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『オーレリア戦記』  作者: りあと
外伝『アンチアルマ避難民藩地』帝国歴303年
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オーレリア外伝『アンチルマ避難民藩地』その8

帝国歴303年11月――。

紅葉の赤や黄色が散り果て、落ち葉が舞い散る景色もいよいよ見納めが近づいてきた頃。冷たい初冬の風が吹き抜ける「アンチルマ避難民藩地」の一角にて、一際あやしい雰囲気を醸し出している簡易天幕が存在していた。

その天幕の中では、今日も今日とて極めて物騒な密談が交わされていたのである。

原因は、藩地内で急増している悪徳商人たちによる被害であった。戦火を逃れ、身一つで避難してきた人々の中でも、特に女性たちは亡き家族の形見や思い出の詰まったアクセサリー、ささやかな宝石などを大切に身につけていた。しかし、当面の生活費や現金を少しでも調達しようと商人に買い取りを打診したところ、足元を見られて不当な安値で買い叩かれたり、詐欺まがいの手口で騙し取られる事案が相次いでいたのである。

「思い出のある大切な宝物を騙し取るなんて許せないわ!!」

セシリアは怒りに肩を震わせ、今にも天幕を突き破らんばかりの大声を上げそうになった。 すかさずリゼリアが目配せを送る。察した黒髪の侍女ロゼッタが、素早い動きでセシリアの背後に回り込み、その口を両手で力任せに塞いだ。

「んご……っ!? おぐ……! ほむ……っ!」 「セシリア様、お静かに! 天幕の外に声が漏れてしまいます!」

さらには侍女エミーナまでが「セシリア様、落ち着いてくださいぃ!」と半泣きになりながら、必死になってセシリアの身体を暴れないように抑え込んだ。

暴れるセシリアを二人掛かりで宥める惨状を見つめながら、アルヴェリア親王妃リゼリアは静かに息を吐いた。

「セシリア。そんなに興奮しないで。落ち着いて話を聞いて欲しいの。……また、あなたの力が必要なのよ」

リゼリアがそう告げると同時に、天幕内の空気が一変した。 リゼリアは口を開くのをやめ、意識を集中させると、その場にいる全員の精神を直接繋ぐ「念話」へと急遽切り替えたのである。

今、この薄暗い天幕に集まっているのは――リゼリア、ベルナデット、セシリア、ロゼッタ、エミーナ。 そう、公には隠された古代超常の血脈、「リヴィエール一族」の血を引く女性たちだけであった。

『――聞こえるかしら、みんな。ここからは声に出さず、意識で会話をしましょう』

リゼリアの澄んだ声が、全員の脳裏に直接響き渡る。ロゼッタとエミーナが手を緩めると、セシリアは「はぁはぁ」と息を整えながら、心の中で尋ね返した。

『お姉様! 悪徳商人たちをギャフンと言わせるのよね!? 異能で吹き飛ばしちゃえばいいの!?』

『いいえ、セシリア。力任せの破壊は不合理です』 冷徹な侍女ベルナデット――「無慈悲のナデット」の思考が、刃物のように鋭く念話に介入してくる。 『相手は悪徳とはいえ、表向きは正規の商人。力で排除すれば軍や藩地の秩序を乱す結果となります。私たちが取るべき手段は、よりスマートで、かつ決定的な損害を奴らに与える方法です』

