第8話 お昼ご飯[1]
何か岳南鉄道といずっぱこ、伊豆急を完乗してしまいました。いやぁ部活が休みになるとすぐこうなるから怖い。
次の日、清水五十六先生は学校に……来た。
本人も、単なる風邪だったと言っていた。いやぁ良かった、死んでなくて。
大川井さんにプリントを渡したことで「ありがとう」とか何とかと言われたが、そんなこともあったなぁと前日のことながら、何だか何日か前のように思い出していた。
いつの間にか四時限目の授業も終了し、昼飯時である。
教室内はざわざわと急に騒がしくなり、仲良し小良し同士が近くに寄って弁当を広げたり、「パン買いに行こーぜ!」とダッシュで人気商品をゲットしようとしたりしている。
長時間を勉強と部活に割かねばならない高校生。特にウチの学校は進学校で、色々とそういうものから解放される昼休みは貴重な自由時間なのである。
友と過ごすなり好きなことするなりと、そういう時間だ。
良いねぇ。青春してるねぇ。と、教室を眺め回していると、ここにも一人青春したそうな奴がいた。
「水野、購買行こーぜ!」
僕の肩を叩いたのは、例によってメガネ男子生徒の深沢怜。
このノリ、この身長、明らかにパリピになれる素質を持っているのに、何故オタクなんかやっているんだろう……。僕も他人のこと言えないけど。
いやでも確かに、深沢は友達が少ない、という訳ではないな。他クラスとかのオタク仲間や、このクラスの一般男子とも仲が良かった気がする。そりゃ、一年も一緒なんだからな。
でも、そうじゃない奴もここにいるんだよなぁ。僕ってホントに友達にいないな。
「あ、そうだ」
僕は思い出して、机の横に引っ掛かるリュックから本を数冊取り出して机上に置く。
「これ、返す」
まぁ何を借用していたかというと、ただのライトノベルである。
「『ただの』ぉぉぉ~??」
「お前はエスパーかよ…………」
何か内心読まれた。恐ろしいやっちゃな。
深沢は凄く鬱陶しい顔付きを、普段の鬱陶しいものへと変える。結局鬱陶しい。
「まぁでも、さすがに読み終わるのが早いな。で、どうだった?」
「それ、僕が『面白かった』としか言わないって知ってて言ってる?」
深沢はウケたらしく本を抱えながら「当たり前☆」と、きゃぴるんしていた。三文字でその様子を形容すると、「キモい」。
っていうかそもそもそれを言うんだったら、「あたり前田のクラッカー」だろうが。フッ、時代錯誤も甚だしいぞ。主に僕が。
深沢はさっさと本を抱えて自分のリュックにしまい込み、僕の元へと帰還する。
僕は眠気により、「んぁーっ」と欠伸と伸びをする。
深沢はそんな様子を見て、疑問を見つけたらしい。
「しっかし、お前いっつも眠そうだな。何時に寝てんだよ?」
「十時」
「早っ!? マジ……? じゃあ起きんのは?」
「六時くらい」
「早っ!? あ、お前しっかり八時間も寝てんじゃねぇか」
「はぁ? 眠くない時とかあんのかよ?」
「あるわ」
深沢はペシリと頭を叩く。
大体何だ、眠そうとは。眠気を殺すために欠伸したり体を伸ばしたりしてるのに、それを「眠そう」とか、デリカシーないんじゃないの?
僕たちが頭の悪い会話をしていると、にわかに教室の中が静まり返る。
「ん? 何だ?」
深沢がキョロキョロと室内を見回す。そして「あ……」と言って、僕の肩をバシバシ叩く。
やっぱり鬱陶しいなぁ。
「何だよ……」
「おい、アレ見ろアレ」
「どれ見れどれ?」
ここで僕が「ドレミレドレ」って言ってるこちに気が付いた人には百万円が当たります。当たりません。代わりににわかチャルメラをピアノで弾けるようになる。
僕は深沢の指さす方向、教室前方の入り口に見る。そこで目を見張った。
美しい黒髪と、細くスラッと伸びた脚、そして、本人が最も自慢する「可愛い」その顔。
そこにいたのは、大川井縹だった。
なぜここに…………。
彼女は教室内を見回して存在希薄な僕を見つける。そして、フフンと見下すように笑った。
ウワー、イヤナヨカンシカシナイナー。
大川井さんは悠然と、クラス内に入り歩みを進める。
教室内がひそひそ話を始め、ザラザラと紙が擦れるような嫌な音になる。
「今度は誰が告ったんだよー」とか「姫様登場ナウ」などという彼女を茶化した会話が耳に入り、何だかイラッとする。
深沢も大川井さんの登場にわくわくしているようで、小声で話しかけてきた。
「なぁ、次は誰が殺られるんだろうな?」
「さぁな……」
大川井さんに告白をNOと宣告されることを、僕たちプロレタリアは「殺られる」と表現する。まぁ、一刀両断されちゃうからね。
しかし、今回は告白の件ではないだろう。今週のノルマは既に昨日達成せしめられている。
恐らくは、僕に用件があるんだろうか……。約束を守るようにとのお達しである。まさか、ここまで堂々とやって来るとは。エルガーもビックリ。っていうか、この人アホかよ……。
大川井さんは進路を教室窓側の、こちらに進路を変える。
「お、こっち来てるぞ……! おい、まさかお前……ッ」
「んな訳ないだろ」
否定してみたもののあながち間違いではない。告白はしていないが、結局僕に用があるんだからほぼ同義かも知れない。
なんて考えているうちに大川井さんは僕の机のすぐ左横へやって来ていた。
……しかし、大川井さんが向いているのは僕ではなく……、僕の斜め後ろに突っ立っている深沢だった。
深沢は豆鉄砲を食らった鳩のようになり、自らの鼻を間抜けに指さす。
「……俺?」
「邪魔よ。どきなさい」
「はいすみません」
おいチキン逃げんなよ!
