ヴァンパイア退治
……最悪の目覚めである。妙な気配がしたので目を開けてみると、青白い顔のおっさんが俺に覆いかぶさっていたのだ。
こいつが闇の六魔枢テネーブル伯爵だ。かつてテネーブル伯爵はオリゾンに仕える領主だったが、今は魔王軍に属するヴァンパイア。見た目はダンディな老紳士だけど、その口からは鋭い牙が見えている。
立場上、俺の部屋の警備は厳重だ。それなのに、こいつは部屋に侵入してきた……そういや、身体を霧に変えられるって設定があったもんな。
「ほう?私のスリープがきかないとは、流石はジョージ・アコーギですね……でも、身動きがとれなければ同じ事です」
そういうとテネーブル伯爵はにやりと笑った。おっさんに馬乗りにされて動けない……生命的にも社会的にもピンチである。
そして煌めく白い牙。テネーブル伯爵はためらうことなく、その鋭い牙を俺の首に突き立てた。
「かひゃい……どうして私の方がダメージを……」
答えは簡単。俺はリヤン様の鎧を着たまま寝たのだ。凄く寝辛かったです。
「早く降りろってんだよ!」
テネーブル伯爵の股間を蹴り上げ、吹き飛ばす。テネーブル伯爵はマントを翻しながら、空中で一回転し音もなく着地した。
「確かに普通の貴族とは、一味違うようですね」
アンデッドだから痛みを感じないんだろうか?テネーブル伯爵は平然としている。潰れたと思ったんだけど。牙にダメージを受けて、玉も潰した……予定だとテネーブル伯爵は、もう退却している筈なんだけど。
しかも、これだけ騒いでも衛兵が来ない。スリープで眠られされているんだろうか?……正直、ピンチです。
「まあ、普通じゃないってのは認めるよ……近ければ俺の攻撃をかわせないぞ」
こんな時は、はったりで時間稼ぎだ。枕元に置いてある元破滅の剣に手を伸ばす。
「破滅の剣ですか?人間にその剣が使える訳がありません。ウィル・ロッシュでさえも、闇に墜ち初めて持てた代物ですよ。それに私の服は鉄を通さぬ頑丈さを持っているんです」
……なんかむかっ腹がたったので、無言でテネーブル伯爵にネガティブソードで斬りつける。
ネガティブソードは、服どころかテネーブル伯爵の皮膚さえも容易く切り裂いた。
もっとも、アンデッドのテネーブル伯爵の身体からは一滴の血も流れず、ダメージを与えられたのか分からない。
猿人の餓鬼に手玉に取られたのが信じられないのか、テネーブル伯爵は呆然としている。
「ふ、普通の人間が破滅の剣を使っただと!?何という我慢強さなのだ……それに貴族の癖に、ストレス耐性がマックスではないか」
……リーマン生活プラス領地経営で苦しんだ結果だと思う。
「ナイテックを唆したのは、あんたか?女の子一人に罪をなすりつけるなんて、随分せこい真似をするんだな」
こうなれば他の兵士が気付いてくれるまで、時間稼ぎをしてやる。
「策を考えたのは、ブリスコラです。領主の座が奪われるのが余程怖かったのか、簡単に信じてくれましたよ……貴方の血はあまり美味しそうではありませんね。配下にするのは諦めて殺すとしますか」
決断、早過ぎない?見た目が悪い魚程、美味しいって言うしまだ諦めて欲しくないな……そうしたら吸血されちゃうのか。
それなりに強くはなれていると思うが、中ボスとタイマンを張れる自信はない。時間を稼いで応援が来るのを待つとしよう。
「もう一つ聞かせて下さい。勇者ブレイブ・アイデックはどんな奴だったんですか?勇者ってより、女好きの遊び人って方がしっくりくるんですが」
歴史書も伝承もブレイブに対して、過剰なまで配慮している。でも、テネーブル伯爵はブレイブの事を恨んでいると思う。きっと忌憚のない意見が聞ける筈……出来たら、話の分かる小僧だって見逃してくれないかな。
「そうか、君はモブ殿の子孫でしたね。女好きの遊び人?笑わせないで下さい。遊び人と呼ばれる人達は、女性に甘い言葉や心を込めた贈り物を用意します。しかし、ブレイブはそこにいるだけで、好かれる。いや、虜にさせると言って方が正確ですね。私に言わせれば、女性も栄誉も独占し食い散らかすゴミ。墓場を荒らすグール以下の存在です」
テネーブル伯爵は余程ブレイブの事が嫌いらしく、大声で叫びだした。しかしグール以下って……墓場を荒らすグールはアンデッドにとって天敵のような物なのか。
「ジョージ様、大声が聞こえましたが……ヴァンパイア!?喰らいなさい……ラブーレライトニング!」
騒ぎを聞いて駆けつけてくれたのはパーティーに参加していたサンダ先生。サンダ先生は部屋に入ると同時に浄化魔法を発動してくれた。
「……これは傷を治さないとまずいですね。変わり者の領主さん、お城で待ってますよ」
テネーブル伯爵は蝙蝠に姿を変えると、窓から飛び出していった。
「弓隊、一斉掃射開始!」
窓の下に控えさせておいた弓隊に号令を掛ける。同時に幾つもの矢がテネーブル伯爵に襲い掛かった。
