友との別れ
知っている人は居るでしょうか?他の作品からゲストが出ます
家にはそれぞれ独特の匂いがあると思う。甘いとか、爽やかとかの単純な匂いじゃなく、その家の生活の匂いが入り混じった独自の物だ。
玄関を開けた瞬間、我が家独特の匂いに包まれ、帰って来たんだなと強く実感する。男性陣は俺の部屋に泊まり、女性陣は客室に泊まる事になった。それぞれ部屋に荷物を置いた後、居間で一息つく。でも、ゆったりくつろいでいるのは、俺だけでカリナは未だガチガチに緊張しているし、アミは旅の疲れが出たか顔色があまりよくない。
「丈治、今日公園に行くの?」
客室に飲み終わった湯呑み茶碗を下げに来た母さんが尋ねてきた。主婦としての準備があるから、スケジュールを把握しておきたいんだろう。
「いや、先に寺に顔を出してくるよ。土産も渡したいし」
さすがに今回、墓参りに行かないのはまずいだろう。何よりこれで最後になるんだから、顔を見ておきたい奴もいる。今日は日曜日だから寺にいるはずだ。
「お寺にお土産ですか?ジョージ様は随分と信仰心が篤いんですね」
サンダ先生が感心したように頷く。知り合った当初は信じている宗教がない事に驚いていただけに、安心したのかも知れない。
「そんな立派なものじゃありませんよ。お寺の息子さんとお友達だから会いたいだけなんですよ。丈治、皆様は疲れているでしょうから、お寺には一人で行って来なさい」
うちの菩提寺はそれなりに歴史があるらしいが、取り立てて珍しい物はなく観光客に勧める場所ではない。
「日本のお寺には興味があるので、よろしければ私達もお邪魔しても良いでしょうか?」
サンダ先生の提案にボルフ先生とオデットさんが頷く。アミは俺の方を見て様子を伺っているし、カリナは何かを言いたそうにうずうずしている。
「大丈夫ですよ。アミ様とカリナさんも一緒に行きませんか?」
「は、はいぜひご一緒させて下さい」
アミは俺の提案に食い気味で答える。一方のカリナは何か決心したかのように、母さんの方へと向き直した。
「あの……あたいじゃなく私に料理を教えてもらえませんか?あたいん家は食堂しているから、色んな料理を覚えたいんです………………向こうでもジョージに故郷の味を食べさせたいし」
最初は勢い良く話していたが、最後辺りはゴニョゴニョと呟き、殆んど聞きとれなかった。
「うちの料理はそんな大層な物じゃないですよ。どこにでもある家庭料理ですから」
カリナの提案を母さんがやんわりと断る。多分、意地悪をしたいとかカリナの事が嫌いだからではない。プロや料理研究家みたく腕に余程の自信がない限り、殆んどの人が同じ反応をすると思う。
「その方が嬉しいんです。うちは大衆食堂だから、家庭の味の方が喜ばれるんです」
しかし、カリナも負けていない。食堂の娘だけあり、カリナの料理に掛ける情熱は本物だ。
「カリナちゃんだったわよね……田舎料理しか作れないけど、それでも良い?」
母さんの問い掛けにカリナは嬉しそうに頷いた。
◇
寺の門をくぐると、がたいの良い僧侶が掃除をしていた。丸顔に太い眉毛、上野の西郷さんを連想させる風貌だ。
「大明、本業が休みなのに精が出るな」
山田大明、俺の幼馴染みで小学校の同級生である。本業は高校の教師なんだが、暇を見つけては、こうして坊主の仕事もしているのだ。ガキの頃は日が暮れるまで遊んだ竹馬の友って奴だ。桜祭りに宵宮、ねぷた祭り、ガキの頃の思い出にはいつも大明がいる。
俺が親し気に話し掛けた事に気遣っているのか、先生達やアミは無言で俺達を見ていた。
「丈治!?なんでお前がいるんだ……悩みがあるんなら、電話でも良かったのに」
