『破邪の光と紫の狂人』
襲撃は、間髪を入れずに始まった。 会場には警備や式典参列のため、かなりの数の聖騎士たちが配置されている。あまりに大胆不敵な奇襲であったが、その理由をセシリアたちはすぐさま察することとなった。
此度の刺客は、オクタヴィアで放たれた刺客と同じではない——『紫の憑依』によって正気を失い、狂人化した者たちの群れだったのだ。 聖騎士とは名ばかりで、その実態はただの生身の人間である。特別な霊力など持ち合わせていない彼らは、狂乱する襲撃者たちの手によって、次々と餌食となって倒れていった。
初めて体験する「結界による異能の喪失」に激しく動揺したエミーナは、すがるようにセシリアを見つめた。 セシリアはすぐさま隣のココロギと視線を交わす。
「ココロギ、頼んだわ」
ココロギは静かに力強く頷くと、手にした錫杖へと視線を落とした。 錫杖が黄金色の眩い光を帯び始め、やがてその輝きは先端に連なる四つの金環へと集まり、一つの巨大な光球を形作っていく。
ココロギは石突を両手でしっかりと握りしめると、まるでハンマー投げのように大きく身を躍らせ、全身で回転し始めた。
「神の力を宿せ、聖なる光よ! 邪悪なる紫の膜を打ち破りたまえ——! いち! に! さん! えいっ!!」
放たれた光球は猛烈な勢いで上空へと突き進み、巨大化しながら紫の障壁へと激突した。 パリィン——と、薄いガラス板を粉砕したかのような甲高い音が、大気を揺らして鳴り響く。
「成功ね!」 ココロギが弾けるような笑顔を向けると、セシリアも『至高の光巫女』へ悪戯っぽく微笑み返した。
「さあ! 思い切り暴れましょうか!」
ツルギとミタマの双子が、猛然と乱戦の渦中へ躍り出る。エミーナの持つ錫杖『破邪顕正』が眩しく輝き、『東海の鬼女』の異名を持つ彼女の通った後には死体の山が築かれていった。ココロギもへっぴり腰ではあるものの、がむしゃらに奮闘している。
その頼もしい戦いぶりを見届けて安心したセシリアもまた、戦場へと足を踏み入れた。
——だが、セシリアの戦いぶりは、従来のそれとは一線を画していた。
彼女に狙われた紫の狂人たちは、戦う間もなく次々と姿を消していく。空間転移させているのだ。
(わざわざ無駄な体力を消費してまで、真面目に付き合う必要なんてあるかしら?)
数々の死線を潜り抜け、酸いも甘いも噛み分けた大人の女性が出した答えは、至極シンプルなものだった。襲い来る狂者たちを、次々と極寒の地——北極へと送っていく。
やがて、全身に妖しい紫のオーラを纏い、剣を携えた貴族風の男がセシリアの前に躍り出た。
「俺に遭遇したのが運の尽きよ。生きて帰れると思うなよ、聖母さんよぉ」
エミーナ、ココロギ、ツルギ、ミタマの全員がその男の尋常ならざる存在感に気づいた。この男こそが、今回の事件を裏で操る黒幕に違いない。 一同はゴクリと固唾を呑み、息を潜めて事の顛末を見守った。
セシリアは男を一瞥すると、不敵に鼻で笑い、パチンと指を鳴らした。
「えっ?」 「ん?」 「あれ……?」 「うそでしょ!?」
「あ、あの方……消えてしまいましたね……」
ココロギは呆然とした様子で、先ほどまで男が立っていた空白の場所を見つめている。 セシリアは満足げに、手に付いた埃を払うような仕草をしてみせた。
「終わったわね、ココロギ。さあ、帰りましょうか?」 「あ、あのう……セシリア様。あの方は一体どこへ……?」 事態に追いつけないエミーナも、おずおずと駆け寄ってくる。
「北極よ」 「ほ、北極!?」 「だって、いちいち相手をするなんて面倒じゃない。あいつの目見たかしら? 相当キマっていたわよ。正面から戦ったら疲れるだけだし、これこそが新しい時代の戦い方よ。楽でいいじゃない?」 「そ、そりゃそうですけど……あまりにあっさりしすぎていませんか!?」
「長生きしたかったら、塩分と無駄な苦労は控えめにすることね」
歳月などどこ吹く風のカリスマ貴婦人は、愛らしく片目をキュッと瞑ってみせるのであった。




