第60章『王都ビガンテへの進撃)
五度目の全軍突撃によって、ついに黄山原の惨劇は終わりを迎えた。
泥と血の海の中、もはやクラークの周りには百人も残っていなかった。槍は折れ、刀は刃こぼれし、鎧は原
形を留めぬほど打たれている。それでも敵将クラークは一歩も退かなかった。
「来い! 我らダラーンの魂は、この黄山原に潰えず!」
荒野を揺るがす叫びとともに、彼はただ一人、数千のラシル兵のただ中へと飛び込んできた。無数の槍が一
斉に彼の肉体を貫き、巨大な将星が泥土へと倒れ伏した。
静寂が、黄山原を支配した。
五万のラシル軍から、勝利の歓声を上げる者はただの一人もいなかった。残されたのは、骨の髄まで浸み込
むような徒労感と、異様な静けさだけであった。私は馬から降り、冷たくなったクラークの遺体に歩み寄る
と、静かに深く頭を下げた。
「見事な……実に見事な最後であった、クラーク殿」
だが、我々に感傷に浸る時間は許されていなかった。丘の上から戦況を見つめていたオーレリア帝国の親
王、イリアードが静かに馬を寄せ、冷徹な一言を放った。
「ムジン・ユシン殿。足止めは終わった。ただちに全軍を再編し、王都ビガンテ城へ向かわれたい。ギジル
王の息の根を止める刻だ」
◇
イリアードの言葉には、自国の圧勝を確信する揺るぎない冷酷さがあった。帝国の十三万の大軍と我が
ラシル軍の残留部隊は、黄山原の血泥を拭う間もなく、ビガンテ城への行軍を開始した。
ビガンテ城への道のりは、ダラーン王国の滅びの輪郭を露わにしていた。かつて我が国の村々を焼き払い、
民を虐殺したダラーンの精鋭たちは、すでに王都を取り囲む連合軍の包囲網の中に閉じ込められている。
「将軍、ビガンテ城の周囲には、すでに帝国軍の水陸双方からの部隊が陣を張っております。城内からの脱
出線は完全に途絶しました」
副官の報告を聞きながら、ムジンは遠くにそびえるビガンテ城の高楼を見上げた。
かつては難攻不落と謳われた黒鐵の城塞。しかし今、その城郭を包み込んでいるのは、勝利の威風ではな
く、狂乱と猜疑心の果てに漂う死の影であった。ギジル王は依然として高楼の玉座に鎮座し、金杯の酒をあお
りながら、現実を覆い隠すための虚しい勝鬨を兵に挙げさせているという。
「前線が崩壊し、黄山原でクラーク将軍が討ち死にしたという報せすら、ギジル王の耳には届いていないの
か……」
ムジンは痛恨の思いで呟いた。忠臣の諫言を退け、媚びへつらう者の言葉のみを信じた王。国が滅びゆく最後の
瞬間まで、己の幻想に溺れ続けるその姿は、あまりにも惨めで、そして恐ろしかった。




