第3話 オッサン、魔法指導する。
目の前で、イスカが剣を振るっている。
コルリが盾で防いで、すぐさま剣で切りつけた。
『大丈夫だから、ヤイロは弱ったヤツを狙えば良い』
ヤイロの握った杖が、ふるふると振るえていた。カチカチと、音がなるのは何の音だろうか。
「私、私だって……」
四体のモンスター、冒険者ギルドの図鑑で見たものだ。ドロドロとした形で、少し向こうが透けてるのがスライムだ。それが二体。
緑色の体躯で尖った耳、二本足で立っているのがゴブリン。四つ足で額に一本角、ネズミ色のボテッとしたのがラットだ。
――どれも弱いモンスターで、私の魔法なら一撃で良いんだ。
ヤイロは小さな町の生まれだった。十歳の時、大きな街でスキル検査を受けた。それが国の決まりだから、ヤイロにとっては両親との遠出で、ただはしゃいでいた。
『おめでとうございます! 火炎魔法のスキルです。上位スキルですよ。素晴らしい』
『良かったわねぇ、ヤイロ』
火魔法スキルの上位版らしい。らしいとは、ヤイロはよく知らなかったからだ。
ただ、検査員が祝福し、両親が喜んだ。それだけだった。
『またヤイロが燃やした!』
『痛いよぉ』
『ごめんなさい、ごめんなさい』
誰も知らなかったのだ。スキルは持っているだけでは、ダメなことを。正しく制御し、扱うためには、知識と技量が伴うことを。
「コルリ、後ろ!」
ゴブリンとスライムに挟まれたコルリに、イスカがラットを仕留めて叫んだ。
後ろのスライムが、体積を広げて伸ばしてコルリに襲いかかろうとしている。
「――っ!」
ヤイロは杖をスライムに向けた。けれど、カチカチとなっていたのはヤイロの歯だった。口が上手く動かない。
『ヤイロ、冒険者ギルドに行こう。オレたちでパーティーを組むんだ』
『冒険者ギルドなら、金も学のないオレらでも学びながら生きていけるって。野営したって怒られないぜ』
ヤイロは思わず、ぎゅっと目を瞑る。怖い。怖い。怖い。
「ダメだよ。魔法は目を開けて、しっかり見なきゃ撃てない」
低く落ち着いた声が、閉じた世界の向こうで聞こえた。
◇◆◇◆◇◆◇
「四体。多くはあるけど、三人なら脅威ではないんだけどなぁ」
だが、ノスリが見ている分には二人対四体だ。それでもイスカとコルリの立ち回りが上手い。
イスカが一体、一体を確実に仕留めれるように、コルリが盾を使って残りのヘイトを取っていた。
――物理に耐性のあるスライムを剣で倒すイスカも、幼いわりによくやってる。
仕留めてすぐに、動きの早いラットに狙いを定めるのも悪くはない。
単体の強さならこの中ではゴブリンだが、体躯が大きい分、対処がしやすいのもまたゴブリンなのだ。
おそらく数を減らしてから仕留めるつもりなのだろう。二人でも焦らず、仕留めきれそうな雰囲気はある。
「むしろ、問題は……」
最後尾に控えていれば、全体がよく見える。ヤイロは戦闘が始まってから一度も魔法を撃ってないのに、顔色がとても悪い。
「簡単な魔法なら、スキル判定されて自覚すれば使えるはず……、まさか?」
ノスリの呟きは、イスカの叫ぶ声にかき消された。見れば、コルリが窮地に陥っている。が、本人は覚悟の上なのだろう。それでも冷静にゴブリンを相手にしていた。
――確かに、持ってきてるポーションで治療は出来る。けど、痛いだろ。
ノスリは持っていた剣を手放す。地面に落ちること無く、途中で姿がかき消えた。アイテムボックスに収納したのだ。
代わりに手元に出したのは、投擲用の短いナイフ。スライムの弱点である核目掛けてピンポイントで投げる。
「ダメだよ。魔法は目を開けて、しっかり見なきゃ撃てない」
ヤイロの頭に手を乗せ、ノスリは口を開く。言われた通り、前には出ていない。
――手も口も出すなとは、言われてないしな。
これだけ真剣な子どもたちの未来を曇らせるなど、まともな大人なら看過できないだろう。
「――ヤイロは、【火炎魔法】のスキルだな」
「そう。でも……、なんで」
人に危害を加える懸念をする。さらには街の外ではなくダンジョンにこだわっていた。
上位魔法スキルだとノスリは当たりをつけて、さらに前に出るなと執拗に言っていたことから、最も危険がイメージされやすい【火炎魔法】だと絞った。
「なら、杖を前にまっすぐ――そう。震えるな、その分だけブレる。川遊びをしたことは? 手のひらに握る大きさの小石でいい。それを放つイメージをするんだ。いいか、絶対に目を反らすな。そうすればコルリには当たらない。俺の言葉を反芻しろ。スペルは――」
スライムは、ノスリの放ったナイフですでに霧散している。だから、狙いはゴブリンだ。ヤイロの杖を持つ手を支えて、耳ともへスペルを耳打ちする。
「フ……、《フレイム・ショット》!!」
ボッと音を立てて――杖の先、火の玉が打ち出された。コルリが素早く戦線を離脱し、まっすぐに飛んだそれはゴブリンの顔面に命中する。
「ヤイロ、すげぇ!!」
「……っ、当たった、の?」
イスカが、バッとヤイロを振り返って駆け寄ってくる。呆然と呟いたヤイロは目の前のことが信じられないと言った様子だ。
コルリは、顔面を焼かれ虫の息のゴブリンの胴へ剣を突き立て仕留めていた。
「いやぁ、思わずちょっかいを出して、すまんなぁ。羨ましい火力だ。凄いぞ、ヤイロ」
「う、う、うわぁぁぁぁん!!」
「おぉ!?」
「ありがとう。ありがとう! コルリが怪我しないで済んだの、ノスリのお陰なのぉぉお!!」
「オレからもお礼を、ありがとうございます」
大泣きを始めたヤイロに、ペコリと礼儀正しくコルリが感謝を口にする。
「コルリ、なら遠慮なく口を出すけど。ポーションありきの戦闘は褒められたものじゃない。連戦でも、不利だし、毒持ちだっているんだ。なによりも痛いだろう? ふとした時に、それは恐怖に繋がる。怪我をしないように普段から闘うんだ」
「……ごめんなさい」
「全体が見えて、動き自体は悪くない。だからこそ惜しい闘い方はだめだ」
コルリがあの場で引いた場合、相対してたゴブリンが二人のどちらかを狙った可能性は十分にある。ノスリは口には出さないが、捨て身であることにはそれも変わらないのだ。
「オッサン、荷物持ちの癖にすげぇ知識だな。凄腕の冒険者みたいだ」
「だてに、荷物持ちで周りを見てきたわけじゃないからなぁ」
ノスリがヘラリと笑って返せば、イスカが強いのか弱いのかよく分からないと言った風情で笑った。