どうやら旧友は悩みが出来たから訪ねてきたと思ったらしい。ゴールデンウイークにはまだ早いし、異世界に行く前に顔を見に来たなんて思う訳がない……むしろ、こいつの前で異世界なんて単語を出したら、いい加減大人になれって説教されるのがオチだ。
「会社の関係で、弘前の案内を頼まれたんだよ……何か悩みがあるように見えるか?」
今の悩みは税収の安定化と魔王軍対策。日本の坊さんに相談して答えを得れるとは思えない。
「いや、悩めよ。もうお前は家庭を持ってなきゃおかしい年なんだぞ。おばさんも町内会の会合で肩身の狭い思いをしているし」
既婚者の余裕なのか、幼馴染みが上から目線で説教してきた。
「人間諦めが肝心さ。つうか、お前年賀状に毎年幸せな家族写真載せやがって、あれを見ると新年早々へこむんだよ」
こいつは同い年の癖に既に五人の子供がいる。そういや異世界に行ったら、今までつぎ込んだ結婚祝いや出産祝いを回収できないじゃないか。
「家庭を持たないお前が悪い……話は変わるけど、お前に双子の兄弟なんていたか?……これは憑いているっていうより、封印されているって感じだな」
大明君、真面目な顔で不吉な事を言うのは止めましょう。坊主が憑いているとか洒落にならないぞ。
「お前、言葉に気をつけろ‼俺が幽霊の類が苦手なのを忘れたのか?」
未だに死者の森がトラウマで悪夢にうなされる事がある……ふと、疑問に思ったが何かが封印されているならサンダ先生が気付いているはず。日本のしかも田舎の坊さんに霊能力があるとは思えない……そういう事にしておこう。
「大丈夫。そいつはお前に感謝はしているが恨んでいる気配はない。今回はいつまでこっちにいるんだ?」
思えばこいつとの付き合いも長い。大明は小学校卒業後、県外に転校していったが、それなりに交流は続いていた。
「明後日までだよ……今まで世話になったな。お前と幼馴染みで良かったよ。色々ありがとな」
顔を合わせれば説教してくる口うるさい奴だったが、こいつと過ごした子供時代は俺の宝物だ。
「……笑えない冗談はよせ」
「大明、これを受け取ってくれ」
ポケットから腕時計を取り出し、幼馴染みに手渡す。清水の舞台から飛び降りるつもりで買った高級品であるが、転移不能だったので誰かに受け取ってもらいたい。
「丈治、何があった?つうか、どこでその歩き方を習ったんだ?隙がなさすぎて、かえって怪しいぞ……それに命のやり取りをした事がある目つきになっている。もう一度聞く。何があったんだ?」
そういや、大明は格闘技を習っていたんだよな。上手く隠しているつもりだったんだが、分かる奴には分かるらしい。
「言っても信じないと思うぜ。簡単に帰って来れないくらい遠い所に行く事になったんだよ。奥さんと子供を大事にしろよ」
幼馴染みの目は真剣その物で、とても異世界に転生したなんて言える空気ではない。大明は深い溜め息を漏らすと本堂へ踵を返した。
「ちょっと待ってろ。お前に渡したい物がある」
大明が戻って来たのは三分くらいしてからだった。何か金属製の物を手にもっていた。
「これをやる。独鈷杵だ。お守りくらいにはなるはずだ」
独鈷杵は密法で使われる法具の一つだ。渡された独鈷杵は使い込まれており、大明が大切にしている物だと分かる。異世界の幽霊に通用するとは思えないが、小うるさい友人が傍にいてくれる感じがして心強い。
「ありがと、元気でな。生真面目も良いけど、嫁さんに捨てられないように気を付けろよ」
「他人の事より自分の心配をしろよ……お前も、元気でな。まっ、お前には神獣様なみに強力な猫が憑いてるから大丈夫だろ」
友人の目にはドラ猫神使が見えているんだろうか?マジで霊能力があるのか……勘弁してくれ。
