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『オーレリア戦記』  作者: りあと
外伝『アンチアルマ避難民藩地』帝国歴303年〜304年
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オーレリア外伝『アンチルマ避難民藩地』その11

帝国歴304年1月――。


新しい年を迎えた「アンチルマ避難民藩地」は、どこかピンと張り詰めた清冽な空気に包まれていた。 先月の「椒柏酒(しょうはくしゅ)の仕込み」と大晦日の振る舞い酒によって、寒波と飢えに怯えていた避難民たちの身体には確かな活力が戻っていた。しかし、戦火によって住み慣れた古都を追われ、大切な身内を失った人々にとって、新年の訪れは喜びと同時に、目に見えぬ「死」や「落人としての不安」という陰湿な影を思い出させる時期でもあった。


「病気や不幸は、人が気落ちした隙を突いて心身に侵入するものよ」


本陣の天幕にて、アルヴェリア親王妃リゼリアは静かに紫水晶の瞳を輝かせた。 「戦乱の残り香と、人々の不安が呼ぶ悪霊を祓い落とし、新年の神々をお迎えする――。藩地全体を巻き込んだ『大厄祓いの儀式』を執り行いましょう」


その傍らには、すでに準備を整えたセシリア、ベルナデット、ロゼッタ、エミーナの姿があった。 全員が清らかな純白と朱色を基調とした、儀式用の華麗な装束に身を包んでいる。


「神々をお迎えする儀式ですか! 素敵ですぅ!」 エミーナは手を合わせて目を輝かせた。 「私、悪霊なんて一気に吹っ飛ばしちゃうくらい、心を込めてお祈りしますねぇ!」


「セシリア様、エミーナ」 侍女ベルナデット――「無慈悲のナデット」が眼鏡の奥の目を光らせ、淡々と木札を指し示した。 「今回の儀式は、単なる宗教的儀礼にとどまりません。数万人規模の集団心理における不安要素を払拭し、精神的安寧をもたらすことで、春に向けた労働生産性と治安の安定度を跳ね上げる『合理的心理セラピー』でもあります。演出の手落ちなきよう」


「ふふ、ナデットったら相変わらず固いんだから」


セシリアは悪戯っぽく笑いながら、己の腰に下げた『水明』の玉佩をそっと撫でた。


「でも、ナデットの言う通りね。形だけの儀式じゃ意味がないわ。お姉様の力を中心にして、私たち一族の秘術を全部注ぎ込んで……みんなが心から『もう大丈夫だ』って思えるような、最高の厄祓いにしましょう!」


「……監視及び防壁の展開、準備完了しています」 黒髪の侍女ロゼッタが「千里眼」の能力を巡らせ、静かに報告する。 「藩地の全区画において、儀式用の結界基点となる木札の設置が完了しました。外部からの雑音、および敵対勢力の間諜による妨害は即座に遮断されます」


「頼もしいわね、みんな」 リゼリアは凛とした笑みを浮かべ、ゆっくりと天幕の幕を押し上げた。


◇


藩地の中央広場には、数万人の避難民がギッシリと詰めかけていた。 広場の中央には、前夜のうちに組み上げられた巨大な木製の特設祭壇。そこには、新年の神々を招くための清らかな榊(さかき)の枝と、セシリアたちの「異能の裏工作」によって瞬時に用意された新鮮な山海の幸が、恭しく捧げられていた。


人々はどこか固い表情で、固唾をのんで祭壇を見つめている。 戦火の傷痕はいまだ癒えず、人々の心には「今年もまた、災いが襲ってくるのではないか」という不吉な予感が澱のように溜まっていた。


そこへ、しんと静まり返った広場に鈴の涼やかな音が響き渡った。


リン…………シャン…………。


純白の衣を纏ったリゼリアが、高台の祭壇へと一歩ずつ歩みを進めていく。その背後にはセシリア、エミーナ、ロゼッタ、そしてナデットが侍っていた。


「アンチルマの民よ」


リゼリアの声が広場に渡る。 リヴィエール一族特有の「精神干渉」の力が、微かに、しかし優しくその声に乗せられていた。耳にした瞬間、人々の胸の奥にあるザワつきが、まるで波が引くようにすーっと鎮まっていく。


「旧年の苦難と戦火の悲しみは、すべて去りました。しかし、人の心が落胆に沈むとき、暗き悪霊や災いの気が忍び寄るものです。……故に今、私たちは新年の神々を迎え、この地に満ちるすべての厄を祓います!」


リゼリアが両手を掲げ、天空を仰いだ。


(セシリア、エミーナ、念話の同調を……!)


『——はいっ、リゼリアお姉様!』


天幕の陰や広場の要所に配置された一族の血を引く乙女たちの精神が、「念話」によって一つに固く繋ぎ合わされた。


リゼリアの「予知」と「精神干渉」、セシリアとエミーナの「物理干渉・空間調達」、ロゼッタの「千里眼」、ナデットの「超緻密な領域計算」。 それらの超常の力が、表向きは「神聖な祈祷劇」という装いの裏で、完璧に噛み合って発動したのである。


「——天地の神々よ、清廉なる風を以て、災厄を討ち払え!!」


リゼリアが祝詞を唱え、御幣(ごへ)を強く振り下ろしたその瞬間――!


