第八話:オズワルド商会の阿鼻叫喚。……探し物は、うちの荷台に転がっていました
王都・オズワルド商会の集積所。
「夜中だと言うのに、王宮周りがやけに騒がしいな。……おい、荷下ろしを急げ! 閣下の御用命は待ってくれないんだぞ!」
店主オズワルドは、滝のような汗をハンカチで拭いながら従業員たちに指示を飛ばしていた。
先ほど、魔物討伐から嵐のように帰還したギルベルト率いる騎士団とすれ違った際、あの英雄が放っていた凄まじい「氷点下の冷気」と殺気を思い出し、今でも背筋が寒くなる。
「旦那! た、大変です!!」
そこへ、王宮への納品を終えて戻ってきた一台の馬車が、車輪を軋ませながら猛スピードで滑り込んできた。
完全に停まるよりも早く、青ざめた御者が転がり落ちるようにして飛び出してくる。
「どうした!? 事故でも起こしたか!」
「違います、荷台に……! 荷台に、誰か隠れて、いや、あの方はまさか……ッ!」
「何だと? この忙しい時に密航者か!? 突き出せ、今すぐ衛兵に――」
パニックに陥る御者を押し退け、使用人が荷台の奥から引きずり出してきたのは、地味な外套を羽織り、泥に汚れた小柄な女性だった。
「……ごめんなさい、本当に、ごめんなさい……っ」
消え入りそうな声で謝り続ける彼女を、街灯の下で一瞥した瞬間。
オズワルドの心臓が、ヒュッと音を立てて凍りついた。
見覚えがある。嫌というほど記憶に刻まれている。
数日前、離宮へ馬車五台分の贈り物を運び込んだ際、あの『愛が重すぎる辺境伯』の隣で困惑するように微笑んでいた、ハニーブロンドの王女殿下その人ではないか。
「……ひっ、ふ、ふえぇぇ……っ!?」
オズワルドは声にならない悲鳴を上げ、その場で膝から崩れ落ちそうになった。
ただの密航者どころではない。国家反逆罪か、あるいはそれ以上に恐ろしい「辺境伯からの略奪」の片棒を、知らぬ間に我が商会が担いでしまったのだ。先ほどのギルベルトの鬼の形相が、鮮明に脳裏にフラッシュバックする。
(――あのお方は、これ(殿下)を探して血眼になっていたのか!!)
「で、殿下!? ユーフェミア殿下、なぜこのような場所に……!?」
「オズワルドさん……お願い、誰にも言わないで……私、遠くへ行かなきゃいけないの……っ」
ボロボロと泣きじゃくるユフィを見て、オズワルドは自らの首が物理的に飛ぶ幻覚を見た。
「……いいえ、殿下。外は今、閣下の命で城門が全て封鎖されております。ネズミ一匹出られませんよ」
「えっ……?」
絶望に目を見開くユフィの腕を引き、オズワルドは周囲の目を誤魔化すように声を潜めた。
「とにかく、ここでは目立ちます。こちらへ!」
震える足を引きずりながら、オズワルドはユフィを奥の客室へと案内した。
彼女をふかふかのソファに座らせ、温かいカモミールティーを出したが、彼自身の頭の中はそれどころではない。極限状態の中で、商人のサバイバル本能がフル回転を始める。
(どうする!? 国王陛下に報告か? ……いや、違う。まず最優先で報告すべきは、あの執着の塊のような辺境伯閣下だ! 一刻も早くお伝えしなければ、私の首はおろか、商会そのものが閣下の怒りの業火で地図から消滅してしまう!!)
オズワルドは隣の執務室に駆け込むと、羽ペンを力任せに握りしめた。
インクが羊皮紙に飛び散るのも構わず、ガタガタと震える手で書き殴る。
『閣下! 探し物は我が商会にございます! 今すぐ、今すぐお迎えを!!』
「おい! これを今すぐ、ギルベルト閣下の元へ届けろ!」
書き上げた密書を最も足の速い使いの者に押し付け、オズワルドは血走った目で怒鳴った。
「騎士団の検問に捕まっても、私の名前を出して閣下に直接渡せと言え! 命を懸けろ、商会の存続がかかっているんだ!!」
使いの者が風のように飛び出していくのを見送り、オズワルドはそのまま執務室の椅子にズルズルと崩れ落ちた。
壁一枚隔てた客室で、不安そうにターコイズグリーンのネックレスを握りしめているユフィ。そして、この手紙を読んだ後、間違いなく嵐のように乗り込んでくるであろうギルベルト。
「……胃が、胃が痛い……。誰か、私に一番強い胃薬を……」
王都が封鎖された静寂の夜。
限界を迎えたオズワルドの必死の書簡が、暗闇を切り裂いて一直線に駆け抜けていった。




