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『オーレリア戦記』  作者: りあと
『オーレリア戦記』帝国歴324年
241/287

『暗雲の解』

帝都オクタヴィア。絢爛たる白亜宮から目と鼻の先、広大な敷地にそびえ立つ重厚な館があった。政商として帝国の経済を動かす「リヴィエール商会」、そして中央銀行としての役割すら果たす「リヴィエール銀行」。その双方を統括するリヴィエール本家――財団の本拠地である。

重厚な調度品で整えられた応接室には、静寂と緊張感が満ちていた。理事長レオン・リヴィエールの妻であり、財団の実務と情報網を支えるベルナデット。凛とした品格を漂わせる貴妃セシリア。そして、深く思索に沈むココロギ。三人による密談が執り行われていた。

「貴妃様、ご依頼いただいていた調査の報告でございます」

ベルナデットは手元に用意した厳重な資料を広げると、知的な眼鏡の奥で鋭い眼光を光らせた。

「市場の動向において、紫水晶(アメジスト)の取引が不自然なほど顕著になっております。他の宝石類が軒並み価格を下げているのに対し、紫水晶だけはわずかですが着実に価格を切り上げているのです」

「紫水晶……」

ココロギが言葉を反芻し、半ば上の空の独り言のようにぽつりと呟いた。「誠実、心の平和、高貴、真実の愛……」

宝石が持つ美しき石言葉をなぞるココロギに対し、セシリアはどこか自嘲気味な苦笑を浮かべた。

「彼らが悪事に使っているのだとすれば……意味は正反対ね。虚偽、苦悩、卑賤、偽りの愛、といったところかしら」

場をやわらげるようなセシリアの言葉に、ベルナデットは深く肯き、さらに裏付けとなる詳細を重ねた。

「紫水晶は、教団が各地でばら撒いている宝石にも含まれています。本来なら市場での流通量は膨大であり、価格は下がるはずなのです。にもかかわらず値が上がっているということは、どこかの組織がそれを上回る相当な量を買い占めている証拠にほかなりません」

ベルナデットは資料のページを繰り、さらに不可解な二つの品目を指し示した。

「加えて、見過ごせない怪しい取引がふたつございます。『神古銀鉱(じんこぎんこう)』と『紫光巻貝(しこうまきがい)』です」

「神古銀鉱と紫光巻貝……? 初めて耳にする名ね。どのようなものなの?」

セシリアが首をかしげると、ベルナデットは声音をひときわ低くした。

「神古銀鉱は、目に見えない“何か”を常時放出している正体不明の鉱物です。手をかざすと、仄かな温かみを感じると言われています。採掘場所も定かではなく、用途も不明。それにもかかわらず、裏社会では莫大な金額で取引されているのです」

一息置き、ベルナデットはもう一つの品目についての説明を続けた。

「そして紫光巻貝ですが……こちらも極めて高額です。やや深い磯に生息し、紫色に発光する珍しい巻貝なのですが、その内臓から採れる特定の分泌液精製品が目的とされています。希少性が尋常ではなく、わずか1グラムの物質を得るために千個以上の貝を潰さねばなりません。このような品を大金で買い漁る理由が解明できず、極めて危険な動向であると看破しております」

静まり返る室内に、セシリアの小さなため息が落ちた。

「謎の鉱物に、特殊な貝の分泌液……。たとえそれらの情報を私たちが集めたところで、彼らが何を作り出そうとしているのか、その製法までは分からないわ。八方塞がり、打つ手無しということかしら……」

重苦しい沈黙が落ちようとしたその時、ココロギが静かに口を開いた。

「……これは、私の推測に過ぎないのですが」

二人の視線がココロギに集まる。

「人の持つ“色”も、関係しているのではないでしょうか?」

「人の持つ色?」

首をかしげるセシリアに、ココロギは言葉を繋いだ。

「はい。例えばセシリア様で言えば『黄色』です。思い出してください、あの3月の襲撃事件の際、彼らの狙いは明らかにセシリア様お一人でした。紫という属性にとって、真に対立し脅威となるのは『黄色』なのです。単なる気のせいでしょうか……?」

その言葉は、暗闇の中に一筋の閃光を走らせた。ベルナデットが即座に思考を巡らせる。

「黄色の宝石、あるいは黄金、金糸……それらを対抗策として試してみてはいかがでしょうか?」

「そうね……」

セシリアの瞳に、かすかな光が宿った。彼女は胸に手を当て、何かを確かめるようにゆっくりと立ち上がった。

「それと……もう一つ、素晴らしい考えが浮かんだわ。黄色で、そしてとても強いものを、私たちはすでに知っているはずだもの」

「黄色で、強いもの……ですか?」

首をかしげる二人に対し、セシリアはふっと柔らかく、だが確信に満ちた笑みを浮かべた。

「ええ、そうよ。なんだか、とても良い予感がしてきたわ」

暗雲が立ち込めていた密談の場に、先ほどまでの停滞感はもうなかった。セシリアの晴れやかな表情が、迫り来る陰謀を打ち払う希望の兆しを物語っていた。

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