絵姿ラプソディ
年内最後の更新になります。今年もありがとうございました
昼休みだと言うのに教室は静寂に包まれていた。そりゃそうだ。クラスメイトの大半が教室にいないんだから。俺はその静けさを利用して疲れた体を癒している。机に突っ伏して惰眠をむさぼる領主……デスクで昼寝していたリーマン時代とまるで変化がない。
「ジョージ様、随分と疲れてるだな。きちんと眠れてるだか?」
ぐったりしている俺が心配なのかドンガが話し掛けて来た。アイン、ベガル、ユリアと三人の問題を立て続けに解決した事もあり、俺の体には疲労が蓄積されていた。でも、まだ休めない。これから一番大きな花火を打ち上げなきゃいけないんだ。そしてその花火を利用して、さらに大きな花火を打ち上げてやる……早い話がしばらく休めません。
「四時間は寝られているから大丈夫だよ。お前は転校生を見に行かないのか?」
アインとユリアが転校してきて三日になるが、その人気は凄く昼休みともなると学校中の生徒がその姿を見ようと二人の教室に押しかけているそうだ。お陰で俺はゆっくり休めている。
「進学する為に勉強をしなきゃいけないから、そんな余裕ないだよ。春になったら畑仕事も忙しくなるだし」
授業を真面目に聞いているだけあって、ドンガの成績はそんなに悪くはない。でも王都リュエルに高校は一校しかない。つまり滑り止めが存在しないのだ。そして高校を卒業すれば役人になれる。長男のドンガが役人になれば弟が畑を継げるし、ドンガの稼ぎで進学も可能になるのだ。
「そうか、頑張れよ。俺は飯にするよ」
俺の昼飯は母さんに代わってカリナが作ってくれている。そのカリナから“同じ弁当を食べていたら、誤解されるだろ?だから時間をずらして食べないか?”と頼まれたのだ。藤製のバスケットを開けると、ボリューム満点のバゲットサンドが姿を現す。竹で作った水筒から麦茶を注げばランチの準備は完成。
「ジョージ様、商会にワインや油の注文が大量に来たんですけど、発注間違いじゃないですよね?……変わった水筒を使ってますね。それに見た事のないお茶……お話を詳しく聞かせて頂けますか?」
ヴェルデは儲け話を嗅ぎつけたらしく、隣の椅子に腰を掛けた。相変わらず、凄まじい嗅覚である。オリゾンでは飲料を持ち歩くのに使うのは革袋だ。元日本人としては、牛や羊の胃袋や膀胱で作った容器には抵抗がある。だから、工業ギルドに頼んで竹筒水筒を再現してもらったのだ……教室で使えば絶対にヴェルデが食いつくし。
「この臭いは麦ですね?確か東方には麦のお茶があると聞いた事があります」
そしてヴェルデに続きコニーさんが反対隣の席に腰を掛けた。コニーさんはヴェルデに相応しい秘書になるべく、日々知識を増やしているそうだ。
「手軽に持ち運べて、ピクニックや観戦にピッタリですね……ジョージ様、儲けを独占するなんてあんまりです。ジョージ様から頂いた本にも書いていました。一社だけが独占する商品は市場競争が働かず、先細りすると」
ヴェルデは俺がプレゼントした経済学の本を、きちんと読み込んでるらしい。しかし、中学生の癖に理解したのか?俺はチンプンカンプンだったぞ。
「詳しい事は放課後に教えるよ……それで読書感想文は作れそうか?」
日本から持ち込んだ物が全て役にたつ保証はないし、役立てるには多額の資金が必要だ。その為に必要なのは、スポンサーや提供企業である。
「あれは悪魔の書ですね。うちの商会の存在そのものが否定されかねません。内容的は眉唾な物もありましたが、とても面白かったですよ……放課後、楽しみにしております」
まあ、コンビニや飛行機を使った物、それに工場での大量生産どれもオリゾンでは夢物語だろう。
(富の独占か……色々考える時期だな)
ボーブルが小さく無力な領地だから、爺ちゃんやイジワール公爵も協力してくれている。しかし、自分の領地に害を及ぼす危険性を持ち始めたら、潰すとまではいかないまでも吸収合併に動き出しかねない。それだったら、うちでは出来ない儲け話をプレゼントすれば良いだけだ。何しろ俺が生き残る為には、ゴルド公爵も巻き込まなきゃいけないんだから。
◇
行く場所が場所だけに、アインとユリアには先に帰宅してもらった。二人の事を信じていない訳じゃないが、ギリアム商会の敷居はまだ高いと思う。
「な、なんでアタイを連れて来たんだい?こんな豪華な所、場違いすぎるよ。アタイなんかが来たら門前払いにされるって」
初めて来るギリアム商会の本店にカリナは緊張しまくっている……俺も余裕ぶってはいるが、いまだに豪華さに飲み込まれそうなんだよな。
「いや、お前の事はみんな知っていると思うぞ」
