第7話 大川井グループ臨時運営連絡会議[3]
最近TOKIOや北朝鮮よりもビックリした事。
静岡市内でMAXコーヒーを買える店を発見してしまった。買い漁るしかないと心に誓う。
僕の思わぬ返答により大川井縹は驚きを隠せなかったらしく、微妙に表情が変化した。
しかし三人衆のゆっきーくん以外、中村綾とツインテール女子は別段驚いたという訳ではなく、そういう返答をするかと様子を窺っている様であった。
一般モブ男子生徒は、大川井さんに蹴散らされる他の男子どもを見ていただろうから、ここで拒否ればどんな仕打ちが待っているかと恐れ戦くだろう。しかし、先程の事案で大川井さんはクソ男子にも、何故だか案外優しいという事実を露呈している訳だ。
つまり低能モブ男子生徒(そもそも出てこない)の僕は絶対に無事。惣無事令すぎてマジ秀吉。
ナハハ、そもそも大川井さんに対して何もやっていない男子に、本人がそんなにヒドいことできないんですよ! 逆に、やったらいよいよイジメだろ!
大川井さんは、コホンと咳払いをする。冷たい目で僕を睨む。
「理由は、何かしら?」
……え、何? 僕、間違えた……? いやいやそんなことはないない。大丈夫と、自分に言い聞かせた。
「んー、大したことじゃないんだけど、僕面倒なこと、嫌いなんだよ。だから、まぁ何……? 面倒そうじゃん、それ。あとは……あぁ、僕がいても何の役にも立たないっていうか、ただの邪魔になるっていうか……そんな感じ」
フッ、面倒臭いアピールは効果がある。今まで彼女が並べてきた建前と関係が一切ないがために、それらをスルーして直接攻撃できるという魔法の道具。
これで折れてくれれば万々歳と思っていたのだが、どうやらそうも行かないらしい。
大川井さんは簡単に突っ張ねる。
「水野くん、アンタさっき、私に『ありがとう』って言ったわよね。それって、私に貸しがあるってことになるんじゃない?」
「あ……、いや、そうだけど……」
マズい。その手があったか……。
貸し借りというのはこういう時、非常に面倒臭い枷となる。僕みたいな下等民族ならなおさらである。ついつい忖度しちゃうのだ。国有地とか。
ここは面倒臭いで押し通すしかないか……。そもそも面倒臭いというのが第一の理由な訳だし。
「……と、とにかく僕は面倒臭いこと、嫌なんだよ。ゆっくりゆっくり相談……じゃなくて、学校で生活してたいんだ」
これで行けるかな……。ここまで「面倒臭い」が好きな男だと分かったら流石に引くだろ。
しかし、甘かった……。
「それって……、私が面倒ってこと?」
はぁ……?
「別にそういうことじゃ…………」
「じゃあ、どういうことよ?」
「え、いや、それは……」
大川井さんは怒ったように、少し頬を膨らませる。
くっ、この女……。可愛い顔したからって、ダメなんだからな!? っていうかその顔は男子からしたら色々反則だと思います。ズルいぞ!
いや待て、おつちけ、いやいや落ち着け。そもそも僕が、何が面倒であるかを、しっかりと論理立てて説明すればこの不毛な謎言い争いにも勝機はある。
まず一、人がめんどい……。これはないな。
二、グループの中で起こるであろうことがめんどそう……。これもないな。
三、対外的に発生しそうな事案がめんどそう……。これだな、一番の理由は。
「いや、あのさ、僕が嫌なのはその、女子グループと女子グループの対立に巻き込まれることなんだよ。ほら、話の矛先が僕に向かってくるということも、無きにしも有らず、じゃん。それが、僕として避けたいことなんだよ」
よし、どうだ。
格好良く決めたはずなのに、何故だか息切れして体が火照っているようだ。たったこれだけのことで、かぁ……。女子にこんなにもペラペラと饒舌を披露したのはいつぶりだろうか。ブランクが長すぎたらしい。……いや、昔はあったんだよ、そういうことも。
大川井さんの様子を窺う。彼女はムッと口を尖らせた。
「……じゃあ、女子間の対立の中じゃなかったら良いのね?」
「は……? それって……」
「水野くんは私たちがもし論争になっていたら、その場に立ち会わなくて結構よ。そもそも威嚇のための水野くんなんだもの。私たちが相手と出くわさない限り、その任務を全うしてくれればそれで良い」
最後は、勝ちを確信したかのような物言いであった。
大川井さんは不敵に笑いかけてくる。
「まだ何か、面倒なことが?」
その姿は、言葉を再検討する必要はないなと、僕を諦めさせるくらいには堂々としていた。
やはり彼女は最強。詰みをかけるに最も相応しい高貴な女王だと確信する。
僕は無条件降伏を宣言する。
「ありません……」
大川井さんは勝ったのが相当嬉しいようで、クールに笑おうとしてはいるものの喜色が溢れ出ている。
