、乗り換え駅と言えそうな駅である。
「そういや陸くんさ、何でデジカメで撮ってたの?」
姉は、ブラックデジカメについているこれまた黒のハンドストラップをつまみ、ブラブラとぶら下げている。
「危なっかしいから返して」
僕は姉から黒デジカメを引ったくる。
あぁ、大丈夫かい? ヨダレとかつけられてない? 最近のスマホは水に入れても大丈夫ということで、とても驚いています。
しかし、姉に話し掛けてもらって助かった。何のためにデジカメを使ったのか忘れるところだったよ。
僕は右手にぶら下げた黒デジを掴み、姉に言う。
「最近のは、Wi-Fiで画像が送れるんだよ」
僕はポケットから自分のスマートフォンを取り出し、専用のアプリを起動する。そしてデジカメもWi-Fi機能をONにした。
ちゃっちゃかと作業をして、取り敢えず先ほぢ家の前で撮影した写真をスマホに保存する。
で、後はソイツをLINEで送れば──。
「オオッ、何か来たッ」
姉はスマホの画面を見て大分興奮しているようだった。
はぁ、まぁ良かったね。
最近のスマホは凄くて、4Kだのしぼりだのが普通に出来るようになっている。だが、まぁそれでもデジカメの方が、やはり使いやすいし、綺麗だ。だから、わざわざこれを取ってきたのだが……。
しばらくすると、姉がわざとらしく泣いて、腕でそれを拭うような仕草をする。
「り、陸くんがぁ、私のためにぃ~。うぅ、ありがどおぉー」
うわぁ止めときゃ良かったぁー。なんて思ってももう遅い。やっぱ、鬱陶しいなぁ。
空は仕方ないと呆れた様子で、姉に向かって良かったねと言葉を掛ける。
姉はニコニコして、うんと頷いた。変わり身早ぇ……。
その後は、僕はずーっと外の景色を眺めていたが、チラチラと席に座る二人を見てしまう。
クスクスとかフフッとか女の子らしい可愛い笑い声が時折聞こえてくるのである。何だか微笑ましい。
内側は全く違うが、外から見ればほとんど見分けがつかないくらいの似た容姿で、自分の姉妹ながら双子なのではと疑いたくなってしまう。
姉の方は、実は活発で、ゲームや二次元が大好きで、面倒見が良いのか悪いのかよく分からない性格の持ち主。
妹の方は、実は優しくて、家事やらスポーツやらを頑張り、努力家で生真面目な性格の持ち主。
全くと言って良いほど似ていない二人が何故こんなにも仲が良さそうにしているのかは、分からない。やはり姉妹だから、なのだろうか。
しかし、そうでなくとも彼女らは仲が良いのだろう。二人の女の子同士として。
全く違うからこそ、ジグソーパズルのピースのように、欠けているところ違うところを埋め合って、しっかりと仲良く繋がっているのかも知れない。
だとしたらこの世界、幸せだらけになってしまうだろうと、どこかで僕の声がする。
確かに、その通り。
全てが全てを埋め合って、互いに結合し、平和で幸福な世界に──なるならとっくになっている。
しかしながら、そうなっていないのは僕の立てた仮説が誤りであることの何よりの証左。だから、この仮説はボツだ。
何か、他の考えを提示しなければならない。
──そうやって、何でもかんでも言葉だけ、理屈だけって……。それだけじゃ、伝えられないことだって、あるんだよ?
そういえば、昔そんなことを言われた。
また、論理立てて説明しようとしていた。今、この言葉が思い出されたのは、そう考えるなよという暗示か桎梏か。
とすれば、きっとそうなのだろう。
この姉妹を見ていれば思う。きっと、不思議な何かがあるのだと。
微笑を抑え、目前の窓に写った自分の顔を見る。
何年か前に、僕が見た顔と何一つ変わっていない。
結局は、僕は子供なのだ。そういう事だ。
──ご乗車ありがとうございました。新静岡。終点です。
いつの間にか、終わりだった。
最後までお読み下さりありがとうございます。
いやぁ鉄道成分が多くなりました。ごめんなさい。つまんない方にとってはつまんなかったかも知れません。ガチ鉄道マニアの方にとってはにわかが、と御気分を害されたかも知れません。
いずれにしろ自分の好きなようにやってるので、仕方無いと諦めて下さいませ。申し訳御座いません。