「ジョージ様、カリナ様、ようこそいらっしゃいました。ヴェルデ様をお待ちの間、こちらでお休み下さい」
俺達に声を掛けてきたのは、高そうな燕尾服を着た男性従業員。そして案内されたのはVIP専用としか思えない豪勢な待合室。
「な、な、なんでアタイの名前を知ってるの?ヴェルデのクラスメイトだから?」
カリナはソファにも腰掛けずに、辺りをキョロキョロと見回している。
「そりゃ知ってるよ。コルレシオン公爵の親戚になるんだから」
コルレシオン一家はカリナの姉スノウの事をえらく気にいったようで、婚約の話はトントン拍子で進んでいた。それに伴いアイビス家も世間の注目を集めている。ましてやカリナはヴェルデのクラスメイトで、社交界でも有名人だ。ギリアム商会の従業員が知らない訳がない。
「お姉ちゃん貴族になっちゃうんだよね。でも、うちは庶民だよ。本当に良いのかな?」
カリナの疑問はもっともだ。貴族の結婚は家格が重要視される。しかも、フェルゼン帝国の貴族は見合い婚が殆どだ。
「むしろ願ったり叶ったりだよ。二回も婚約が破談になったベガルにまともな縁談なんて来る可能性は低い。しかも当の本人が自信を失っていて、結婚はおろか恋愛にすら臆病になっている。その隙に付け込まれて、財産目当ての奴に騙されたらコルレシオン家の家名が傷つく。それにスノウさんの妹は各国の貴族の知遇を得ている。そりゃ、スノウさんを逃さないさ……まっ、コルレシオン家の反応を見れば、ベガルに幸せな結婚をして欲しかったってのが本音だろうけどね」
それにアイビス家は親戚がいないし、三代遡っても異種族の血が入っていない。下手な見合い結婚より、旨味があるのだ。
俺の説明が終わるのを見計らったかのようにノックの音が聞こえた。入って来たのはヴェルデとコニーさんである。
「さすがはジョージ様、良くご存じで。カリナさん、楽にして下さい。貴女は当家のお客様なんですから」
商人モードのヴェルデには、既に貫禄が付き始めている。しかも、こいつはお偉方を相手にする時は、きちんと小心者モードに切り替えているそうだ。
「ヴェルデとコニーちゃんだよね……じゃなくヴェルデ様とコニー様じゃなきゃ駄目なんですよね」
カリナが面食らうのは無理ない。二人とも上物の衣服を身に纏い、まるで別人のようだ。
「驚かせてすいません。でも、これが商人としての正装なんですよ」
上質な素材を使っているが、決して派手ではなく嫌味な感じがしない。それでいて上客の相手をしても無礼にならない計算しつくされた格好である。
「ヴェルデ、ウィナー・オブ・ザ・エターナルってパーティーを知っているか?」
ウィナー・オブ・ザ・エターナル和訳すれば永遠の勝者だ。厨二病臭い名前であるが冒険者は願掛けと宣伝を兼ねて、御大層な名前を付けるらしい。
「プレイブ・アイデックことタゴサク・カッぺーが率いるA級冒険者パーティー。タスク山のドラゴンとの戦いが決まったと派手に吹聴しまくっていますよ。ドラ糞の売り上げが好調なので、商会としてはドラゴンが倒されるのは勘弁して欲しいですね」
吹聴しまくってくれているのか、それは有り難い。宣伝費が浮くってもんだ。
「今、ボーブルに試合会場を作っている。ギリアム商会でその試合の興行を頼めるか?ちなみに昼に俺が使っていた竹筒にワインや蜂蜜水を入れて会場で売る予定だ」
チケット販売もうちで独占しようとしたが、ノウハウがないし宣伝手段も持っていない。むしろギリアム商会に協賛してもらった方が上手くいく。
「それでワインを大量に買われたのですね。場所や日付けが決まり次第ポスターを作らせますよ。貴賓席の値段等は後から詰めましょう」
予想通り、ヴェルデは食いついてきた。これで試合がこける事はない。
「試合は三月最初の日曜に行う。場所はボーブル南東部に位置するテチュ荒野だ」
テチュ荒野は肥沃な土地が多いボーブルには珍しく、石が多く農地にも放牧にも適さない土地だ。余裕が出来てきたから開拓してはとの話もあったが、スルーしていた。開拓しても町から離れすぎていて定住者が増えるまで時間が掛かってしまう。
「もっと交通の便が良い所にしてはどうですか?興行関係は交通のアクセスが大事なんですよ」
確かにテチュ荒野は交通の便が悪い。周囲には町どころか畑すらないのだ。
「当日はシャトルゴーレムバスを運行するから問題ない。ポスターを描く絵師の手配は一任するぞ」
俺は芸術系に疎く、絵師や吟遊詩人に知り合いがいない。その点ギリアム商会は芸術家を庇護しているので頼りになる。
「絵師と言えばエロ・カッパーがカレイ・リクラゲさんにジョージ様の絵姿を描くように頼んだらしいのですが、何か聞いてますか?」
