第54章『栄枯盛衰』
ビガンテ城の宮廷は、前線からの狂乱した勝鬨(勝ちどき)と、裏腹に立ち込める冷ややかな緊張感に包まれていた。
ラシル王国の国境線を突破したダラーン王国の精鋭部隊は、連戦連勝の勢いでラシル王国を絶体絶命の城塞へと追い詰め、攻め落とすのはもはや時間の問題であった。しかし、その圧倒的な優勢の影で、大国・オーレリア帝国によるラシル王国への巨大な援軍が水陸から背後に迫りつつあった。
高楼の玉座に腰を沈めたギジル王は、金杯の酒をあおりながら、眼下に広がる戦果の報告に笑みを浮かべていた。かつて「ダラーンの奇跡」と称された英明さは、ラシル王国を徹底的に討ち滅ぼそうとする執念と過度の親政、猜疑心の果てに荒々しい狂気へと変わっている。忠言を繰り返したソージュは獄で没し、スライロは流罪となっていた。直言する者は排せられ、王の耳に届くのは勝鬨に合わせた媚びへつらいばかりであった。
「大王様、背後よりオーレリア帝国の救援軍が押し寄せております! ダラーン王国征討軍は十万を超え、すでに海を渡って我が国の背後を突く構えです……!」
意を決して進み出た側近の声に、王は不機嫌そうに鼻で笑った。 「ラシル王国の息の根を止めるのが先だ。オーレリア帝国の援軍など恐れるに足らん。我が軍の圧倒的な武力でラシル王国を潰し、そのまま帝国の軍勢も跳ね返してくれよう」
王城がラシル王国攻略の狂熱に湧く夜、兵曹の詰所には一人たたずむ将軍・クラークの姿があった。彼は静かに刀身を布で磨き、冷たい月光を跳ね返す鋼を見つめている。
「将軍、ラシル王国を追い詰めている前線部隊の背後へ、オーレリア帝国とラシル王国の挟み撃ちの陣が完成しつつあります……! このままでは我が軍が挟殺されます!」
駆け込んできた部下が声を震わせる。ラシル王国を壊滅させようと前傾姿勢を深めるダラーン王国軍の背後は、オーレリア帝国の大軍に対してあまりにも無防備であった。勝利の絶頂から一転して逃げ場のない挟み撃ちの罠へと嵌まり込もうとしている。
クラークは手を止めず、静かに呟いた。 「一国の存亡は天の命にあらん。だが、臣下の義は己の命を尽くすことにある」
ラシル王国を圧倒的に攻め落とそうとする自軍の背後に、巨大な帝国の影が確実に迫っている。逃走の道はない。クラークは澄んだ瞳で、迫りくる過酷な運命をじっと見据えていた。




