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第9話 オッサン、ネタばらしする。

 鏡に向かって、ノスリは頬を引っ張り顎のラインを丁寧に剃り上げる。伸び放題にしていた髭が、ジョリジョリと洗い場に落ちていった。


 ――傷でもつけたら、かっこつかねぇよな。


 髪も手ぐしではなく、ブラシを使った。パリッとノリのきいた黒のシャツに袖を通し、ボタンをキッチリと留める。


「いつまで経っても、スーツに着られる新入社員みてぇだな」


 黒のズボンに、シャツ。上から白のジャケットを羽織れば完成だ。

 ショートブーツだけは、少し年季の入った物だが、そこは多めに見てほしい。履き慣れたものが一番だ。




「よぉ。総帥、報告に来たぞ」


 ガチャと、ノックもせずにドアノブを回し、ノスリは中へと入る。奥のテーブルと椅子の上等な一揃えに、絵になるように一人の男が座っていた。


「ノスリ、それだけ身なりが整うならば、あの部屋も汚さずに事を収めてはくれないか?」


「バカ言うなよ。普段の格好で受付したら、ここまで上がって来れないだろうが」


「不審者にしか見えないからか?」


「分かっててからかうな。いい加減、下に話を通しておけよな」


 かなり前だ。緊急の報告を上げに来たノスリに、受付が待ったをかけた。

 全国にある冒険者ギルド、そのトップへ身元不詳の人間は面会が出来ないと。冒険者タグを見せても、山男然としたモサッとした姿に、偽物ではないかと疑われる始末で頭を抱えたものだ。


 ――あれ以来、よほど急ぎじゃなかったら正装の一つでもするわ。


 それで説明の煩わしさから解放されるなら、安いものだろう。じろじろと値踏みされるのは、本来好きではないのだ。


「冒険者ギルドと言うのは、人の入れ替りが激しいものでね。君の情報をホイホイと流せるものでもないだろう?」


「はぁ……、一先ずは五人グループ。威勢のいい冒険者崩れだったな。活きが良いまま部屋に放り込んだら放り込んだで、お前はまた文句言うだろうが、適度に無力化しただけ感謝しろよ」


「鼻っ柱を折ったのまちがいじゃないか? ああでも、いつもより手ぬるかったようだね。扉を開けたら一人向かってきたから、早々に躾をする羽目になったよ」


「こっちは子どもがいてたんだぞ。当たり前だろう。少しくらい、お前も担え」


 ノスリは眉間に皺を寄せて、男へ書類を手渡した。報告書だ。


「ノスリ専用の、犯罪者収容部屋を用意しているのに、まだ不満かい?」


「それは、俺の単独任務による引き渡しの手間を省くためだから、益は両者にあるだろうが」


 そう、今までのノスリは目の前の男――総帥直々の指名依頼を受けていたのだ。

 表立って出せない裏の依頼を遂行する、まさにギルドのGメンのような存在として。




◇◆◇◆◇◆◇




『ノスリ。最近バード地方で、低ランク冒険者が失踪してるらしい』


『らしいってなんだよ?』


 話を持ちかけられたのは、一ヶ月も前。総帥から呼び出されて、ノスリが応じれば世間話として切り出された。


『行方不明の届けも無し、死体も無し、ただ、ある日忽然と姿が消えるそうだよ』


『そんなの、冒険者を辞めたか、他所の拠点にでも移ったんだろ』


 リスクのある仕事を前に、初心の勢いが失せ、怖じ気ついて辞めるケースもある。

 それに競争相手が多すぎれば、それだけ旨味も減る。他所に移れるなら、もっと良いところへ拠点を変える。

 どちらも別に、珍しくもない話だった。


『それがそうでもない。周辺でも推移から減る方が多いんだ。そして、その者たちが職についたとも聞かない』


『……じゃあ、新人キラー。誰かが狩ってるてか』


『ああいう手合いは、定期的に沸くものだろう? だから、ちょっと調べてきてくれないかな?』




◇◆◇◆◇◆◇




 ――『ほら、君ならアイテムボックスで荷物もちの冴えないオッサンで混ざれるだろう――』か、軽く言いやがる。俺の自尊心がすり減りまくったぞ。誰が冴えないだよ。くそっ。


 ヤイロが声を掛けてくれなかったら、延々と人の流れをウォッチングしてるだけで終わっていた。


 ――いや、今もまだボッチで迷走してたかもな。


 囮捜査以外の手段を取ろうにも、噂なども無かったからだ。かといって、ノスリ単独で動けば尻尾も掴めず逃げられていたかもしれない。

 どうしようかと朝早くから張り込み、ボーと時間を潰すだけの日々が続いていたかもしれないのだ。


「とりあえず、その後の調査はそっちでお願いしますよ。それと報酬も先日話した通りで」


「【火炎魔法】の子の師をつける、だろう? 冒険者ギルドとしても将来有望株は願ったり叶ったりだ。責任を持って面倒を見るよ」


 ノスリにはもう、教えられることがない。ヤイロは簡単な魔法なら扱えるようになったからだ。次のステップへ進むべきだろう。


「スキル鑑定の調査員への忠告、監査も、バード地方は念入りに、他の地域へも、総帥の名で国に進言しておいたから案ずるな」


「子どもに舐めたマネした怠慢職員へは?」


「それは師として彼女に行って貰うから、ついでに一任してあるよ。すまなかったね」


 ――彼女、か。属性は違うが同じ上級だな。


 名を聞かずとも分かるのは、先日収納から使った雷の上位スキルの使い手だからだ。面倒見も良いので、この先は安心だろう。


「すまなかったと言うなら、研修を見直してくれ。駆け出しが一番、稼ぐのが大変なんだぞ」


「分かってるよ。各ギルドマスターへも通達する。ペナルティ付きでね」


 言いたいことを言って、ノスリも一息つく。肩の荷が下りて、ようやく仕事が一つ片付いたのだ。


 ――後は、事後処理だけだな。

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