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【完結】0.1秒の求婚から逃げ出したのに、婚約者の私を「待つから」と溺愛されました  作者: ましろゆきな
第二章:女神の平民ごっこ(※ただし包囲網の中)編

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第九話:偽名の「ユフィ」で商会勤務。――史上初、王女が平民のフリをして働き出す

「王都が……封鎖?」


 オズワルドから告げられた信じがたい言葉に、ユフィは絶望のあまり客室の椅子に崩れ落ちた。


「ええ。何やら王宮の方で一大事があったとかで、全門が固く閉ざされました。理由までは分かりかねますが……不運でしたな」


(王宮で一大事? ……まさか、私の家出がもうお父様たちにバレたの? いえ、たかが第三王女が一人いなくなったくらいで、国を止めるような真似をなさるはずがないわ。きっと、魔物討伐に関連して何か別の緊急事態が起きたのね)


 まさか、その「一大事」の原因が他ならぬ自分であり、国の英雄が血眼になって王都を裏返している最中だとは露ほども思わないユフィは、ただ「運が悪い」と項垂れる。

 ギルベルトが討伐から戻るまでは、あと二日あるはずだった。それまでにこの街を出なければ、彼に会ってしまう。


「……うっ……ひっ、ふ……」


 張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、ユフィの大きな瞳からボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。逃げ道は塞がれ、行く当てもない。

 そんな彼女を前に、オズワルドは冷や汗を流しながら、内面で激しい葛藤に苛まれていた。


(閣下からの返信と指示が来るまで、何としてもこのお方を外へ逃がしてはならん。だが、だからといって王女殿下をただの一室に軟禁しておくわけにもいかない……。よし、ここは一つ、商人の知恵を絞るか)


 オズワルドは意を決し、震える声を咳払いで整えて切り出した。


「殿下、……いえ、ここでは何とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「あ……それでは、『ユフィ』と呼んでいただけましたら。……偽名に、なっているかしら?」

「ユフィ……。承知いたしました、ユフィさん。……それでは、こうしましょう。城門が開くまでの間、貴女を我が商会の従業員としてお預かりします」

「えっ? 従業員……私が、ですか?」

「ええ。身元不明のただの居候では、他の従業員の目もありますからな。何か得意なことはありますか? 仕事をしているふりをしていただければ、怪しまれずに済みます」


 オズワルドは内心、心臓が口から飛び出そうだった。「王女を平民として働かせる」など、知れれば不敬罪で即座に首が飛びかねない。だが、あの恐ろしいギルベルトが迎えに来るまでの時間稼ぎには、これが最善だと判断したのだ。


「え……ええっと、薬草のことなら、ある程度の知識を持っております。後は、畑仕事も少々……」


「へ? 畑仕事??」


(げふん、げふんっ!)


 思わず素っ頓狂な声が出た上に、盛大にむせた。王族が畑仕事とは一体どういうことだ。だが、今は深く突っ込んでいる余裕はない。


「ま、まあいいでしょう。それでは、薬部門に席を準備いたします。明日には従業員寮に部屋を用意しますので、申し訳ありませんが平民と同じ生活になります。……それでも、本当によろしいですか?」

「そ、そんな、構いません! 私の方こそ、身を隠す居場所をくださって本当にありがとうございます……!」

「何かありましたら、遠慮なく仰ってくださいね(※ですから、絶対に一人で逃げ出さないでくださいね)」


 こうして、ルミナリア王国史上初(?)の「王女による商会勤務」が決定したのだった。


 ◇◇◇


 数刻後。

 ユフィが従業員寮の一室で、疲労から泥のように眠りについた頃。オズワルドの元に、微かな血の匂いを纏ったギルベルトの腹心……ユージーンが夜の闇から密かに姿を現した。


「……閣下からの伝言だ。王女殿下……いや、その『ユフィ』とやらは、そのまま預かれ。何らかの誤解があるようだが、今は無理に迎えに行けば、怯えてまた逃げられる。……誤解を解く完璧な準備が整うまで、商会の人間として扱え、とのことだ」

「は、はは……。言うのは簡単ですがね……。もし殿下に指一本でも傷がついたら、私はどうなるんでしょうな?」


 オズワルドの引きつった笑いに、ユージーンは深い隈の落ちた目でため息をついた。


「……その時は、俺も一緒に並んで処刑台に上がってやるよ。安心しろ、周辺の警護は俺たちが完璧にこなす」


 ユージーンが視線を向けた窓の外では、夜の闇に紛れて、国随一の精鋭騎士たちが「商会の護衛(という名の王女の絶対防衛)」のために、音もなく完璧な配置についていくところだった。


 ――その頃、離宮の暗いユーフェミアの自室。


 ギルベルトは、ユフィが遺した手紙を何度も、穴があくほど読み返し、怒りと、それ以上に狂おしいほどの「愛おしさ」に震えていた。


(……ユフィ、と名乗ったそうだな。私にはまだ、愛称を呼ぶことすら許してくださらないというのに。……いいだろう。存分に平民の真似事を楽しむがいい)


 手紙に落ちた彼女の涙の跡を、長い指でそっと撫でる。

 ターコイズグリーンの瞳に宿るのは、獲物を絶対に逃がさないという暗く甘い執着の炎。


(ただし、貴女が私の腕の中から逃げられるという選択肢は……最初からこの世に存在しないのだから)


 翌朝、何も知らないユフィの「商会員としての生活」が幕を開ける。

 それは、ギルベルトという執念深い蜘蛛の網のど真ん中に囚われた、甘く危険な「偽りの自由」の始まりだった。

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