リゼリアは満足そうに頷き、本題となる衝撃の計画を念話で打ち明けた。

『――私達はこれから、泥棒をしようと思うの』

『ど、ど……ふんがっ!?』 あまりのパワーワードに、セシリアは思考だけでなく現実でも「ど」と叫びそうになり、再びロゼッタの手によって「ふんがっ」と口を塞がれた。

『セシリア様、心の声だけにしてください!』 『ご、ごめんなさいロゼッタ……! でも、お姉様、泥棒って……私たちが盗賊になるの!?』

リゼリアは優しく、しかし冷徹な計算を秘めた笑みを脳裏に浮かべた。

『そうよ。悪どい手口で民から奪い取った悪徳商人たちの金庫から、不正に蓄えられた財宝や物品を……私たちが「回収(泥棒)」するの。そして、ここからが本番よ』

リゼリアの頭の中に、帝国の詳細な地図が展開される。

『回収した物品を、そのままこの藩地で捌けば足がつきます。だから、帝国の南西部に位置する都市「アクスアルブ」へ極秘裏に転送し、あちらで売却して現金化するのよ』

アクスアルブ――。 現在、その都市は反乱勢力であるブランガ・オデュヌの支配下に置かれ、独立状態に陥っていた。そのため、帝国中央との人と物と金の正常な流通が完全に滞っている状況にある。 元々アクスアルブは、高品質な絹の生産と美しい錦織、そして豊かな銀の採掘によって絶大な財を誇っていた都市であった。流通が止まり、物資に飢えているアクスアルブの市場であれば、持ち込まれた貴金属や宝飾品は飛ぶような高値で取引される。

『現地アクスアルブには、潜伏している我がリヴィエール家の商人がいるわ』 リゼリアの解説を引き継ぎ、ナデットが手元の木札を弾くイメージを念話で共有する。 『セシリア様とエミーナ様の「空間跳躍」により、盗み出した財宝をアクスアルブの豪商へ瞬間輸送。向こうで売却させて莫大な金貨(現金)に変えさせます。そしてその現金を、再び空間調達の力で、この藩地へ飛翔させて持って帰ってくるのです』

エミーナが「ほわぁ……」と感嘆の思考を漏らした。

『アクスアルブの銀と現金を引き抜きつつ、こちらの資金源にするのですねぇ! でもナデット様、その莫大な現金で何をするんですかぁ?』

リゼリアが凛とした瞳で全員を見つめ返した。

『その豊富な現金を元手にして、騙し取られてしまった避難民の女性たちの宝物を、私たちが適正な価格(あるいは裏からの圧力)で買い戻して、持ち主の手に返してあげるの。そして、これから宝物を売って現金を作りたいという人からは、悪徳商人に渡る前に、私たちがどこよりも「適正で公平な価格」で買い取ってあげるための資金源にするのよ』

「……ッ!」

セシリアの胸が、熱い感動で満たされた。 ただの報復や泥棒ではない。悪徳商人の資金源を断ち切り、他国の独立都市から現金を吸収し、寒さに震える避難民の宝物と生活を守る――完璧にして、あまりにも爽快な「義賊作戦」であった。

『お姉様……素敵! 素晴らしいわ! 私、全力で泥棒(回収)するわ!!』

『よし、作戦名「義賊リヴィエール」。各員、直ちに行動を開始しなさい』

◇

作戦は、寸分の狂いもなく即座に実行に移された。

第一段階は「標的の特定と監視」である。 黒髪の侍女ロゼッタが、その「千里眼」と「予知」の能力を解放した。藩地内に居座る悪徳商人たちの天幕や簡易店舗を遠隔から透過して監視し、隠し金庫の位置、見張り台の配置、さらに夜間の見回りパターンを完璧に解明していく。

『ロゼッタです。東区画の悪徳商人ゴルドーの天幕、床下に二重底の鉄製金庫を確認。中には騙し取られた宝石類43点、金貨200枚。半径50メートル以内に監視の目なし。……決行できます』

『了解したわ。エミーナ、いくわよ!』

第二段階は「回収(潜入と調達)」。 セシリアとエミーナの「空間調達・物理干渉」の異能が火を噴いた。 セシリアが白い指先を空中で一閃させると、空間がわずかに歪み、悪徳商人たちの金庫の中身――不当に奪われた宝石、貴金属、不正な帳簿に至るまでが、音もなく根こそぎ空間を跳躍し、リゼリアたちの天幕の中へと次々と移送されてきた。