「私に普通の弓はききませんよ……へぇ?なに、これ?痛い!」
テネーブル伯爵の悲痛な叫びが闇夜に響く。
「ボーブル特製光の魔石で作った矢じりだぜ……みんな、一本当たる毎にボーナスが出るそうっすよ」
わざわざ俺の真似をして宣言したのは弓隊所属のアイリーン……結構、刺さってますね。
……今日話して分かったんだけど、テネーブル伯爵は理知的だった。
「サンダ先生、相談があるんですけど」
サンダ先生に相談後、即入眠。何しろ明日の朝は早起きしなきゃいけないのだ。
◇
次の日、朝陽が昇るのと同時に城を出た。
「谷、一時間くらいしたら来てくれ」
今回テネーブル城に行くのは俺・ボルフ先生・サンダ先生・カリナ・ユリア・アインの六人。男性陣には板切れとトンカチを、女性陣には釘を持ってもらっている。
そして俺が持つのは日本から持ち帰った電池式の電動ドライバーとネジ、それにロープである。
「任せておけ。ベガル様と一緒に行けば良いんだな」
ここからは時間との勝負だ。谷が操縦するフライングシップでテネーブル城の近くまで行き、最短ルートでテネーブル伯爵の部屋を目指す。
「おやおや随分と早い時間にお越しですね。伯爵は眠っておりますが、それでもよろしいならお入り下さい」
俺達を出迎えてくれたのは老執事の霊。彼の余裕がある態度にはきちんとした理由がある。テネーブル伯爵の棺には特殊な結界が施されており、夜にならないと開ける事が出来ないのだ……フルパワーのテネーブル伯爵と戦ってもらう為の演出である。
「それじゃお邪魔します……男性陣は扉に板を打ち付けて下さい。カリナは釘を手渡す係。ユリアは例の物を探して……それじゃ始めますか」
電動ドライバーでテネーブル伯爵の棺にネジを打ち込む……流石は日本製、スムーズな動きだ。棺の中から蓋を叩く音が聞こえるが無視。扉を叩く音も無視する。
ネジを打ち付け終えたら、ロープでグルグル巻きにしていく。
「ジョージ様、良い物があったすよ」
ユリアが手に持っているのは小さなオルゴール。他にも色々とゲットしていたが、スルーしておこう。
「丁度、迎えも来たな。まずは棺桶を積み込むぞ」
窓からフライングシップが見えたので、ベガルさんに棺桶を受け取ってもらう。この為に周囲の幹を薙ぎ払っておいたのだ。そして俺達も乗り込み、一路向かうは工業ギルドである。
◇
到着すると、工業ギルドの職員が待っていた。
「ジョージ様、こちらが頼まれていた石棺です」
石棺の中には粉末状になった光の魔石が敷き詰められている。石棺の脇には大小様々な穴が開いていた。そして、その穴は光の魔石で蓋されている。これでテネーブル伯爵が霧に姿を変えても光の魔石に阻まれて、脱出は不可能である。
「ご苦労様。それじゃ棺に穴を開けてくれ」
テネーブル伯爵の棺に穴を開けてもらい、棺と同じ様に光の魔石で蓋をする。そして石棺の中へ安置。さらに光の魔石の粉末をかけていく。そのまま石製の蓋をかぶせる。
「ジョージ、蓋の寸法おかしくないか?上に隙間があるぞ」
「この蓋は中蓋だから良いんですよ。溶けた鉛を流し込むんで気を付けて下さい」
石棺を工業ギルドの中へと運び込み、中蓋の上から溶けた鉛を流しこんでいく。同時に棺の中から絶叫が響いてきた。
「ジョージ、今の声って?」
カリナがジト目で俺を見てくる。
「鉛の熱で棺桶が燃えたんだよ。見事テネーブル伯爵は光の魔石の海へダイブって寸法さ」
恐らくテネーブル伯爵は闇の魔石に姿を変えて耐え抜くだろう。
そして冷えて固まる前に上蓋で蓋をすれば完成。本来なら自然に冷めるのを待った方が良いんだけども、時間がないので魔法で冷やしていく。
ある程度冷えたら石棺に鎖を巻き付けて、フライングシップで吊り上げる。
「次はマナプラントの栽培場だな。しかし、随分と大掛かりだな」
谷が溜め息を漏らしながらフライングシップを出発させた。テネーブル伯爵はヴァンパイアだ。半端に倒して復活されたら困る。
「安全には安全を重ねないとな」
目指すは。マナプラントの栽培場の中でも一番大きな木。その根元に石棺を埋めるのだ。マナプラントは光の魔石を目指して根を伸ばしていく。その先に待つのは闇の魔石に姿を変えたテネーブル伯爵。でもマナプラントにしてみれば、ただの美味しい餌だ。吸収されてお終いって訳だ。
「後はテネーブル伯爵の奥さんをお呼びして、二人揃って成仏してもらえば良いんですね」
サンダ先生のお願いしたのは降霊術の準備である。テネーブル伯爵は奥さんを殺された事で闇に身を墜とした。なら、それを救えるのも奥さんだけだと思う。
「怨みがこびりついた魔石なんて使い様がないですから」
後日、マナプラントは巨大な実をつけた。そしてその下でオルゴールを鳴らすと一組の夫婦が天へと旅立っていった。
マナプラントはテネーブル伯爵退治の為に仕込んだ伏線?でした。ようやく回収。




