最後の帰郷
作者の故郷弘前が舞台になります。
機内に青森空港到着のアナウンスが流れる。窓から見えるのは、灰色の町東京とは真逆の緑の世界。帰って来る度に思うんだけど、なんでこんな山の上に飛行場を作ったんだろうか。
「東京に比べるとまだ涼しいな。うん、空気が美味い」
見えるのは新緑の山々と青い空のみ。飛行場の側には店どころか人家すらない。我が故郷は時が止まったように思える程に、変わっていない。変わっているのは、壁に貼られたポスターくらいだろう。
弘前行きのバスに乗り込み、一息つく。車内には懐かしい方言が響いており、故郷に帰って来たんだと実感する。今話をすると、つられてなまってしまう危険性が高い。感慨に耽っている振りをして、誤魔化そうとしていたら、速攻ボルフ先生が話し掛けてきた。
「ここは本当に東京と同じ日本なのか?随分と辺鄙なところだな」
ボルフ先生は、そう言うと窓の外をしげしげと眺めだした。ボルフ先生の辞書には遠慮とか領主に配慮するって言葉は載っていないらしい。
「世界屈指の大都会東京と日本屈指のド田舎青森を比べないで下さいよ。それと辺鄙なんてイメージが悪いんで、自然が豊かで静かな町って言ってもらえますか?」
よく田舎は時間がゆっくり流れるって言うがあれは誤解だ。農繁期の農家なんて朝も暗いうちから忙しく働く。町時間って言葉があるくらいだ。
青森の平均労働時間は全国上位にはいる。でも、最低賃金や平均給与は最下位に近い。ついでに言うと平均寿命も最下位らしい。誇れるのはリンゴ・にんにく・長芋の生産量が日本一だという事。
東京に行くまでは、天才プログラマーの力で故郷を元気にしてやると息巻いていたが、三日でその自信は崩れ去った。俺がボーブルを選んだのは、いつも貧乏くじをひかされている故郷にどこか似ていたからなのかもしれない。
「ところでご両親にはなんて説明されるのですか?」
久しぶりの帰郷で感慨にふけっていたが、サンダ先生の言葉で現実に引き戻された。……両親には外国のお客様を連れて帰省するとしか言っていない。三十過ぎて息子が異世界に行ってきますなんて、どうして言えよう。
(そういや、今度はどうやって向こうに行くんだ?前は体が縮んだけど)
朝起きたら布団に寝ていた息子が居なくなっていました……どうやっても事件になるよな……立つ鳥跡を濁しまくりです。
上手な言い訳を簡単に思い付くはずもなく俺達を乗せたバスは弘前に着いた。故郷の空気は時間を巻き戻す効果でもあるらしく、様々な思い出が甦ってくる。
ガチガチに固まっていた小学校の入学式、無残に初恋を散らした中学時代、プログラマーになる事を決めた高校生……そしてここから東京へと旅立って行ったんだよな。
(結局、故郷に錦は飾れずか。高い学費出してもらって専門学校に通わせてもらったんだけどな……)
みんなにばれないように、そっと溜め息を漏らす。夢をかなえてプログラマーになったとはいえ、出世出来ずに平社員のままだ。仕送りをしていなかったから、費用対効果を考えれば赤字である。
孫とまで言わなくても、嫁の顔くらいは見せたかった。しかもある意味先にいなくなるという最大の親不孝をする訳で……どの面下げて、ただいまって言えば良いんだ?
「ジョージ、地下鉄の入り口はどこにあるんだ?」
都会の便利な生活を享受した為か、ボルフ先生は日本のどこにでも地下鉄が通っていると思ったようだ。
「そんな物ある訳ないでしょ。駅からの移動手段はバスかタクシー。しかも俺ん家の近くを通るバスは一時間後ですし」
あくまで近くを通るだけで、バス停から十分は歩かなくてはいけない。歩けなくもない距離だけど、病み上がりのアミにはきつい距離だ。
「あ、あたいは東京より好きだよ。空気が美味しいし……そっか、ここがあんたの生まれた街なんだね」
カリナは嬉しそうに街を見渡す。見えるのは寂れた街と連なる山々。
「何もない街だけど、ゆっくりしていって下さい」
どうも故郷を誉めるのは、家族の自慢をしているようで照れ臭い。でも、これが津軽衆気質ってやつなのだ。それでいて他郷の人間に青森を馬鹿にされると、本気で怒るんだからたちが悪い。
取りあえず移動しようとしたら、アミが俺の前にやって来た。何かを決意したかのような、悲壮な面持ちである。
「お兄様、私もお兄様のお家にお邪魔してよろしいのでしょうか?お母様が宝石を持たせてくれましたので、それを売ってどこかに泊まった方が良いですか?……でも、私はお兄様のご両親に謝りたいです」
アミはスカートを両手でしっかりと掴んで、泣くのを我慢していた。でも、その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。俺が両親に会わせる顔がないように、アミも俺の両親に会うのが辛いんだろう。それでも、アミは俺の家族に会って謝ろうとしている。
「もう泊まる人数を言ってるし、泊まってくれた方が親父達も喜ぶさ。俺が向こうに行く話をするのは少し待ってもらえるか?……機会を見つけて俺から話すから」
実家……日本にいられるのは残り三日だ。今日明日は思い出作りで弘前を見て回るとしても、明後日には全てを話さないといけない。
「ジョージ、お前の実家に泊まらせてもらえるのは有難いんだげど、どんな人が泊まるのか親御さんに話したのか?こっちのお前はおっさんなんだぞ。アミ様やカリナを連れて行くのは、流石にまずくないか?」