「ひやぁぁ! 瞬時に金庫が空っぽになっちゃいましたぁ!」 エミーナの手際も鮮やかだ。空間の微小な歪みを利用し、金庫の鍵を壊すことすらなく、中の財宝だけを綺麗に「抽出」していく。

「ふふっ、ざまあみなさい! 悪党どもからのお宝回収、完了よ!」

第三段階は「遠隔売却と資金還流」。 天幕の中に山積みとなった絢爛豪華な宝飾品の山。リゼリアはすぐさま「念話」を何百マイルも離れた南西部の都市アクスアルブへ飛ばした。

『――アクスアルブの協力者へ。今から大量の宝飾品を空間転送する。至急、絹と銀の富豪たちに最高値で売りさばき、現金を送り返しなさい』

セシリアとエミーナが再び手をかざすと、山となっていた宝飾品がフッと気泡のように消え去り、アクスアルブの潜伏商人の元へと一瞬で転送された。

そしてわずか半刻後――。

「……来ます!」ロゼッタが声を上げる。

天幕の中央の空間が大きく揺らぎ、ジャラジャラジャラ!!と凄まじい音を立てて、大量の「アクスアルブ特製・純銀貨と帝国金貨」の山が空から降ってきた。

「計算通りです」 ベルナデットが眼鏡を指で押し上げ、冷たく微笑む。 「流通が止まっていたアクスアルブの富裕層は、これらの宝飾品を喉から手が出るほどの高値で買い取りました。得られた現金は、当初の予想の140パーセント。これで、藩地全体の買い取り資金および返還補償金は完璧に確保されました」

「やったわね、みんな!」 セシリアはエミーナと手を取り合って跳ね踊った。

◇

翌朝――。

アンチルマ避難民藩地は、二つの大きな衝撃に包まれていた。

一つは、藩地に居座っていた悪徳商人たちが「金庫の中身が、鍵も壊されずに一夜にして影も形も消え去った!」と青ざめた顔で絶叫し、夜逃げ同然で逃げ出していったこと。

そしてもう一つは、藩地の一角に突如としてオープンした、親王妃直轄の「公正査定所(相談所)」の存在であった。

「あの……私、先日悪徳商人に、母親の形見のペンダントをたった銀貨1枚で騙し取られてしまって……」

涙ぐみながら相談所にやってきた若い避難民の女性に対し、窓口に座るセシリアはとびきりの笑顔で応対した。

「大丈夫よ! ほら、あなたの探していたペンダントって、これじゃないかしら?」

セシリアが机の下(アクスアルブから買い戻した品々の山)からそっと差し出したのは、紛れもなくその女性が失ったはずの、繊細な細工が施された銀のペンダントであった。

「あっ……!? これです! どうしてここに……!?」 「ふふ、ちょっとした『親王家の調査』で悪徳商人から回収したのよ。はい、どうぞ。それと、適正な価値として、追加の補償金(アクスアルブから吸い上げた銀貨)も払っておくわね!」

「そんな……! お金まで!? ありがとう、ありがとうございます……!」 女性はペンダントを胸に抱きしめ、ボロボロと感謝の涙をこぼした。

その様子を、相談所の奥からナデットとロゼッタ、そしてリゼリアが温かな目で見守っていた。

「ふふ、これでまた一つ、藩地の民の笑顔が戻ったわね」 リゼリアが微笑む。

「ええ。悪徳商人の資金を根絶やしにし、独立都市アクスアルブの富を藩地に流入させ、民の満足度を最大化する……。実に非の打ち所がない、最高に合理的な『泥棒』でしたね、リゼリア様」

ナデットの言葉に、リゼリアは楽しそうに悪戯っぽくウインクしてみせた。

寒風が吹き荒れる11月の避難民藩地。 しかし、一族の絆と密やかな「異能の義賊作戦」によって救われた人々の心には、どんな防寒着よりも暖かな、希望の灯火がしっかりと灯っていたのであった。

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