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『オーレリア戦記』  作者: りあと
『オーレリア戦記』帝国歴303年
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第76章『古都アンチルマの晩秋』

アイゼン平原の勝利から半月、泥と硝煙に塗れた戦場は遠く去り、ブランガ・オデュヌの軍勢はついにオーレリア帝国北方の要衝、古都アンチルマの城門へと達していた。

グラッデェの略奪によって赤黒く焼かれた街並み、散乱する瓦礫。かつて栄華を極めた古都は息絶えた巨獣のように横たわっていたが、アクスアルブ義勇軍が一歩足を踏み入れるや否や、生き残った民衆は地を這うようにして現れ、涙を流して彼らを迎えた。十万の異教徒を粉砕した「黒い魔王」の噂は、すでに絶望の底にあった人々の間で救世の神話へと変貌していたのである。

「これで、アクスアルブからアンチルマ、そして南西領域のほぼ全土が、名実ともにあんたの手に落ちたわけだ」

馬を並べる副官ヴォルフラムが、包帯の巻かれた首をさすりながら、皮肉げに、しかし確かな畏怖を込めて呟いた。その背には未だ大剣が健在だった。

「救世主、か。反吐が出るな」

ブランガは漆黒の愛馬のたてがみを撫でながら、冷酷に鼻で笑った。

「俺は己の欲のために動いている。この地の民を救ったのは、異教徒どもを排除した結果に過ぎん。ただの通り道だ」

彼の視線は、荒廃した古都のさらに先、はるか東方に位置する帝国の心臓部――帝都オクタヴィアへと向けられていた。

アンチルマの政庁に入ったブランガは、休む間もなく次の手を打った。グラッデェが残していった莫大な兵糧を接収し、街の若者たちを強制的に徴募。さらに、アクスアルブから呼び寄せた職人集団に命じ、アンチルマの広大な工房をすべて「新型火縄銃」と「黒色火薬」の製造工場へと造り替えさせた。

アイゼン平原の戦いで、火縄銃の「三段撃ち」は確かに異教徒の機動力を封じた。しかし、四方からの包囲に対しては、銃兵の旋回速度が追いつかず危うく全滅しかけたのも事実である。

「ヴォルフラム、工兵どもに伝えろ。ただの木製の防護柵では、これからの戦いには耐えられん。馬車に鉄板を張り、銃撃用の銃眼を設けた『移動式の鉄砦』を作らせろ。野戦において、瞬時に強固な陣形を構築できるようにする」

「移動する砦、か……。相変わらず、あんたの頭の中にある戦術は、この大陸のどの軍師のものとも違うな」

「当然だ。重い鎧に身を包んだ騎士が馬で突撃するだけの時代は、俺がアイゼン平原で終わらせた。これからの戦いは、数ではない。技術と、流通と、圧倒的な破壊力の効率だ」

ブランガの凄まじいところは、戦術の天才であると同時に、兵站を完璧に把握する冷徹な執政官でもある点だった。彼は、大河アシェロンの水運を網の目のように使い、南方の物資と北方の鉄をアンチルマへと集約させていった。

だが、この急速な台頭を、帝都の権力者たちが黙って見過ごすはずがなかった。

アンチルマ解放から一ヶ月が経ったある日、帝都オクタヴィアからの「勅使」が、厳重な護衛の騎士たちを伴って領主館へと訪れた。

黄金の刺繍が施された豪奢な法衣を纏った勅使は、傲慢な態度で書状を広げ、朗々と読み上げた。

「――アクスアルブ義勇卿ブランガ・オデュヌ。異教徒グラッデェを退けた武功は神妙である。よって皇帝陛下は、汝の罪(ボルゲーゼ親王イザークを誅殺した大逆)を不問に処し、新たに『アンチルマ守護代』の地位を授ける。ただちに、その全軍を帝都の直轄とし、火縄銃と称する兵器の製造法をすべて朝廷へと差し出せ。さすれば、帝国正騎士の爵位を賜るであろう」

部屋に控えていたヴォルフラムが、思わず腰の剣に手をかけた。あまりにも虫のいい、そして露骨な権力奪取の要求だった。

しかし、上座に座るブランガは、怒るどころか、楽しげに肩を揺らして笑い始めた。その瞳の奥には、漆黒の狂気がギラギラと渦巻いている。

「くはは……はははは! 面白い。実に面白いな、帝都の老いぼれたちめ」


「な、何が可笑しいか! これは皇帝陛下の聖旨であるぞ!」


勅使が顔を真っ赤にして怒鳴る。

ブランガはゆっくりと立ち上がると、足音も立てずに勅使の間合いへと踏み込んだ。その圧倒的な覇気に、勅使を護衛していた周囲の騎士たちが、思わず一歩後退する。

「お前たちの言う『皇帝』とやらは、異教徒十五万が押し寄せてきた時、どこで何をしていた? 帝国の重装騎士団が惨敗し、民が虐殺されている間、帝都の奥底で震えていただけではないのか?」


「不敬な! 陛下は……!」


「黙れ」


ブランガの一喝が、大理石の広間に響き渡った。それだけで、勅使は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

「俺が命を懸けて刈り取った勝利の果実を、指一本動かさぬ無能どもが横から掠め取ろうというのか。笑わせるな。イザークという老豚を殺した時にも言ったはずだ。このオーレリア帝国という巨大な天下は、俺が取る、とな」

ブランガは懐から、一通の書状を取り出し、勅使の足元へ投げ捨てた。それは、彼が自ら書き連ねた、帝都への『最後通牒』であった。

「持って帰れ。皇帝アラリックに伝えるがいい。――余計な飾りはもう要らん。帝都オクタヴィアの城門を開け、その王座を俺に明け渡せ。拒むのであれば、俺の率いる一万の『雷を吐く軍勢』が、帝都のすべての壁を粉砕し、貴族どもの首を一つ残らず市場の門に晒すことになる、とな」

「狂人め……! 正気か! 帝国全土を敵に回すつもりか!」


勅使は悲鳴を上げながら、書状を拾い上げ、逃げるように部屋を飛び出していった。

静まり返った広間で、ヴォルフラムが深くため息をついた。

「本当に、引き返せないところまで来たな。帝都が誇る『近衛軍』は、敗れたとはいえ、いまだ十三万の精鋭が残っている。さらに、各地の守護領主たちも、あんたを『反逆者』として討伐するために動き出すだろう」

「それでいい」

ブランガは窓辺へと歩み寄り、眼下に広がるアンチルマの街並み、そしてその向こうに続く広大な大地を見つめた。

工房からは、絶え間なく鉄を叩く音が響き、兵たちの訓練の怒号が風に乗って聞こえてくる。

「古い秩序など、すべて叩き潰して更地にすればいい。その上に、俺の『鉄と火薬の帝国』を築く。ヴォルフラム、全軍に告げよ。出陣の準備をしろ」

若き魔王の不敵な笑みが、昏くなりゆく北方の空に鮮烈に浮かび上がっていた。オーレリア帝国を揺るがす、真の覇道が、今ここから始まろうとしていた。


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