そこまで嬉しそうにされると、負けた側も却って清々しい。何だかなぁ……という気分である。
「終わったぁ……」
ゆっきーくんが呆けた顔で言う。
「何か、すごかったなぁ」
中村さんも感心した様子で呟く。
「ロジカルだった…………。でも大川井の勝ち」
ツインテは相変わらずスマホに目を遣っていた。
僕ははぁと、ため息をつき項垂れる。何か、本当に面倒なことになりそう……。
しかし、聞きたいことはあった。
思いきって口にする。
「あのさ……、何か大川井さん、説明以上に僕っていう選択肢に固執してなかった?」
恐れを振り払って尋ねると、本人はムッと眉をひそめる。そして、プイッとそっぽを向いて言う。
「何かアンタが反抗的だったから、つい言い返したくなっただけよ。ええ、それだけよ。変な勘違いしないでくれる?」
「いや、してないんだけどね……?」
勘違いっていうか、妙な気持ち悪さがあったんですよと、言う前に中村さんが一笑する。
「あぁ、縹の負けず嫌いが出ちゃったんだな」
「ちょっと、綾は余計なこと言わないでよ」
「いやでもホントの事だし」
「違うわよ」
中村さんがニヒヒと笑って大川井さんをからかう。大川井さんは、否定こそしているがどことなく楽しそうだった。
中々不思議な人だなぁと思いつつ、よっこいせとリュックを持って立ち上がる。
「あれ? 帰んの?」
振り向くと、中村さんが驚いたように目を見開いている。
「あぁ……、早く帰んないと、母さんに怒られちゃうから」
勿論嘘だ。今時そんな心配している母親なんていないだろう。そんなの心配してたら学校行くのまで止め兼ねない。あれ……? それ良くない?
というかそもそも、まだ母さんはお仕事をしている時刻である。家にいるであろうは我が妹。フッ、今すぐ帰るぜ。
そんなことなど気にならない様子で、中村さんは気前良く軽く手を振ってくれる。
「そっかぁ……。じゃあな」
良い人だ……。僕なんかに手を振って呪われないか心配である。
僕は今までの感謝(?)を込めて何年か振りの女子への「じゃあ」を伝える。
「……じゃあな」
「バイバイ、水野くん。楽しかったよ」
ツインテとゆっきーくんが返してくれた。ツインテは相変わらず。
あと、ゆっきーくんを女子にしたいと思った。何、「楽しかったよ」って? 誘ってんの? 僕、遠慮しないでお誘い乗っちゃうけど?
そして最後の一人、大川井さんは素っ気なく「サヨナラ」と言った。うーん、何かしたかね僕? まぁいいか。
僕は足早に文芸部教室のドアに歩み寄り、開いて、出て、閉めた。
さっき廊下にいたのは、一時間も前のことではない。それなのに、なんだかとても長い間、あの教室にいた気がする。
危うくあの空気に汚染されてしまうところだった…………。
廊下を進み、小ブタ島くんとの例の一件の階段を下っていく。
大川井さんには弁舌で敗北した。これは覆しがたい事実である。
しかし、残念だったな。
逃げるは恥でも何でもないしさらに役に立つ。
DONDON逃げよう!
校舎を出て、誰にも気付かれずに駐輪場への歩みを進める。学校からも逃げる。
つまり僕は大川井さんのグループから逃げた。
確かにグループに入る事にはなった(強制)。しかし、僕は集団行動において最も大切な時間、業務、連絡方法を一切聞いていないのである。
荒野で銃も、包帯も、防弾着も持っていないようなものである。ヘヘッ、僕の必殺ライトブローを食らえ! と、特攻する状態だ。それは流石に殺られる。
つまり、僕は今まで通り何も知らない低能モブ男子生徒として、普通にのほほんと生活できるという訳だ。
もし彼女たちが何か言ってくるようなことがあれば「え~、だって何も知らなかったしぃ~。ペロッ☆」とか何とか言っとけば、世の中の大抵のことと同様に何とかなる。
フッ、詰めが甘かったな、大川井さん。ソースィートだよ。というか僕が策士すぎてもう黒田官兵衛。いや諸葛亮かソロモンの生まれ変わりまである。やっぱない。
フフンと上機嫌なまま駐輪場へと進入し、自分の自転車に鍵を差し込んで施錠を解除する。
ガギン! と小気味良い音が響き、後輪が回転するようになる。
僕は確かに面倒事が嫌いだ。だから彼女の依頼を受けたが、今はそれを放棄しようとしている。あれは、別に放棄する必要はないのだが、一つ懸念があるにはある。
結局それも、自分の意見を曲げないという傲慢な物ではあるが……。
自転車を漕ぎ出すと、春の風が吹きつけてきた。暖かいが、まだ少し冷たさを内包している、そんな風だ。
それを感じつつ、ペダルを漕ぐ力を少し強めた。
最後までお読み下さりありがとうございます。
GW皆様はいかがお過ごしでしょう。僕は何だか旅行が面倒なので県内の私鉄でも乗り潰したいなとか思ってます。まぁ思ってるだけだけど。




