頭の痛くなる噂
……コーカツ領に行く前にカリナとゆっくりデートをなんて考えていた時期が俺にもありました。
ケイオスのバックにいる奴が中々尻尾ださず対策を練れずじまいなのだ。
「ジョージ、ナイテックの連中がユリア暗殺に向けて動いてるみてえだぞ。場所はコーカツ領、十中八九、ファンの嫁さんがばらしたと思って良いと思うぜ」
ボルフ先生がクレルさんを情報漏洩の犯人だと決めつけているのには理由がちゃんとある。
今回のコーカツ領行きはわざと極秘扱いにしているのだ。うちのアサシン部隊はナイテック家の動向を探れるくらい優秀だ。つまりスパイが城に忍び込める可能性は極めて低い。むしろ、内部から漏れた可能性の方が高いのだ。
「ハギノからの報告でもクレルがケイオスに“これで会える機会が増えるね”と言っていたとの報告があります。それとホームキーパー部門だけでなく、街中でもクレルの浮気が噂になっているそうですよ。恐らくファンの耳にも入っているでしょう」
男なら耳を塞ぎたくなる内容だけど、オデットさんは事務的に報告してくる。
ファンの嫁さんが浮気しているって噂は、俺がわざと流布させたのだ。これで止めてくれればありがたいと思ったんだけど、どうも効果はなかったようだ。
問題はうちのアサシンに尻尾を掴ませず、動ける人間は国内でも数少ないって事なんだよな。そしてそいつがファンの嫁さんを寝取らせても利益がない。ましてや高額な指輪の代金を渡すメリットが見当たらないのだ。
……待てよ、黒幕が国内じゃないとしたら。
「ボルフ先生、黒幕探しは一端中止にします。オデットさん、ケイオスとクレルがどこかに出掛けたって報告はありませんか?」
このまま探らせていたら、大事な部下が危険に晒されてしまう。ここは尻尾を掴めずに諦めましたって装う方が安全である。
「二人が出掛けた先は王都の宿屋が殆んどですね……待って下さい。一度、ヴァルム・ヌボーレ主催のパーティーに出ております」
二人は、人目をはばからずいちゃついていたらしい。ハギノも、さすがに城内には入れなかったとの事。
「これはあくまで俺の予想ですが黒幕はグルウベの可能性があります。しかし、そうなるとコーカツ城でユリアを守るのが難しくなりますね」
グルウベが黒幕なら、指輪代くらい余裕で出せる。そしてグルウベが黒幕ならユリアの暗殺を阻止するハードルが上がってしまう。
ユリアはただの職員だ。ボーブルならともかく、コーカツ領で一人の職員の為に大勢の護衛を動かすのは難しい。
「ジョージ様、カトリーヌ様に同行して頂いてはどうでしょうか?カトリーヌ様が実家に戻るのは、不自然ではありません。そしてカトリーヌ様がコーカツ領に戻られるなら、私もご一緒出来ます。私とホームキーパー部門特戦隊がいれば、カトリーヌ様やユリアには指一本触れさせません」
ホームキーパー部門特戦隊、オデットさんの御眼鏡に適った女性職員だけが、所属出来る特殊部隊だ。構成員は女性だけでフーマ三姉妹もここに属している。
統括するのはもちろんオデットさん。前にボーブルの騎士隊と模擬戦をさせたら、フルアーマーを着た騎士に圧勝した恐ろしい部隊だ。鎧袖一触じゃなく鎧破一発って感じでした。
「確かに男のアイン君だとついていけない所もありますからね。カリナ一人じゃ荷が重いですし」
ユリアとカリナを同じ部屋に泊まられせようかと考えていたけど、それはちょっと酷すぎる。護衛はきちんと眠れないのだ。
「カリナはジョージ様の婚約者でございます。スノウ様と同じく貴賓室に泊まらせます」
婚約を公然の事実として、進めるオデットさん。嫌ではないけど、周囲から堀を埋められていくプレッシャーが凄いです。
◇
結果は予想出来ていた。でも、みんなにも昔の俺と同じリアクションして欲しかったな。
「にぐ、にぐ……に……ぐ」
生きる屍グールが襲い掛かってきた。見た目は吐き気を催すほどぐろい。
「動きが遅い。もっと筋肉をつけろ」
にぐ、にぐ言いながら襲ってきたグールはベガルさんの剣で一瞬にして物言わぬ肉塊に戻ってしまった。
マッチョで動作の素早いグール。かなり嫌なんですけど。
「うらめし……」
今度はゴーストだ。生者を妬むおどろおどろしい視線は、気の弱い人なら気絶してしまうだろう。
「うっさいっすよ。とっとと、あの世に行くっす」
ユリアにとり憑こうとしたゴーストは、魔力を籠めたナイフでズタズタに切り裂かれた。
闇属性の魔物は人を驚かせて、相手を恐怖状態にするのが得意だ。でも、歴戦の雄であるベガルさんや元盗賊のユリアがビビる訳がない。
アイン君は闇属性に耐性があり、恐怖状態に陥らないし、カリナは戦い馴れてしており怯える気配すらないのだ。
……俺なんてゲロったのに。
「……そこっ!」
そんな俺も大明からもらった独鈷杵が予想以上の効果を発揮してくれて、おくれを取らずにいた。魔石を狙って突くと、アンデットが浄化されるのだ。大明君、君は何者だったんですか?
