第10話 オッサン、節目を迎える。
ノスリの強さを目の当たりにした後、いつもと同じように、冒険者ギルドへ戻ってきた。
道中は皆、いつもと違ってちょっと口数が少なかった。
冒険者ギルドの窓口で、ノスリが何かを言うと、少しだけ慌ただしくなった。
『君たち、ちょっと話を聞かせてもらえる?』
『はい、大丈夫です』
丸い眼鏡を掛け、長い髪を緩く三つ編みした金髪の女性が話し掛けてくる。コルリがそれに返事をした。
事情聴取に応じて欲しいと、事前にノスリに頼まれていたからだ。
『イスカ、コルリ、ヤイロ、後はこのお姉さん――アマサギの指示に従ってな。俺も別で済ませてくるからさ』
ノスリは一人、一人に手を伸ばして笑うと、頭を撫でてくれた。
『じゃあ、頼んだぞ。アマサギ』
『念押ししなくても任せなさいって、心配性ね』
アマサギにも声を掛けて、ノスリは別の職員に誘われ冒険者ギルドの奥へと歩いていった。
「ノスリのオジサン、今日も居ねぇな」
「そうだね。どうしたんだろう? 気にしないで依頼とかクエストを受けて良いって、ギルドの人に言われたけど」
冒険者ギルドの掲示板を眺めて、イスカが呟いた。ノスリと別れた翌日、掲示板を眺めながら皆で待ちぼうけをしていたら、職員から声をかけられたのだ。
あれから数日経つが、ノスリは現れないまま今に至る。
「――はっ、まさか。捕まった!?」
「っ!? なに言ってるのよ、イスカのバカ!!」
「いってぇ!? ロングスタッフで殴るなよ、ヤイロ!」
縁起でも無いことを言うなと、ヤイロは思いっきりイスカの背中をロングスタッフでぶん殴った。
――もう会えなかったら、どうしよう?
まだまだずっと続くと、そう思っていたダンジョンでの特訓の日々。
突然の終了に、ヤイロは戸惑っていた。まだ、礼も別れも言えていないのだから当然だろう。
「――あ、本当にまだ居たな」
背後から、たった数日――それでも、懐かしく感じるほどの、どこか気の抜けた落ち着きのある声が聞こえた。
「ノスリさん!」
「ノスリのオジサン!」
「先生!!」
三者三様に叫んで振り返り、迷うことなく飛びついた。会いたかったノスリがそこにいた。
◇◆◇◆◇◆◇
「おう!?」
どっと飛び込んできた三人に、慌てたノスリはたたらを踏んだ。危うく転ぶところだったのだ。
「もう! もう! 急に居なくなるから!!」
「オレ、ノスリのオジサンが何かやらかしたのかと!」
「せめて、ひと声掛けてほしかったです」
ぐずぐずと涙声になる三人に、ノスリは狼狽えた。まさか、こんなに懐かれているとは思っていなかった。
「あれ……? 誰、このオッサン」
「んん? 声は、ノスリさんだけど……」
「……先生、顔変わった?」
「今気づくのか。それになんか、酷い言われようだなぁ。髭を剃っただけなのに……」
三人のリアクションを不思議に思い、ノスリは顎に手をやって肌触りで気づく。
変わったことと言えば、ギルド総帥に会うため身なりを整えたことだった。
――首から下は、いつもの下位装備なんだけどなぁ。
さらに言うなら、髪もすでにボサボサだ。
ただ、調査でずっと行っていた、早朝からのギルド支部での張り込みから解放された。
――年食うと睡眠が大切だよなぁ、本当に。
ここ数日は事後処理でギルド本部に居たものの、朝寝坊を貪っていたから顔色が良くなったのもあるかもしれない。
「あぁ~。その、なんだ。なんか悪かった、な?」
「軽い!」
「ひどい!」
「……私、弄ばれた」
「ヤイロ!?」
心配をかけたと詫びたとたんに、誤解を招くような言い方は勘弁して欲しい。
ここは冒険者ギルドだ。人が多い、そう――人が。ノスリの後ろには、アマサギがいる。
「いたいけな子どもたちを、弄んだ?」
「そこだけ拾うな! 前後も拾え!?」
案の定、振り返れば冷たい眼差しで見てきたアマサギに、ノスリは即座に否定した。
「あれ、この間のお姉さんじゃん」
「やほぉ、数日振りね。覚えててくれて嬉しいわ。元気だったかなぁ?」
「え、と……はい」
「その節は、お世話になりました」
イスカが最初に気づき、三人は顔を見合せ頷き合った。アマサギの問いには、ヤイロが短く答え、コルリは丁寧にお辞儀をした。
「え~。改めて、彼女はアマサギ。雷の上位魔法スキルを持ってる、腕は折り紙つきな。先日話した、ヤイロの魔法指導を引き継いでくれることになった」
「アマサギです。よろしくねぇ?」
「――先生! 居なくなっちゃうの!?」
ノスリにしがみついたヤイロが、見上げて必死に訴えた。そこにズキリと、確かな痛みが胸に伴う。
「ヤイロ、俺が教えられることはもう無いんだ。それに……」
「悪い人たちを、捕まえたから、ですか?」
「コルリは聡いな。ああ、俺は、アイツらを捕まえるために君たちとパーティーを組んだ。利用して、すまない」
三人から一歩下がり、ノスリは頭を下げた。嘘をついたことはない。だが、真実を話してきたかと言われれば別だった。
――子どもだからって、不誠実でいたことにも変わりない。
下げた頭を上げることがノスリには出来ない。今、どんな顔をしているだろう。
見つめた床、履き慣れたショートブーツが目に入る。この汚れと傷の幾つかは、子どもたちとの冒険でついたものだ。
「――オレ、気にしてない。荷物持ってもらったし、前衛の立ち回りを教えてもらった」
「そうだね、オレも。大人がいれば、受付もダンジョンのチェックも楽になるって、利用するつもりで皆に提案した」
「私、最初はこんな中年なんてって思ってたから――あ、今はもちろん素敵な先生だよ!? だから、顔上げてよ!」
イスカを皮切りに、コルリ、ヤイロと続いた。子どもに気遣われているとは、なんて情けない大人だろうか。
「ふん。おあいこなんじゃないか」
「あだ!?」
バシンと、ノスリの背中で小気味いい音がなり衝撃が襲う。アマサギが笑って叩いたのだ。
「子どもにここまで言わせてるんだから、さっさと顔を上げる。何のために連れてきたと思ってるんだ。本当に、どうしてこう普段は腑抜けなのか……」
「……」
痛む背中を擦り、ノスリは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。アマサギが残念な子を見るような目で見てくる。ノスリは前世も合わせれば、かなりの年上なのに。
「俺は冒険者だ。そして君たちも駆け出しとはいえ立派な冒険者だ。だから、これは別れでもないよ。これから依頼で一緒に活動することは出てくるだろう。それに、酒を飲む約束もしてるだろ。俺は楽しみにしているからな?」
咳払いをして、ノスリはへらりと笑った。今度はちゃんと対等に、隠し事もなく、師弟でもなく、肩を並べて依頼をする機会が訪れる可能性はあるのだ。
みるみるうちに表情を明るくする子どもたちを見て、ノスリは目元を和ませる。
――後世の成長。その一端を見られるのは、やっぱ良いよなぁ。
今はまだつむじが見えるほどに小さい彼らだが、数年もすればそれぞれに成長し立派な冒険者になるだろう、それが楽しみで仕方ない。
年に勝てないと言いながら、ノスリが冒険者を辞められない理由だった。




