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1 美倉みすず、デビューします! {§}

 わたしの名前は美倉みすず。アイドルやってます。お仕事はグラビアの撮影ばかりだけど、マネージャーの笹岡さんががんばってくれて、テレビ番組にはじめてお呼ばれしました!

 といっても、お笑いの人がMCやってて、ちょっとエッチな深夜番組なんだ。

 でも「これだってチャンスなんだから!」っていう笹岡さんの言葉を信じてがんばらなくちゃ!


「みすずちゃーん!」


「あっ、はい!」

 元気に答えて、大きく手をふるマネージャーさんのところまで走っていく。

「いいね? この弓杜町は、君の地元だっていうトコから、企画に抜擢ばってきされたんだ! 地元で有名なオカルトスポットを案内するっていう重要な役目、たのんだよ!」

「はい!」

「そうだっ! みすず、その意気だ!」


 笹岡さんは燃える人だ。事務所は弱小プロダクションで、月々の家賃だって滞納して倒産カウントダウン寸前。それでも、「今世紀最大のアイドルを誕生させる!」と意気巻いて入社した笹岡さんは、社長があきれるくらい、とにかくいろんな場所に出没していろんなひとに声をかけたらしい。

 けどどれもダメで、弓杜町の公園で燃え尽きて灰になっていたとき、たまたまわたしを見つけたって。


 それからはいつも気にかけてくれ、わたしも笹岡さんのはげましに答えて一生懸命努力した。グラビアの撮影だって、ほんとはいやだったけど、生まれ変わらせてくれた笹岡さんのために、精一杯の笑顔をレンズの向こうにむけた。

 いまでは家賃も毎月はらえるようになったって、社長もホクホク顔。テレビのお仕事だって、ただカメラが大きくなっただけじゃない! だいじょうぶ! わたしならだいじょうぶ!


「みすず、深呼吸だ!」

「あぇ? は、はい!」


 すぅ。


 はぁ。


 すぅ。


 はぁ。


「落ち着いた?」

「う、うん」

「じゃぁ、もう一回!」


「すいません、時間押してるんで」

 プロデューサーの人がわりこんできた。

「みすずちゃん、グラビア見たよ。かわいいよね~、おじちゃんも君みたいな子が娘ならよかったよ~」

「ありがとうございます!」

「ウチの娘、ジャミラなんだ」

 フゥ、と『くすブラ』のプロデューサーさんはため息をついた。

「あれ、母親に似たんだろうなぁ。どうしてボクってあの女とケッコンしたのかな」


「まァた、はじまった」

 MCのひとり、今井さんが苦笑しながら近づいてきた。

「時間押してるならやることあるでしょ」

「ほい、台本」と、数枚の紙をわたされる。

「あ、え、これ……?」

 アフロをゆらして今井さんが笑った。

「そ。お化けやしきつったって、なにも出なかったら番組にならないでしょ? そんときはそれで」

「いやいや、これはなんか出るやろ~」

 相方MCの谷川さんが、きょろきょろ辺りを見回しながら近くにきた。


「弓杜っつったらココ、ほんまにでるねんで? まじありえへん、すがっさんなに考えてんのん?」

「でえへんわっ! ここまでくるのにけっこう出費かかってんだぞ? すうじとれんかったら、おまえの給料からだせいうとくわ」

「えげつないわ~、イマちゃん。ワイこれでも霊感あんねん。おどれのうしろにも一匹おるわ」

「おるかい!」

「います」

「おらへんいうとるやろが!」

「うげ。い、イマちゃぁん、おれとちゃうよぉ……」

「あ?」


 今井の後ろにぴたりと寄り添うように、フードをかぶった怪しげな人物がいた。


「わたしには感じる……彼らのなげきが!」


「こ、これはギボーさん。めったなこと言わないでくださいよお。あんなたに言われると信じてしまいます」

「ミス・ってつけて」

「は?」

「ミス・ってつけて」

「あ、はいはい。ミス・ギボーさん」

「わたしには見える! 霊界の入り口が!!」


「あ、あの人知ってる」

 となりでなぜかうんうんうなづいているマネージャーにたずねる。

「あのひと、霊能者のギボー・無謀むぼうさんですよね? テレビで見たことある」

 よく夏の特番で、霊能力タレントとしてみかける人だった。むかし、その能力で隠された3億円の場所をあてて有名になり、FBIからのオファーがひっきりなしとかなんとかテレビで言ってた。

「彼女もゲストとして呼ばれてるんだよ」

「そうなんですか? あとでサインもらわなきゃ」


「ハッハッハァ! なァに、ボクのサインほしい?」


 視界を、突如分厚い本がふさぐ。

「マイ・サイン入りボクの著書『物理学こそ最強の格闘技』! 受け取りたまえ!」

 背の高い男のひとが出てきたかとおもうと、むりやり本を押しつけられた。

「北は北海道から南は沖縄まで、売り切れ続出入手困難某有名大学を首席で卒業しかつ子供のころから通信空手を習いつづけて苦節26年、わたしがたどり着いたのは物理学と格闘技の融合だった」

「……はぁ」

「格闘技というのは暴力的にみえて実は高度なレベルの物理学を用いた理論的芸術なんだ。授業は宿題として反復して覚える。格闘技もまた日々の鍛錬で反復して体に覚えさせる。つまりあたまを使うかからだを使うかの違いだけで非常によく似た類似性をもっている」

「…………」

「あたまと体は相関する、一つだけでは完全でない。健全な精神は健全な肉体に宿るというは、健全な頭脳は健全な肉体に宿るという意味と気づいたわたしは翌朝から腕立て100回、腹筋100回、スクワット150回の自主筋トレを課した――」


「ストップ!」

 プロデューサーさんが止めてくれた。

「サブローセンセのいうことはほんまタメになりますぅ。こんどゆっくり聞かせてもらうんで、今日のところははやいとこ現場に行きましょ」

「タメになるか……フフフ、しかたがないな。君にもあげるよ『ブツカク』」

 押しつけられる本を愛想笑いを浮かべて受けとるプロデューサー。

 あ。

 見えない位置で捨てた。


「みすず、じゃまになるとおもうからぼくが預かるよ」

「あ、うん」

「あのひとは下田三郎しもださぶろう先生。なんでも、えらい物理学博士だそうだよ。こういう番組によくありがちなオカルト否定派だね。人はよいみたいだけど」

「そうですね。でも、あれ――」

 下田教授が肩からぶらさがったバッグには、『ブツカク』が数冊はみでていた。

「彼も苦労しているのさ。さ、ひとの心配をしている場合じゃない。ぼくらも早いところ本番にそなえるよ」

「はい!」

 そうだ。がんばってあの日和バカを見返してやるんだ。

「よし!」

 気合いを入れる。

「その意気だみすず! 今日のがんばり次第で準レギュラー、レギュラー獲得だって夢じゃない!」

「はい!」

「燃えてきたァ! うおぉぉぉぉぉ!!!」


「あんた関係ないやんけ」

 MCのひとがつっこんだ。

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