第63章『黄山原に散った誇り』
ビガンテ城が落ち、炎と煙が暮れゆく空へと立ち上る中、ムジンは城塞の高楼に立ち、遠く南西の空を見つめて
いた。
そこには、数千の命が消え去った惨烈な野――黄山原がある。
勝利はラシル王国のものとなった。奪われた国土は戻り、民は再び平和を取り戻すだろう。オーレリア
帝国との同盟も固く結ばれ、ラシルの未来は開かれたかに見えた。
しかし、私の胸を満たしていたのは、勝利の歓喜ではなく、底知れぬ空虚さと深い敬意であった。
「総司令官殿、何を考えておられるのですか?」
副官が心配そうに声をかけてきた。
「……クラーク・ダナミアのことだ」
私はぽつりと呟いた。
「我が軍は勝った。だが、私はあの一戦で、真に勝ったと言えるのだろうか。五万の軍勢で五千の死卒を押
し潰し、尊い若者の血を何千とも流して得たこの勝利に……」
「しかし、敵は滅びました。これでラシルは救われたのです」
◇
「ああ、そうだ。だがな、副官よ。国は滅び、城は灰燼に帰しても、消えないものがある」
ムジンはイリアードが黄山原で呟いた言葉を思い起こしていた。
クラーク・ダナミア。彼は王が狂気に陥り、国が滅びゆくことを全て悟っていた。勝利の希望などどこにも
ないことを知りながら、なぜあれほどまでに凄絶に戦えたのか。
それは王のためでも、勝利のためでもない。一人の武士としての「尊厳」のためだ。滅びゆく祖国への最後
の手向けとして、彼は自らの命と、愛する家族の命すら薪とし、燃え盛る炎となって黄山原を照らしたのだ。
「見よ、あの空を」
ムジンが指さした先、ビガンテ城を包む暗雲の切れ間から、小さく、しかし強く輝く一番星が現れていた。
「ダラーンという国家は歴史から消え去る。ギジル王の名は暴君として記憶されるだろう。だが……黄山原
で最後まで誇りを捨てずに戦い抜いたクラークという名だけは、千年の先まで、語り継がれるはずだ」
私は静かに腰の剣を抜き、亡きクラーク・ダナミアに捧げるように、夕闇の空へと掲げた。
吹き抜ける冷たい風には、遠い黄山原の泥の匂いと、凄絶な魂の余韻が今もなお残っているようだった。
ラシル王国の将軍として、ムジンは生き残った。しかし、私の心の一部は、あの黄山原で、あの不屈の鬼神とと
もに永遠に留まり続けるのだろう。
終わりなき戦火の果てに訪れた静寂の中、ラシルの将軍はただ黙祷を捧げ続けた。