ドォン!!と、広場の空気が目に見える波動となって弾けた。


セシリアとエミーナが「空間調達」の異能を応用し、広場の上空数百メートルの気圧を微小に急変動させたのだ。 突如として頭上から、温かく清々しい旋風が駆け抜け、避難民藩地全体を優しく包み込んだ。その風は、冬の寒風とは全く異なる、まるで初春の木漏れ日のような温もりを帯びていた。


「うわ……っ!? 風が……! 温かい風が吹いてきたぞ!」 「見てくれ! 空が……!」


人々が驚愕して見上げると、厚く垂れ込めていた冬の灰色の雲が、祭壇の上空だけ円形に美しく押し開かれ、そこから黄金色の太陽の光が、ひとすじの神々しい光の柱となってリゼリアたちを照らし出したのである。


(よしっ、セシリア様、雲の物理排除、成功ですぅ!) (エミーナ、次は光の拡散よ! みんなの『邪気』を吹き飛ばすの!)


二人の念話の合図とともに、セシリアは隠し持った光の異能をほんの少しだけ解放した。


黄金の光線が、広場に集まった数万の人々の身体を優しく撫でていく。 その光に触れた瞬間、人々は信じられない感覚に目を見開いた。


胸の奥に重くのしかかっていた理由のない不安、病への恐怖、亡き人を想う暗い絶望の記憶――それら心の澱みが、まるで太陽の光を浴びた朝露のように、跡形もなく消え去っていったのだ。


「体が……軽い……! ずっと痛んでいた腰の痛みが消えたぞ!?」 「涙が止まらない……。なんだか、すごく気持ちが晴れやかになっていく……!」 「悪霊が……俺たちの不安が、祓われていくんだ!!」


民の中から、あちこちで歓喜の叫びが上がった。 ただの気休めの儀式ではない。リゼリアの強力な精神干渉と、セシリアたちの異能の光によって、数万人の「集団的絶望」が文字通り物理的に浄化され、強烈なまでの希望と生命力へと上書きされた瞬間であった。


祭壇の上で、リゼリアは優しく目を細め、人々に微笑みかけた。


「神々は降臨されました。……アンチルマの民よ、恐れることは何もありません。あなた方の命と未来は、この新年の光によって守られています!」


「「「おおおおおっ!! 神々万歳! 親王妃様万歳!!」」」


地鳴りのような地響きとともに、数万の歓声が冬の空へと爆発した。 人々は互いに抱き合い、膝をついて感謝の祈りを捧げ、新年の到来を涙と笑顔で祝福し合った。


◇

広場の喧噪が少し落ち着き、民たちが晴れやかな顔でそれぞれの天幕へと戻っていく中、

リゼリアが視線を送った先では、祭壇の裏手でセシリアとエミーナが「ふはぁ〜っ!」と大の字になって枯れ草の上にひっくり返っていた。


「うぅ……セシリア様ぁ……! 数万人の心と上空の雲を同時に動かすなんて、過酷すぎる労働ですぅ……! 頭がクラクラしますぅ……!」 エミーナが目を回しながら涙目になっている。


「あはは、お疲れ様エミーナ! でも、みんなのあの笑顔を見たら、疲れなんて吹き飛んじゃうわね!」 セシリアは跳ね起きると、ポンと胸を張って満足そうに笑った。


ロゼッタが二人にそっと温かいお茶の入った湯呑みを差し出す。


「お疲れ様です、セシリア様、エミーナ。……周囲の結界は正常に機能し、誰一人として異能の発動を疑う者はいません。『神々による厄祓いの奇跡』として完璧に処理されました」


「ふむ。完璧ですね」 侍女ベルナデットが手帳の算盤をパチリと鳴らし、冷徹な眼鏡の奥の目を柔らかく緩めた。


「藩地全体におけるストレス指数の激減、精神疾患および突発的犯罪の発生予測率は『ゼロ』に下方修正されました。医療資材の消費抑制という点におきましても、極めて合理的な成果と言えます」


「ナデットったら、最後まで数字なんだから」 セシリアが笑うと、その場にいた全員からどっと温かな笑い声が溢れ出した。


空を見上げれば、セシリアたちが押し開いた雲の隙間から、眩しいほどの新年の太陽が降り注いでいた。


古都を失い、戦火の泥の中に作られた「アンチルマ避難民藩地」。 だが、ここにはもう絶望の色はない。 新年の神々を迎え、悪霊と不安を綺麗に祓い落とした人々は、一族の乙女たちがもたらした「温かな光」を胸に、希望に満ちた新しい一年へと力強い歩みを進めていくのであった。

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