『醜き仮面と恋の光』
季節の巡りは早く、翡翠宮の庭園に咲く花々が何度か蕾を解き、再び散っていくうちに、二人の少女はめざましい成長を遂げていた。
フレデリカの薫陶を受け、琴術のみならず立ち振る舞いまで磨かれたリゼリアとセシリアは、年を追うごとにその美しさを極めていった。リゼリアの醸し出すどこか神秘的で透明感溢れる佇まいと、セシリアの愛らしくも華やかな洗練された面影。幼かった少女たちは、遠目からでも目を惹くほどに眩しい美貌の芽を咲かせつつあったのである。
しかし、その成長を心から喜びつつも、誰よりも深く憂慮していたのが伯母である婕妤フレデリカであった。
「後宮という場所は、時に美しいというだけで嫉妬の標的となり、権力闘争の歪みな不始末に巻き込まれる……。まだ後ろ盾も持たぬ幼いこの子たちが、そのあまりに目立つ美貌で余計な災いを引き寄せてしまってはなりません」
ある夜、フレデリカは二人を鏡の前に座らせ、優しく、しかし真摯な声で後宮の残酷な現実と、己を守るための『仮面』について語ったのだった。
◇
次の日の朝から、翡翠宮の身支度の間には、異質で重苦しい日課が加わることとなった。
「はい、リゼリア。動いてはダメですよ。筆の先を滑らかに、こうして……」
フレデリカ自らが調合した、薬草と特殊な鉱物を練り合わせた塗料。肌に害はなく、水や汗では簡単に落ちないその特別な化粧料を用いて、二人の顔に『呪い』のような塗彩が施されていく。
リゼリアの白く透き通った左頬には、まるで生まれつきの大きな腫瘍か醜い痛々しい痕であるかのように、青黒い大きな痣が描き出された。右側の端正な顔立ちと対比されることで、その痣はいっそう痛々しく、見る者に忌避感を抱かせる雰囲気を纏わせる。
一方、幼いセシリアの肌には、びっしりと無数の茶色いそばかすと、赤く膿んだような肌荒れや吹き出物の塗料が散らされた。無邪気で可愛らしかった顔立ちは、一転して不衛生で醜悪な印象を与えるものへと変貌を遂げていた。
「……うん、完璧ね。これならば宮廷の者たちも、あなたたちに余計な好奇の目を向けることはないでしょう」
「はい、伯母様。お心遣い、深く感謝いたします」
リゼリアは頭を下げた。自分たちの身を守るためのフレデリカの苦渋の決断であり、愛情ゆえの教えであることは痛いほど分かっていた。セシリアも「変なお顔ー!」と最初は面白がり、お互いの顔を見合わせてケラケラと笑っていた。
だが、日が経つにつれ、リゼリアの胸には重苦しい陰りが落ち始めるのであった。
◇
リゼリアが毎日、鏡の前で自らの顔に青痣を描きながら密かにため息をつくようになった理由——それは、翡翠宮で共に過ごすようになった第五皇子の存在であった。
翡翠宮を頻繁に訪れ、時に共に学び、琴の音に耳を傾けてくれる第五皇子。彼の真直ぐで温かな眼差し、ふとした時に見せる不器用な優しさに接するうち、リゼリアの幼い胸の中には、言葉にできない甘く切ない感情が芽生えていたのだった。
(……皇子様は、私のことをどう思っていらっしゃるのだろう)
鏡の中に映る自分の姿を見るたび、胸が押し潰されるような痛みに襲われる。顔の半分を覆う気味の悪い青痣。朝、どんなに丁寧に髪を整えても、どれほど姿勢を正しても、この不気味な痣がすべてを台無しにしているように思えた。
もし、この醜い塗彩のない本当の素顔を見せることができたなら。皇子様は私をもっと……。
だが、そんな浅はかな願いはすぐに打ち消さねばならなかった。後宮での平穏を守るため、そして何より伯母であるフレデリカの深い教えを破るわけにはいかない。
「私は……この痣のままでいいの。これでいいのよ……」