深沢は大川井さんに睨まれて一瞬で怯んでしまい、後方へと下がった。
そして、高圧的天才美少女は黒の髪を手でなびかせ、僕に向かって仁王立ちする。その形相、差し詰め仁王か……。
僕はビクつき、彼女を見たまま固まってしまう。
大川井さんは僕を冷たい目で見下ろして、口を開く。
「こんにちは、水野くん」
「こ……こんにちは」
まずは挨拶ですか。今は三月だから、ようやく寒さも緩み、的な時候の挨拶がオススメ!
なんて悠長に構えてもいられない。
大川井さんは唐突に話を切り出した。
「単刀直入に聞くけど、何でもうサボってる訳?」
部活か何かなのかよ、アレ……。
なんてことは口が裂けても言えないので、とりあえず言い訳する。
「あ、えっと、そのさ、内容とかあんま知らなくてさ……」
「それは事前に確認しておくべき情報よ。アンタ、自分の職務内容も知らずに会社に出勤するの? 秘書でもいると思ってるなら、それはただのバカね」
「ご、ごもっとも……。でも、それを部下に通達しておくのも上司の仕事じゃ……」
大川井さんの反論は早かった。
「企業が求めているのは自発的行動ができる人材よ。いつまでも親鳥がエサを捕ってきてくれる訳ないでしょ。上司の仕事は人間を選りすぐって教育すること。アンタ、すぐクビになるわよ」
反論の余地もない。というか反論を展開する間隙を見つけられない。
彼女の口から流れるように出てくる言葉は、すらすらと僕の頭の中でイメージされる。しかも、それがどうにも納得できて困る。
しかし、反論しなくとも自らの主張を通すことができる時もある。ヒントは揚げ足取りと、引き下がりである。
「そ、そうですね……。でも、そんな僕って、要らなくない?」
何てストレートな質問なんだろうと、自分で自分を百発くらい殴りたい気分である。ヤァッ、イタインッ!
大川井さんは不機嫌そうに眉をひそめる。
「アンタ耳あるの? 上司の仕事は人間を育てることっていうのもある、って今さっき言ったの覚えてない?」
「あ……」
そういや言ってたな……。ってことは……?
大川井さんは呆れたと言わんばかりにはぁと、ため息を吐く。
「アンタみたいなでき損ないでも、育てれば立派になるってことよ。……ま、そこまで間抜けだと育てがいがあるのかもね」
「いやでも、それって分かんないじゃん。結局僕がゴミカスな可能性もあるわけだし……、根拠は?」
「それも昨日言ったわ。左巻きって水野くんのことを言ってるのかしら?」
「バカですごめんなさい……」
愚問でした……。
大川井さんはにこりと笑う。
「まぁ良いわ。水野くんにはこれから強制出勤してもらって強制労働してもらうから」
「は……? 強制って?」
「他人を自らに従わせることよ。そんなのも知らないなんて非常識の極みね」
「……そうじゃなくて具体的に、強制的に何をするのかってこと」
僕はムカつきつつも頑張って言い返さないようにしながら、さらに尋ねる。
彼女は人差し指を頬に当てて思考するが、すぐに返答する。
「まぁ……、ただのランチね」
にこりと笑った。その笑顔に何だか少し素が混じっているような、そんな気がした。
だが、今の言葉は聞き捨てならない。
「ランチって、これから?」
「当たり前じゃない」
「僕は誰と食べる……?」
「私たちと」
「そ、そうですか……」
うわぁ、マジかぁ。しかも「私たち」と来たもんだ。女子とランチっていつ以来だろう。といっても、三年振りくらいか……。
僕がすごすごと頷くと、大川井さんはまた意地悪そうな笑みを浮かべる。
「さ、着いて来なさい水野くん」
「イエッサー……」
大川井さんは掌を上にしてクイッと人差し指を立てる。立てという合図だろうか。女の子なんだから、もうちょっとおしとやかに行こうよ。
僕はそれに従い、のっそりと立ち上がる。
大川井さんは、他の生徒を打倒するかのような冷たい目つきでもって僕を先導し始めた。
あんま嬉しくないなぁ。
確かに女子とランチとか滅多にないことだし、ついつい目の遣り場に困って「空が青いなぁ…………」とか柄でもないことを考えることがある訳だし、その点は素直に喜ぶべき要素の一つだ。
しかし、マイナス要素がそれを上回っているだろう。
僕関連で言えば、さっきから羨ましそうな視線だったり憎々し気な顔を向けられている。まぁ僕としてはどうでもいいというか、もう諦めているのであまり気にはならない。しかし、僕のこういう行動が原因で、イジメの標的になってしまうという恐れもゼロではない。