エロの野郎、この間の仕返しか?俺が絵姿を嫌っていると知って、嫌がらせをしようってのか……絵姿は早い話がブロマイドみたいな物だ。吟遊詩人や役者だけでなく容姿に自信のある貴族はこぞって自分の絵姿を描かせている。それが若い娘に人気らしく、絵姿を作っている店はイケメンの有名人を見つけると直ぐに絵姿にして売り出ししているそうだ。ボーブルでも谷やロッコーさん、リーズンの絵姿が飛ぶように売れているらしい……ちなみ俺に商品化の話は一回も掛かっていない。早い話が、その道のプロに儲けにならないと踏まれたのだ。
家臣の絵姿が飛ぶように売れる中、大量に売れ残る俺の絵姿……申し訳なくて全部買い取る俺。今から結果が想像できる。アインの絵姿と抱き合わせ販売されて、俺の絵姿が道路に捨てられていたらどうしよう。
(そうだ!忙しいふりをして絵師に会わなきゃ良いんだ)
◇
カレイ・リクラゲは困り果てていた。依頼があって絵姿を描こうとしたのだが、肝心のモデルが忙しいと会ってくれないのだ。
モデルの名はジョージ・アコーギ。彼の人となりを知ろうとボーブルの住民に聞いてみたところ、口を揃えて良く働く領主様ですよと答えた。
「ほら、あそこを見て下さい。一つだけ灯りが灯っている窓があるでしょう。あそこがジョージ様の執務室です。ジョージ様はまだお若いのに、城の誰よりも働いているんですよ」
年老いた農夫はそう言うと、こうこうと明かりが灯った窓を拝んだ。ジョージ・アコーギが領民に慕われてるのは分かった。しかし、肝心の容姿が全く分からないのだ。聞いた話によるとソバカスが主な特徴であるとしか分からない。それでは肝心の絵姿の書きようがないのだ。
カレイが困り果てていると、白衣を着た男性が声を掛けて来た。三十代中頃の男性で、黒髪と整った容姿が人目を惹く。
「カレイさんでしたよね。こんな所でどうしまたか?」
「タニザキさん!いえ、エロ様からジョージ様の絵姿を描くように依頼されたのですが、肝心のジョージ様が会ってくれなくて困っているんですよ」
ユウイチ・タニザキはボーブル城に勤める医師だそうだ。その渋さと優しさがボーブル領内で人気だそうで、カレイが以前描いた絵姿も飛ぶように売れたという。なんでも、近くの町に往診に行った帰りだとの事。
谷崎の誠実な人柄はカレイも良く分かっていて、彼に会えてホッとしていた。良く考えたらこんな夜中に城を眺めていたら、逮捕されていてもおかしくないのだ。
「丈治の絵姿?あー、あいつ、自分の顔が嫌いなんですよ。まあ、こんな面白い話見逃す訳にはいきませんね」
谷崎はそう言うと、普段の彼から想像も出来ない意地の悪い笑顔を浮かべた。そしてカレイを手招きすると、城に向かって歩き出したのだ。
「タニザキさん、こんな夜中に城に近付いたら大変な事になりますよ」
慌てるカレイをよそ目にタニザキは城に向かって、どんどん歩き出す。
「大丈夫ですよ。俺もここの城に住んでいますし、ここの人達はノリが良いですから」
事実、夜営の兵士も谷崎が耳打ちすると、笑顔で通してくれた。守護騎士だという狼人に至っては、腹を抱えて笑っていたのである。
ある部屋の前に辿り着くと谷崎はカレイを手招きした。
「ほら、あれがジョージ・アコーギですよ」
そこにいたのは熱心に仕事をこなす一人の少年であった。決して容姿が整っているとは言えないが、彼が領民の事を思い真摯に仕事をしている事が良く分かった。
◇
知らないうちに俺の絵姿が売りに出されていた。それは良い。出てしまった物は仕方ない。人気もまあまあらしく、それなり売れているそうだ。でも、納得がいかない。
「往診の時に使い道を聞いてみたら、子供の勉強部屋に張って“領主様は夜遅くまでお仕事しているんですから、貴方もきちんと勉強しなさい”と言ったり、店の中に張って、従業員の手本にしているんだってよ。丈治、売れて良かったな」
「俺の絵姿は校庭の二宮金次郎像か?平均購入者が三十代以上ってなんだよ」
出来上がった絵姿は夜中に仕事に励む俺の姿を描いた物だった。でも、思っていたの違う。本来の絵姿の使われ方じゃない。
「ジョージ様大丈夫っす。自分が友達に配るっすよ。みんな絶対に喜ぶっすよ」
ユリアがキラキラした目で言うが、絶対に誰も喜ばないと思う。
「義理ではもらうと思うけど、誰も喜ばないから止めろ」
放課後にはゴミ箱行きである。
「でもカリナは眺めながらニヤニヤしてたっすよ?」
「あ、あ、あたいは関係ないだろ?良く描けてるなって感心してたんだよ」
ユリア爆弾は大勢の人を巻き添えにするって覚えておこう。
今年は書籍化という奇跡を経験できました。感謝です




