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『オーレリア戦記』  作者: りあと
『オーレリア戦記』帝国歴325年
258/287

『血染めの黎明、惨憺たる撤退』

辺境イメイルの闇を切り裂いた激闘の夜。

不意を突かれた五万の帝国軍は、襲いかかる無数の火矢と硝煙の中で甚大な被害を出していた。本陣の防備を固めていた大将軍バルドゥインは、怒号とともに押し寄せる反乱軍の只中へと突入し、凄まじい鬼神のごとき奮戦を見せたものの、幾重にも重なる敵の包囲網と絶え間ない刃の前に倒れ、ついに討ち死にを遂げた。また、混乱の中で防衛陣形を立て直そうと乱れ髪を振り乱していた副将ハリス・ボルゲーゼも、闇から現れた伏兵の死角からの刃に胸を貫かれ、名門の誇りとともに無念の戦死を遂げたのだった。

しかし、総大将たる皇太子リアムのもとへ疾風のごとく駆けつけた皇女シンシア、四つ葉堂の巫女ココロギ、そして聖騎士ツルギとミタマの四人は、圧倒的な凄絶さで無双の戦いぶりを披露した。シンシアの『空斬水鏡』が巻き起こす凄まじい竜巻は敵兵を次々と吹き飛ばし、ココロギたちの神速の支援と武勇が、崩壊寸前だった本陣の核心を守り抜いた。

皇太子リアムもまた、自ら聖剣を振るって獅子奮迅の働きを見せ、迫り来る敵勢を凄まじい気迫で押し返し続けた。

やがて、乱戦の末に夜襲そのものはどうにか退けることに成功した。

しかし、地平線が仄白く染まり始め、夜明けを迎えた戦場に広がっていたのは、絶望的な光景であった。 天幕は赤黒く焼き払われ、大地には無数の兵たちの遺体と破壊された武具が散乱している。頼りとする大将軍バルドゥインと副将ハリスという二大将領を同時に失い、五万を誇った軍势の指揮系統は完全に麻痺していた。さらには地元の地形を熟知する反乱軍のゲリラ的な攻撃によって損害は甚大を極め、夜襲を防ぎ切ったとはいえ、残された兵力と疲弊した士気では、このまま作戦を続行することは到底不可能な状態に追い込まれていた。

朝日が血に染まったイメイルの荒野を照らし出す中、聖剣の柄を握りしめたまま佇むリアムの顔には、生還の安堵ではなく重い苦渋の色が浮かんでいた。

「……ハリスも、バルドゥイン将軍も失ったか……」

血と硝煙の匂いが立ち込める冷たい朝風の中、リアムは力なく呟いた。

『空斬水鏡』を携えたシンシアが、返り血で汚れた衣服のままリアムの傍らに寄り添う。その瞳には残涙はなく、厳格な決意だけが宿っていた。

「夜が明けました。敵も態勢を整えて追撃してくるはずです。指揮官を失った兵たちをこれ以上留め置けば、それこそ全滅を免れません。ただちに後方へ全軍撤退の指示を」

ツルギとミタマも周囲の警戒を怠らず、ココロギは静かに傷ついた兵たちの治療に当たっていた。

リアムは燃え残った天幕と、散っていった将兵たちの姿を一度だけ強く見つめ直すと、深々と息を吐き出し、力強く聖剣を鞘へと収めた。

「全軍に伝達! 我らは一度陣を引く! 残存部隊をまとめ、負傷者を収容しつつ後方の防衛線まで撤退せよ!」

皇太子の力強い命が、朝モヤの立ち込める戦場に響き渡る。 名将たちの死という甚大な犠牲を払い、無双の活躍によってかろうじて全滅を免れた帝国軍であったが、イメイルの反乱鎮圧という目的は潰え、惨憺たる撤退戦という新たな試練がリアムたちに襲いかかろうとしていた。


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