問われる覚悟
義賊ナイトクロウが一夜にして壊滅。オリゾンの裏世界では、ここ数ヶ月、その噂で持ちきりらしい。
何しろナイトクロウのアジトが突然爆炎に包まれ、辺り一面焼け野原になったのだ。死体は見つかっていないが、火が上がると同時に人肉が焼ける時の匂いが辺り一面に立ち込めたそうだ。
「しかし、あのコノシロって魚マジで臭いな。ナイテックの連中が人を焼いた臭いと勘違いしたのもしょうがねえと思うぜ」
ボルフ先生も離れた所で成り行きを見守っていて、えらい目にあったそうだ。鼻が利くのも善し悪しだと思う……次の日の鍛錬がハードモードになったし。
それと死体が見つからないのは当たり前である。ナイトクロウは一人も死んでいないんだから。
俺はナイトクロウのアジトにコノシロを大量搬入したのだ。ついでに火の魔石と油を染み込ませたおが屑も大量搬入。そこにナイテック家の連中が火をつけたので、大炎上した上に異臭が発生したのだ。
「まっ、人の脳ってある程度補完しますからね。コノシロって、酢じめにすると美味いんですよ。」
十キロちかい腐りかけのコノシロを一気に焼いたのだ。異臭もするだろう。その異臭をナイテック家の脳は、遺体が焼ける臭いだと思い込んだのだ。
「日本人、はんぱねえな。そういやナイトクロウから報告が上がって来てるぞ……武闘大会に合わせて襲撃を計画している盗賊団がいるらしいぜ」
武闘大会には王宮騎士団も参加する。当然、王都周辺の警備は手薄になってしまう。そこを狙われたら、国の面子が丸潰れだ。
「武闘大会には外国の要人も来るんですよね。とりあえず、ホートー様に報告ですね」
報告と書いて丸投げと読む。
俺達が警備を担当するとしても、王都とボーブルの境界線になるだろう。騎士や兵で補えない所は、アサシンギルドやナイトクロウに頼めば大丈夫だ。
もっとも、ボーブルに盗賊が出没する可能性は極めて低い。ボーブルと隣接しているのは、アコーギ本領、ナイテック領、コーカツ領の三つ。このうち一番危険なのはナイテック領だけど、その境界線にはドラゴン騎士団が常駐している。
コーカツ領との行き来が盛んになったことにより、境界区域に町が出来た。規模も大きく、人目が多いので賊が侵入するのは難しいと思う。
つまり、俺が警戒するのはアコーギ本領側だけとなるのだ。
◇
王族は嫌いだ。権力を使って、平気で無茶振りしてくるから嫌いである。
「うちが本領境界線の警備をするんですか?ボーブルの騎士団は小規模なんですよ」
ホートーに盗賊団の件を報告に来たら、既に同じ情報を掴んでいたそうだ……そして俺に王都と本領境界線の警備をしろと言ってきた。正直、断りたい仕事です。
騎士団の人数は爵位によって決まっている。俺には爵位がないので、連隊程度の人数しか置けないのだ。
「猿人の騎士団はだろ?タスク山のドラゴンにアサシンギルド、傭兵上がりの熊人達……しかも義賊ナイトクロウまで組み入れたって聞いたぞ。個人でも有力者が大勢いるし、お前の所は戦力過多なんだよ……何よりお前の所の親父が、武闘大会に熱を入れまくっていて、警備が手薄になっている。領民からの不満も凄いんだぜ」
予想はしていたが、アランの武闘大会への入れ込み様が凄かった。内政は人任せで、毎日野外演習をしているらしい。
領主になって分かったんだけども、野外演習は結構金が掛かる。道路を封鎖する事も少なくないので、物流への影響も大きい。
「経費を国に請求しても良いですよね?」
武闘大会の発案者も俺である。それなのに、運営から外されてしまい、美味しい汁を吸えないのだ。経費くらい請求しても罰は当たらないと思う。
「武闘大会の会場に屋台を出すそうじゃないか。それに武闘大会観覧ツアーもやるんだってな。きちんとチケットの購入に便宜を図ってやったろ?イジワールと組んで胡椒の栽培を始めるし、故郷から持ち帰った作物も豊作なんだってな……商人より稼ぐ領主ってなんだよ。少しは自重しろ!」
いや、折角リゾートホテル建てたんだから活用しないともったいないじゃん。旅費、宿泊費込み、総合商店割引チケットも付いたお得なパックツアーです。
胡椒は熱帯でしか育たないらしいので、試しにイグニス荒野に植えたら順調に育ったのだ。爺ちゃんには麦の苗や野菜の種を渡した。二大巨頭を巻き込んでおけば、他の貴族から嫌がらせを受けないのだ。
「……本領から来る盗賊って事は、元はアコーギ領の民ですよね。俺なんかがいたら逆上しませんか?」
前にも本領に盗賊が出没するって報告があったので、アサシンギルドに調べてもらったら本領の農民や町人で構成されていた。税を払えずに逃げて、盗賊となる。お約束の展開なのだ。
彼等にとって俺は憎い領主の息子である。俺を血祭りにあげれば、アランが嘆き悲しむと意気込むかもしれないのだ……実際は黒字経営のボーブルが手に入ると喜ぶと思う。
「怒ると思うぜ。お前はアコーギ家の嫡男なのに、自領の民にしか施しを与えないんだからな……境界線の向こうに見えるのはオリゾン有数の都市。そこに住む民はもれなく、その恩恵を受けている。でも、自分達には明日食べる飯もない。人ってのは理不尽なもんで、憎みやすい奴を憎むのさ。例え、そいつに罪がなくってもな」
