『元会儀礼』
帝国歴305年、元旦。
帝都オクタヴィアの冬の夜明けは遅く、張り詰めた空気は肌を刺すように冷たい。しかし、皇帝の居城たる白亜宮は、まだ星が瞬く未明の刻から、言葉に尽くせぬ熱気に包まれていた。
宮殿の広大な門前には、松明の炎が幾重にも連なり、暗闇の中に赤々とした光の城壁を築き上げている。「火城」と呼ばれるこの壮麗な光景の中を、新年の祝賀に参列する文武百官の馬車が、粛々と進み入っていった。
大極殿へ続く大階段を、それぞれの思惑を胸に秘めた重臣たちが歩を進める。
民政を統括する新たなる司徒、マートル・フォン・ブライトクロイツは、甥である第4皇子ロデリック――ソブリナ親王の存在を背後に感じながら、威風堂々と歩を進めていた。その後ろには、土木事業を統括する司空ベアトリクス・フォン・オルデンブルク。そして軍事を統括する太尉ヴァレリオ・フォン・ボルゲーゼが、固い足取りで続く。
先んじて更迭されたシュタインベルク親子の影は、すでにこの宮廷から消え去ろうとしていた。新たな尚書令の地位には、貴妃エレアノールの兄であるアルベリック・ボーフォールが就き、その傍らでは侍中のゲオルグ・フォン・フェルゼンや、中書令のバザラード・ヴァロアが静かに機を窺っている。
「皇帝陛下、お成り――」
内侍監ギルバート・ウィンザーの高く格式ある声が広大な殿内に響き渡ると、数千の臣下が一斉に平伏した。
玉座に君臨したのは、弱冠27歳の若き皇帝アラリック。その鋭い眼差しは、眼下に広がる権力の縮図を冷徹に、しかし傲然と見下ろしていた。
皇帝の左右を固めるのは、近衛軍団軍団長レイナルド・デル・ペーレ。そして、禁軍の長である中郎将バルトロメウス・サヴォイアや、親衛隊長バルドゥイン・ダキタニアが率いる精鋭武官たちだ。正六品のロドリック・シュミットやガウェイン・スミスらも、一糸乱れぬ直立不動の姿勢で、一歩も近寄らせぬ威圧感を放っていた。
玉座の側方には、後宮の頂点たる女性たちが並ぶ。
アラリックの従妹であり、24歳にして威厳を纏う皇后ロザリア・フォン・シュタインベルク。その傍らには、ボーフォール家の栄華を背負う貴妃エレアノール、賢妃ベアトリクス・ヴァロア、淑妃ブランシュ・ウィンザーら上位の后妃たちが、絢爛豪華な衣装に身を包んで控えていた。恵妃マチルダ、徳妃ジゼル、昭儀イザベルといった若き妃たちもまた、その美を競い合っている。
「元会儀礼」の幕が上がる。
まずは、万国からの朝貢と君臣の絆を示す儀式だ。帝国全土から集まった地方官のみならず、世界各国からの使節団が、色とりどりの異国の衣装を翻して玉座の前へと進み出た。彼らは至高の宝物を捧げ、アラリックの長寿と新帝国の不滅の栄光を称える祝辞を述べた。
やがて荘厳な拝賀の儀式が終わりを告げると、大極殿は一転して、華やかな「上寿酒礼」の宴へと移行する。
皇帝から臣下たちへ、惜しみなく豪華な酒食が振る舞われた。宮廷楽団が奏でる壮大な雅楽の旋律が響き渡り、人々の顔に酒精による高揚感が宿り始めたその時、アラリックが静かに手を挙げた。
音楽が止まり、満座の視線が中央の舞台へと注がれる。
「これより、新たな妃の舞を披露させる」
皇帝の言葉に応じるように、一人の少女が進み出た。
彼女の名はルネッタ・リヴィエール。わずか17歳の、新進気鋭の昭容である。
ルネッタは、異母弟であるアルヴェリア親王イリアードの側室セシリア・リヴィエールの妹であり、イリアードやその正妻リゼリアにとっては従妹にあたる血筋だった。皇帝アラリックの強い希望により、アルヴェリアのアクアパレスに居るイリアードの母親フレデリカ・リヴィエールへの打診を経て、先月12月に入宮したばかりの少女であった。
静寂が殿内を支配する中、再び柔らかな音楽が紡ぎ出される。
ルネッタの身体が、しなやかに宙を舞った。
その動きは、まるでオクタヴィアの冬空に舞う一条の光のようであり、あるいは清らかな泉のせせらぎのようでもあった。17歳とは思えぬ妖艶さと、少女特有の無垢な瑞々しさが同居した見事なパフォーマンスに、百官は息を呑み、后妃たちの間にはかすかな緊張の糸が走る。
ルネッタが麗しく舞い踊るその姿を、異母弟であるソブリナ親王ロデリックやアーカル親王ジョシア、そして遠くアンチルマからこの日のために参列したアルヴェリア親王イリアードが、それぞれの複雑な眼差しで見つめていた。
白亜宮に響き渡る万雷の拍手。
それは、帝国歴305年という新たな激動の時代の幕開けを告げる、美しくも苛烈な始まりであった。




