『紫影(しえい)の戴冠式』
極東の島々を真夏の日差しが焼き尽くし、やがて夜の帳が降りる頃——漆黒の夜空に横たわる天の川は、あたかも誰かがでっち上げた虚構の物語に、確かな説得力を与えているようだった。
七月七日。聖ゲンドラス教国の聖都クリスタルヘイムでは、一大記念式典が執り行われようとしていた。
勢いと思いつきだけで建国されたこの新興宗教国では、古来より伝わる七夕の風習に抜け目なく便乗し、「これこそが我らが教義の由緒ある行事である」と民を信じ込ませる手段として、この式典を利用していたのである。聖都へ集う人々は、賑やかな観光を楽しみ、食べ歩き、短冊に切なる願いを認めて祈りを捧げ、土産物を手にして満足げに帰路に就く。真実がどうあれ、それはそれで一つの幸福な姿であった。
しかし、今年の式典にはいつもと異なる、浅からぬ意味が込められていた。 新たな聖騎士団長の就任、そして新たな『神託の聖母』の誕生である。
司教兼新たな聖騎士団長には、教皇ゲンドラス・サイリュンの長男であるアレス・サイリュンが就任することとなった。これまで決して公にされなかった後継者の姿を一目見ようと、人々の好奇の視線が注がれる。
一方で、既にその名を轟かせている娘のココロギ・サイリュンには、『至高の光巫女』の称号が授与される予定であった。遥か西の古都ラーナやオーレリアのオクタヴィアにて幾多の「奇跡」を披露してきた彼女の登場もまた、大きな注目を集めている。
そして式の白眉たるは、『神託の聖母』の交代式である。「あらゆる人は等しく母親から生まれる」——その教義ゆえに教祖であり、教皇の上に君臨する絶対的象徴。その新たな威容を拝しようと、十万人を超える信徒がクリスタルヘイムへと押し寄せていた。
◇
「エミーナ、とても素敵よ」
純白のドレスに身を包んだ新たな『神託の聖母』へ、セシリアはそっと白絹の宝冠を戴かせた。
式場からは、地鳴りとも歓声ともつかぬ熱狂の渦が巻き起こる。そこへ、先日セシリアとココロギが徹夜で作り上げた長柄の錫杖——『破邪顕正』が手渡された。『黄金の獅子剣』と『聖剣アウレリウス』の意匠を模倣して織り交ぜたその杖は、四つ葉のクローバーを思わせる深い緑の輝きを放っている。未知なる威力を秘めたその杖からエミーナが翠緑の光を放ってみせると、信者たちの間から感嘆と動揺のどよめきが沸き起こった。
式典は参列者の満足とともに、何事もなく大成功のうちに幕を閉じるはずであった。
しかし——事態はセシリアとココロギが最も危惧していた、最悪のシナリオへと転がり始めていく。
突如として空を覆い尽くした暗雲。一筋の落雷が鼓膜を裂いた瞬間、薄紫色の巨大な幕が天を覆うように広がり始めた。
『紫の結界』——。
聖なる都クリスタルヘイムに、再び悪夢の惨劇が訪れようとしていた。




