第六話:ボードゲームの夜
金曜日の夜。
仕事を終えたトシは、大宮駅東口へ向かっていた。
スマホが震える。
「今日、ちゃんと来るんだよ?」
ユイからのメッセージだった。
『仕事終わった。あと十分』
送信すると、すぐに笑顔のスタンプが返ってきた。
隣を歩くケンが笑う。
「彼女、今日も心配してんのか。」
「俺が事件に巻き込まれると思ってる。」
「実際、毎回巻き込まれてるじゃねえか。」
「……否定できない。」
二人は笑いながら東口のボードゲームショップへ入った。
大宮で評判のボードゲームショップ。
店内には木の棚が並び、海外製のボードゲームやカードゲームが所狭しと並んでいる。
学生、会社員、親子連れ。
年齢も職業も違う人たちが、一つのテーブルを囲んで笑っていた。
「こんばんは。」
店長が笑顔で迎える。
「久しぶりですね、トシさん。」
「仕事が忙しくて。」
「みなさん、もう待ってますよ。」
奥のテーブルには、リクとショウが座っていた。
「遅い。」
ショウが時計を見る。
「運送屋は定時がない。」
トシが苦笑する。
リクは箱を取り出した。
「今日は新作です。」
「またルール長いやつか?」
ケンが嫌そうな顔をする。
「三分で覚えられます。」
「本当か?」
「……たぶん。」
その瞬間、入口のベルが鳴った。
「ごめん、お待たせ。」
ユイだった。
美容師の仕事帰りらしく、制服の上に薄いカーディガンを羽織っている。
トシを見るなり笑う。
「今日は事件禁止だからね。」
「俺が起こしてるわけじゃない。」
「でも毎回、巻き込まれてる。」
ケンが吹き出した。
「反論できねえな。」
店長がゲームを運んでくる。
「今日は協力型がおすすめです。」
街を守りながら事件を解決するボードゲームだった。
「トシ向きじゃん。」
ケンが笑う。
ゲームが始まる。
リクは説明書を読むのが早い。
「次はショウ。」
「了解。」
ショウは盤面全体を見ながら最善手を探す。
ケンは勢いでコマを動かす。
「たぶん大丈夫!」
「その"たぶん"が怖い。」
ショウが冷静に返す。
ユイは笑いながらカードを並べる。
「みんな性格がそのままだね。」
トシは全体を見渡し、一番困っている仲間を助ける行動を選んでいた。
ユイが微笑む。
「やっぱりトシらしい。」
「そうか?」
「自分より周りを優先するところ。」
その言葉に、トシは少し照れくさそうに笑った。
ゲームはいよいよ終盤。
あと一手で全員勝利。
そのときだった。
入口付近から慌てた声が響く。
「財布がない!」
店内の空気が一変した。
高校生くらいの少年が青ざめている。
店長が落ち着いた声で聞く。
「最後に見たのは?」
「さっき、会計したときです。」
リクはすぐに入口へ視線を向けた。
「この五分で出た人は一人だけです。」
ショウは店内を見回す。
「防犯カメラの死角を通って出てる。」
ケンが立ち上がる。
「怪しいな。」
ユイは少年の前にしゃがんだ。
「落ち着いて。財布はどんな色?」
「黒です。」
「現金より大事な物は入ってる?」
「学生証と定期券です……。」
トシは静かに店を出た。
東口は金曜の夜らしく、人であふれている。
ネオンの光の中、黒い財布を手に歩く男が目に入った。
「いた。」
トシが小さくつぶやく。
「ケン。」
「任せろ!」
ケンが人混みを縫うように走る。
男は気づいて逃げ出した。
駅前を抜け、細い路地へ向かう。
「リク!」
「位置共有しました。路地の先は行き止まりです!」
ショウはすぐ反対側へ回る。
「先回りする!」
男は路地へ飛び込む。
その出口にはショウ。
振り返るとケン。
そして正面には、静かに立つトシ。
男は足を止めた。
「返してくれ。」
トシは落ち着いた声で言う。
「それは君の財布じゃない。」
男は逃げ道を探す。
だが、もうなかった。
ゆっくりと財布を地面へ落とす。
そのタイミングでパトカーのサイレンが近づいてきた。
リクが通報していた警察が到着する。
男は抵抗することなく警察官に引き渡された。
財布は少年の手に戻る。
「ありがとうございます!」
少年は何度も頭を下げた。
店長もほっとしたように笑う。
「ゲームの協力プレイ、そのままでしたね。」
ケンが笑う。
「現実のほうが難しいけどな。」
店内へ戻ると、ゲーム盤はそのまま残っていた。
ユイがサイコロを手に取る。
「今日は事件禁止って言ったのに。」
トシは苦笑する。
「悪い。」
「でも、見過ごせなかった。」
ユイは少しだけため息をつき、それから笑った。
「それがトシだもんね。」
「じゃあ、続きやろ。」
全員が席に着く。
サイコロが転がる。
店内には、また笑い声が戻った。
大宮の夜には、事件がある。
でも、それ以上に、人と人が笑い合える時間がある。
トシは思う。
街を守るというのは、大げさなことじゃない。
誰かの日常を、少しだけ守ること。
その積み重ねが、この街の夜をつくっているのだ。