アミは中一で、カリナは中二だ。レコルトでは俺も中二だったから、一緒にいても違和感がなかったから問題はなかったし、東京では親戚の娘とか言って誤魔化すことも出来た。でも三十五歳のおっさんがいたいけな少女を実家に連れて帰るのはまずい。当たり前だけれども、親戚の娘なんて誤魔化す事が出来ない。
(東京じゃ誰も俺に関心がなかったから、関係を疑われなかったけれど、実家はそうはいかないよな)
アミもカリナもとびっきりの美少女だ。俺と一緒に歩いていても、モデルとマネージャーくらいにしか思われていなかったと思う。
「前にオデットさんが言ったやんごとなき家のお嬢様の世話を頼まれたで押し通すしかないでしょう。弘前の桜に興味があったから、俺に白羽の矢が立ったって設定が無難でしょうね」
これだけネットが発展した現代だ。外国のお嬢様が弘前公園の桜を見たいって言っても疑問に思われない……と信じたい。それにアミはリアルお嬢様だ。身に纏っている気品が違うから、説得力があるはず。これだけ、胃が痛い帰省は初めてである。
◇
タクシーの車窓に故郷の街並みが流れていく。変わっていないと思っていた故郷も、それなりに変わっていた。
「こんな所にコンビニが出来たんですね。久し振りに帰ってきたんで、初めて知りましたよ」
東京で新しい店が出来るのは珍しい事じゃないが、田舎ではコンビニが出来ただけで十分話題になるのだ。変わったと言っても全国チェーンのコンビニが増えて、昔からの商店のシャッターが閉まっている感じだ。東京に行った人間としては寂しくてしょうがないけど、こっちに住んでいる人にすれば便利になっているのだから余計なお世話なのかもしれない。
「大手は資本が違いますからね。田舎の商店じゃ太刀打ちできませんよ。東京と違って、こっちは景気の良い話があまりありませんしね。うちの会社も年金組ばかりですよ」
高齢の運転手さんが自嘲気味に呟く。
「でも良い時期に帰って来られましたよ。この時期の公園はいくつになってもワクワクしますね」
ブルーシートを敷いて桜を見ながらゆっくりするのは市民の特権だと思う。
そういや小さい頃は家族で良く花見に来たんだよな。母さんが俺や兄貴の好きなおかずを沢山作ってくれたっけ……懐かしさからだろうか、それとも罪悪感からだろうか、気がつくと涙が桜の花びらのようにはらりはらりと落ちていった。
一緒に乗っているサンダ先生とボルフ先生も空気を読んでくれたのか、終始無言だった。
◇
過ぎ行く車窓をぼーっと眺めていたら、いつの間にか実家に着いていた。前に帰って来たのは、一昨年だけど、体感的には十六年振りの帰宅である。なんの変哲もない日本のどこにでもある家屋が俺の心を鷲掴みにする。
(帰ってきたんだ……やっぱり、ここが俺の家なんだな)
とっくに家庭を持っていなきゃおかしい年なのに、実家を見ただけで胸が一杯になった。ガキの頃からの思い出が走馬灯のように次々と浮かんでくる。
実家をぼんやり見つめていると、凄い勢いで玄関が開き、初老の男性が飛び出してきた。名前は榕木丈。ちなみに兄の名前は丈一。
「丈治、帰ってきたな。さっ、上がれ、上がれ。お客様もどうぞ……あー、日本語通じるべが?」
「大丈夫ですよ。私達は日本語を話せますので……申し遅れました私はボルフ・ルードウと言います。突然、お邪魔してすいません」
ボルフ先生はそう言うと父さんに向かって深々と一礼した。さすがはプロのアサシン、化けの皮を被るのが上手い。
「サンダ・チューロです。突然、お邪魔して申し訳ございません。ジョージ様には大変お世話になっております」
サンダ先生が大きな体を小さくしながら、深々と頭を下げる。その人の好い笑顔のお陰で、両親の緊張が和らいだようだ。
「お父さん、丈治が帰って来るのを今か今かと玄関で待ってたのよ。お帰り、元気そうね。皆さんもこんな田舎に良く来てくれましたね」
母の香が穏やかに笑う。にこやかに笑う両親を見て心が暖かくなるのと同時に、どうしようもない罪悪感にさいなまれていた。俺は自分の勝手でこの人達を裏切るのだ。
「ちょっと、待って。もう一台タクシーが来るから……話していたら丁度来たな」
噂をすればなんとやらで、カリナ達を乗せたタクシーが家の前に停まった。
「丈治、あの子達は……」
降りてきたカリナ達を見て母さんが呆然としている。そりゃそうだよな、息子が年端もいかない外国人の少女を連れてきたんだから。
「ひ、弘前公園の桜を見たいんだって。銀色の髪の娘は貴族のお嬢様で会社のお偉いさんから頼まれたんだ」
少々噛んでしまったが、怪しまれるほどではないと思う。
「アミ・アコーギです。おに……ジョージ様には大変お世話になっています」
アミの貴族オーラに母さん達が圧倒されている……俺も十数年貴族をしているんだけども、一向に貴族オーラが身につかないです。
「オデット・コーレシャンと申します。ジョージ様にはお嬢様の日本での生活を色々と助けて頂きました。主人に代わってお礼を申し上げます」
さすがはリアルメイドのオデットさん。礼儀作法が堂に入ってる。これで母さん達も怪しまないだろう。
「カ・カ・カリナ・アイビシュでふ……あの、ジョージ様には、色々おしぇわになってます」
顔を真っ赤にして噛みまくるカリナ。それと横目で俺を見るのはやめましょう。母さんの視線が痛いです。
活動報告で幕間を募集しています。あと希望があったので明日からは七時の更新となります。