大明と別れ墓地に向かうと、みんながついて来た。幼馴染みとの会話を邪魔をしないように気を使ってくれたんだろう。
「お前も素直じゃねえな。ドッコショを握り締めて涙を我慢するなんてよ。サンダ、こいつに何か封印されてるのか?」
ボルフ先生、そういう事は気付いても黙っているか小声で言いましょう。かなり恥ずかしいです。
「こっちの世界にはラブーレ様の力が届かないので分かりません。ただ、あのお方に力があるのは分かりましたが」
帰ったらサンダ先生にきちんと視てもらおう。後、この独鈷杵は常に枕元に置いておく事にする。
「お兄様、お友達と離れるのは辛くないんですか?」
「アミ、近くで仲良しこよしするだけが友達じゃないんだよ。友達には距離も時間も関係ない。もう会えなくても山田大明って、気持ちの良い奴とダチになれた。俺はそれだけで十分なんだよ」
次に会うのはあの世になるんだろうか?小うるさい幼馴染みに叱られないように、向こうでも頑張ろう。
◇
家に着くと和気あいあいとした笑い声が聞こえてきた。どうやら、カリナは我が家に馴染んだらしい。
「丈治、お帰り。カリナちゃんって料理が上手いのね。父さんも娘が出来たみたいだって張り切って教えてるわよ……もう少しあんたと年が近かったら嬉しいんだけどね。でも、あんたが相手じゃおじさん過ぎてカリナちゃんが可哀想か。年が近くてもこんなに可愛い子には、相手にされないしね」
身分がイーブンだと俺とカリナじゃ釣り合わないらしい。身分の差があって初めてイーブンになると……自分をもっと磨こう。
「大事なお客様なんだから趣味の悪い冗談は止めてくれ」
「はいはい。それとカリナちゃんの提案で明後日公園で花見をする事になったから。後でブルーシート買って来てね」
この年になって親と花見は辛いが、良い思い出作りになると思う。カリナに感謝しなくては。
「分かったよ。それじゃ、自転車を借りるよ」
父さんは免許がないので、家には車がない。近所のホームセンターくらいなら自転車で十分である。
無事にブルーシートを購入したら、谷から連絡が来た。どうやら転移の準備が出来たらしい。待ち合わせ場所は弘前駅。昨日は人数が多かったし、病み上がりのアミもいたからタクシーを使ったけど、自転車でも十分行ける距離である……バスを待つより、自転車で動いた方が早いし。
弘前駅で合流すると谷は一枚の紙を渡してきた。
「この間のDNA検査の結果だ。獣人はコーカソイドに近い遺伝子をベースにして、それぞれの動物の遺伝子が組み込まれていた。そして蜂蜜漬けにされた果実は、地球上のどの植物とも遺伝子が違うって結果だ。データは消しておいたし、こいつは燃やした方が良いだろう。それと今すぐ俺を転移してもらえるか?」
谷を人気のない場所に誘導する。しかし、随分ときな臭い結果がでたな。谷の予想ではマナプラントが元々自生していた植物で、獣人はどこからか連れて来られたと考えるのが自然だとの事。
「確かに燃やした方が安全だな ……それじゃ転移するぞ。向こうに行ったら、この手紙を渡せばいい」
そして谷は春風に掻き消されたかのように、姿を消す。駅前に出ると、一目で堅気ではないと分かる人達が誰かを探していた……まさか、家まで来ないよな。
地元民しか分からない裏道を通り、家へと急ぐ。
家に着き、玄関を開けたら懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
「丈治、おかえり。ご飯にするわよ」
テーブルの上には所狭しとご馳走が並べられていた。寿司に鳥の唐揚げ、ふろふき大根、俺の好物ばかりだ。こぼれ落ちそうになる涙を堪えて笑顔を浮かべる。今だけは笑顔で食事を楽しもう 。