一人自室の鏡の前で呟くリゼリアの瞳から、一筋の涙が青痣の塗料を濡らして零れ落ちた。
◇
ある日の午後、日差しが木々を黄金色に染める頃、リゼリアは庭園の東屋で一人、琴の練習の合間に休憩を取っていた。
顔の左半分には、今日もくっきりと痛々しい青痣が描かれている。風が吹き抜け、長い髪が揺れた瞬間、背後から足音が近づいてきた。
「リゼリア、ここにいたのか」
声の主に振り向き、リゼリアは思わず息を呑んだ。そこに立っていたのは、気品ある仕立ての服を纏った第五皇子であった。
「皇子様……! お戯れを。このような場所においでとは知らず、失礼いたしました」
リゼリアは慌てて立ち上がり、頭を下げた。そして無意識のうちに、青痣のある左頬を隠すように、右手をそっと頬に添え、顔を少し背けてしまう。
「頭を上げてくれ、リゼリア。……どうしたのだ? 私と目を合わせようとしないが、何か気に病むことでもあるのか?」
「いいえ……そのようなことはございません。ただ、私のこのような顔をお見せするのが……申し訳なくて……」
伏せ目になり、声を震わせるリゼリア。第五皇子は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、静かに歩み寄り、リゼリアの目の前で足を止めた。
◇
「顔のことか?」
第五皇子の穏やかな声が響く。リゼリアは生きた心地がしなかった。皇子のような高貴で美しいお方に、このような醜い痣を持った姿を凝視されることが、どれほど残酷な苦痛であるか。
だが、次に響いた皇子の言葉は、リゼリアの予想を大きく裏切るものであった。
「リゼリア。私はな、お前のその痣など、一度たりとも醜いと思ったことはないぞ」
「え……?」
驚いて思わず顔を上げたリゼリアの瞳を、第五皇子はまっすぐに見つめ返していた。
「肌にどのような痣があろうと、そばかすがあろうと、私が見ているのはそこではない。お前が琴を奏でる時の清らかな心、優しく澄んだその瞳、そして他者を思いやる気高さだ。お前の美しい佇まいは、そのような表面の傷ひとつで損なわれるものではない」
「皇子……様……」
「それに……」と、第五皇子は少し照れくさそうに微笑んだ。「お前が時折見せる、その一生懸命な表情は、私にとって誰よりも可憐に映るのだから」
その温かい言葉が、リゼリアの凍りついていた心を優しく溶かしていった。左頬の痛々しい痣ではなく、自分という存在そのものをまっすぐに見つめてくれている。その真実を知った瞬間、これまで抱えていた葛藤と不安が、温かな感動の涙となって溢れ出した。
「……ありがとうございます、皇子様……っ」
偽りの『醜い仮面』を被りながらも、心を通わせることができたという事実は、幼いリゼリアの胸に小さな自信と、消えることのない恋の光を灯したのであった。
◇
夕闇が翡翠宮を優しく包み込む頃、自室に戻ったリゼリアは、静かに鏡の前に腰掛けた。
濡らした布で左頬を優しく拭うと、青黒い塗料が滑らかに落ち、下から白く透き通るような、息を呑むほど美しい素顔が姿を現す。
鏡の中に映る本来の自分を見つめながら、リゼリアはそっと胸に手を当てた。
「伯母様……私はこれからも、この仮面を被り続けます。後宮で生き抜くために、そして大切な翡翠宮を守るために」
だが、その決意はもう、朝のような暗い孤独に満ちたものではなかった。
いつの日か、後宮の風浪を乗り越え、この偽りの塗彩を永遠に洗い流せるその時が来たなら——真っ直ぐに自分を見てくれたあのお方に、一番の微笑みと共にこの素顔を届けるのだと。
秘められた幼い恋心と誇りを胸に、リゼリアは夜の静寂の中で、明日もまたその頬に偽りの痣を描く準備を整えるのであった。