一番簡単なのはそいつらを勧誘する事だ。でも、そんな事をしたら本領からの移民が後を絶たなくなる。殺せば、そいつらの家族や知人から恨まれると……。
「どうやっても、恨まれますね」
殺したら、マリーナが激ギレしそうだが、命懸けで襲ってくる相手を生け捕りにするのは困難だ。
「貴族、政治家は恨まれてなんぼだよ。そうだ。ついでに賊を煽動している奴の正体を突き止めといてくれ」
最初っから、それが狙いだったのか。俺の鑑定スキルを使えば、煽動している奴の正体を突き止められる。
「やっぱり、裏で糸を引いてる奴がいるんですね」
武闘大会に合わせて、襲撃を掛けるのはかなりリスクがある。オリゾンの面子を潰すのだから、捕まれば確実に死刑だ。下手したら一族全員死罪になるだろう。
つまり、国外の人間が関与している可能性があると。
「ああ、お前の責任は重大だぞ。国外の要人が巻き込まれたら、大問題になる」
そうなったら、俺も死罪を免れないと思う。殺せば遺族に恨まれ、打ち洩らせば死罪になるかも知れないと……今回もハードルが高すぎです。
「あのつかぬ事を伺いますが、これは王様からの命令になるんでしょうか?」
「どうだろーねー。でも、王様はお前に期待していると思うぞ」
上手く言葉を濁したな。つまり成功すれば王様が褒めてくれるけど、失敗したらトカゲの尻尾切りに合うと……新米食って憂さを晴らししてやる。
◇
戦で勝つには敵より多くの人数を揃えるのが一番だと思う。騎士道に基づいて正々堂々と一対一の勝負なんてもっての外である。今回は遠距離攻撃で先制するつもりだ。
農民上がりの賊だからと言って舐めて掛かる気はない。この手の展開では、賊の中に妙に腕の立つ奴がいたりする。主人公補正があれば、そいつを仲間に出来るかも知れない。しかし、俺の場合は嫌われ者の補正で絶対に碌な事にならないと思う。
何より大事なボーブルの民をこんな一文の得にもならない戦いで怪我をさせたくない。
そこで新兵器の導入である。
「元アサシンの俺が言うのもあれだけど、これは卑怯過ぎないか?」
ボルフ先生は新兵器を見てドン引きしていた。もし、これがゲームやラノベだったら、最初から勝つ展開が見えていてつまらないって苦情がくるかも知れない。
「俺が卑怯物のそしりを受けるだけで、完勝出来るならいくらでも受けますよ。労災も馬鹿にならないですし。ボーブル特製移動式ゴーレム投石器通称“剛球ストライク”のデビューですよ」
名前は昭和チックだけど、剛球ストライクは中々の高性能なのだ。見た目は工場で見かけるマジックアームその物である。制作者はリリル。なんでも俺が持ち込んだプラモの関節を参考にしたそうだ。リリルはガ〇プラをとても気に入り、積みガ〇プラを順調に消費してくれている。プラモでリリルのモチベーションが上がると思えば安いもんだ……ズゴ〇クだけは阻止しなければ。
「術者の動きを真似て物を投げるマジックアイテムか。相変わらず、えげつねえ物作るよな。お前のネーミングセンスはヘゥーボとどっこいどっこいだぜ」
ボルフ先生の言う通り、剛球ストライクは術者の動きをトレース出来る。最初は投石器を再現しようと思ったんだけど命中率に不安があった。それに、どうしても二発目を投げるのに時間が掛かってしまう。
元野球部の谷にコーチしてもらった事により、命中率は格段に上昇した。
「今回は拠点制圧弾を使おうと思います。本領で起きた事は、アランになすりつけ……任せるのが筋ですし」
拠点制圧弾、唐辛子やウルシ、アネモネを入れた弾である。素焼きの陶器で作られており、非常に壊れやすい。中身は植物由来の物に限定したので、後から苦情が来る事もないだろう。
「あー、あの悪趣味なやつか……魔石弾よりはましだな。当日は風属性が得意な魔法使いを連れてけよ」
魔石弾、魔石に直接術式を書き込む事で、投げつけるだけで相手に甚大な被害を与えると言う危険な代物だ。魔族以外には使えない方を作るつもりだ。
「風に乗って自分達の所に戻って来たら、逆転負けしちゃいますからね」
そんな事をしたら、アランはここぞとばかりにボーブルを取り上げにくるだろう。
「そういや、新しい技のアーマーパージだっけ?あれの使い道は決まったのか」
正直に言おう。全くないのである。ゲームと違い、鎧は上手く弾け飛んでくれないのだ。習得した当初は普段はフルアーマーを着て、どうしようもなくなったらリヤン様の鎧に変身出来ればって考えていたんだけどね。
「今、工業ギルドでアーマーパージ専用の鎧を作ってもらっています。それと怪我の功名って訳じゃないんですが、リヤン様の鎧を着て生活をしたお陰でフルアーマーでも楽々と動けましたよ」
ボルフ先生は俺の話を聞いて苦笑いを浮かべたが、直ぐにマジな顔になった。
「今回の戦いで、人が死ぬ可能性があるぞ。お前に仲間や敵の死を背負う覚悟はあるのか?」
俺は人の命を奪って平気でいられるだろうか?この世界に来てずっと、自分に問いただしてきた問題である。
「分かりません。でも、避けては通れない道ですから」
大事な物を守る為にはやるしかないのだ。遺族に恨まれようが、罪にさいなまれようが進むしない。
次回、人の命3月21日7時に更新です