「ジョージ、このまま城まで攻め込むのか?」
ボルフ先生の質問も頷ける。確かにこの面子なら、テネーブル伯爵の城まで危なげなく行けるだろう。
「いや、先に木の伐採をします。それに城の中にはもっと強い魔物がいるので、闇属性を強化してからの方が安全ですし」
何よりシャイニングボディを強化しておく必要があるのだ。即死や呪いを確実に回避できるようにしておきたい。
◇
余力を残したままコーカツ城に戻る。そのままフライングシップを操縦してボーブルへとんぼ返り……リーマン時代も移動時間が三時間なら日帰り出張だったよな。
「ジョージ様、ご苦労様です。こちらが今日の報告書になります」
俺が着くと同時にファンが報告書を持ってきた。その顔色はかなり悪い。お疲れ様の言葉も耳に届かないらしく、フラフラした足取りで部屋から出て行った。
「丈治、アニエスに頼んで例のパーティーの噂を集めてもらったぞ……ファンさん、大丈夫なのか?ショックを軽減させる為に噂を流したんだろうが、かなりきつそうだぞ」
ファンとすれ違いで入って来た谷が心配そうに呟く。俺が噂を流させたのは、ファンが奥さんの浮気を知った時に受けるショックをやわらげる為だ。まあ、浮気されている時って、なんとなく気付くんだけどね。
「俺に出来るのは仕事を与えて心の痛みを誤魔化すくらいしかないんだよ」
失恋経験はいっぱいあるからアドバイス出来るんだけど、恋人持ちの年下上司に慰められても、ムカつくだけだろう。
「ケイオス達が出席したパーティー名は“真実の愛を誓う集い”だそうだ。ケイオス達みたいな不倫カップルや種族や身分の違う恋人達を集めたらしいぜ。しかし、胡散臭い名前だよな」
高校でも真実の愛を誓う集いの噂で持ち切りらしく、アニエスさんも簡単に情報を集める事が出来たらしい。
そしてアニエスのクラスからも参加した人がいるそうだ。あそこのクラスは貴族階級が多いから、厄介事になると思う。
「胡散臭さ過ぎると思うだろうけど、ヴァルムは本気だと思うぜ」
ヴァルムは年齢的に結婚適齢期を過ぎている。それでも独身なのは、マルールさんとの結婚を諦めていないからだろう。
もっとも、肝心のマルールさんの気持ちを確認していないのが、ヴァルムの独りよがりでどこか滑稽にうつる。
「そのヴァルム君だけどパーティーで、マルールさんに一人で行動する権利を与えたらしいぞ」
これは奴隷に対してはかなりの好待遇だ。でも恋人として考えると、当たり前である。今までの束縛が過ぎただけに、マルールさんは嬉しいと思う。
「なにの影響を受けたんだろうな。ケイオス達じゃない事を祈るよ」
ヌボーレ家は伯爵家だ。しかも対グルウベの防衛役に任命されたばかりなのだ。