あと一つ、付け加えるとしたら僕のプライベートタイムが削られるということだが、その点は甘んじて受け入れよう。何せ学校中が羨望している体験である。それを時間がなくなるなんてふいにしたらバチが当たりそうだし、それこそイジメの原因になるかも知れない。
そして、これは現実味の薄い話ではあるが、大川井さんのイメージダウンというのが懸念される。
言ってしまうと、校内カーストで最上位に君臨する彼女と最下位に甘んじている僕とでは、あまりに不釣り合いだ。
今までの経験上、僕が誰かと一緒だからといって高く評価されることなんてほとんどなかったので今回もそうであろうと推測される。すると、逆説的に彼女が低く評価されるという事態になり兼ねないのである。
彼女の学内No.1の座は言ってしまえば、大衆のイメージや期待に基づいて成立しているものである。
大川井さんならきっとああする、大川井さんならきっとやってくれる、というような大衆一人一人の希望的観測が積み重なり、今の彼女の地位を築き上げているのだ。
勿論、あんな堂々としているものだから少なからずアンチはいるのだが、そうした嫉妬のような物も彼女のイメージがそうさせているのであって立派なイメージアップ材料になる訳だ。
しかし、期待というのは往々にして裏切られるものである。現に彼女は僕という異分子を自身のグループに強制加入させるという、前代未聞の暴挙に打って出た。
当然、普段の彼女を見てそのイメージに固執してしまっている連中からすれば、このイレギュラーな人事は困惑して然るべき事案なのである。しかも生徒は、どこぞの馬の骨とも知れない奴が大川井さんの近くにいるというだけで、両者に悪意を抱き兼ねない。
僕は慣れているが、彼女は、どうなのだろう。
イレギュラーな行為、僕という存在が、彼女を彼女足らしめる基礎をダブルパンチで破壊する。
脆くなった基礎ではNo.1という重い建物をいつまでも支えられる訳もなく、いつしか建物自体も倒壊してしまうだろう。
僕が恐れているのはそういうことだ。単に、そうなった時に負い目を感じたくないだけなのかも知れない。しかし、大川井さんがそうなってしまっては、何だか関係者として嫌なのだ。
廊下を行き交う生徒もまたどよめきを交え、左右に分かれて僕と大川井さんの行進に見入っている。
ここまでジロジロと見られると、流石に気が滅入ってしまう。
すると、大川井さんは歩くペースを少し落として僕の横に並んだ。そして、朗らかに尋ねてきた。
「ねぇ、お昼っていっつもどこで食べてるの?」
急な問いだったので思わずたじろぐ。
「え、えっと……そうだな……すぐそこの渡り廊下とか、かな……」
大川井さんは得心したように頷く。
「じゃあ、お昼そこで食べましょう」
「え……?」
「何、嫌なの? この私とランチできるってのに」
大川井さんはムスッと口を尖らせる。
「別に、嫌じゃないけど……あんなとこで良いの?」
「別に良いわよ。今日は天気も良いし、あそこは日当たり良いもの。校舎に居るより暖かいわ。それにベンチもあるし、女の子が座るにもこと欠かないわ」
何だかたかだか昼飯のために無駄な思考使ってるなぁと、ろくでもない感想しか出てこない。勿論、口にはしないが。
少し頭を冷やしたくなり、彼女に進言する。
「あー、僕、パン買ってきても良いかな……?」
大川井さんは立ち止まり、僕を向く。
「そっか、水野くん弁当じゃないのよね。……まぁ、良いわ、買ってきなさい。私たちは一足先に行ってるから」
「あ……、そう? じゃあお言葉に甘えて……」
僕は踵を返し、購買に向かおうとする。しかし、一歩を踏み出したところで「水野くん」と、後ろからお声が掛かる。
僕はぎこちなく、振り返った。
大川井さんはにっこりと笑っていた。
「逃げたら……、分かるわよね?」
「はは……勿論……」
怖すぎて引き攣った笑みを浮かべてしまう。
僕はもう彼女は見ないぞと決めて、歩みを進める。
どの道、逃げても強制というのは着いて回るのだ。諦めよう。
急ぎ足の僕を見て、生徒たちがひそひそ話をしている。
……クソ廊下トンビめ。話すんだったら堂々としろよ、チキンが。っていうかどっちの鳥なんだよ。
……ふと気づいた。大川井さんはもしかしたらその真逆かも知れない。
僕は密かに感心した。
最後までお読み下さりありがとうございます。
もうちょっとでこの章?部? は、終わりになると思います。もうしばらくお付き合い下さい。




