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『オーレリア戦記』  作者: りあと
外伝『アンチアルマの復興』帝国歴304年
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『暖衣と温泉の初冬』

十一月を迎え、西の古都アンチアルマには本格的な冬の到来を告げる冷気が満ちていた。かつて廃墟の広野だった街は、総督アルヴェリア親王イリアードのもと、十三万の帝国軍、五千の親王軍、そして数万のアンチアルマ領民による尽力によって目覚ましい復興を遂げつつあった。


「立冬」の節目を迎え、イリアード総督は冬の訪れを迎える「迎冬(げいとう)」の儀式を執り行った。それに合わせ、都から届いた防寒資材や先月加工を完了させていた大量の毛皮、綿入れの衣類――「暖衣(だんい)」が、兵士や領民へ一斉に下賜されることとなった。


広場に集まった十三万の帝国兵と五千の親王軍を前に、イリアードが高らかに宣言する。


「全軍および領民に告ぐ! 厳しい冬が訪れるが、我が陣営に凍えに倒れる者は一人も出さぬ! この暖衣を受け取り、冬の寒さを跳ね返せ!」


「おおおおっ!」


歓声が響き渡る中、厚手の防寒着が兵士たちへ配られていく。その効率的な配給システムを裏で仕切っていたのは、侍女長のベルナデットであった。「メガネのナデット」の異名を持つ彼女は、寸分の狂いもない配置と指示で、十数万人分の資材配給を最速・最効率で完了させていく。


「ベルナデット、相変わらず見事な手際ね」


親王妃リゼリアが感心したように声をかけると、ベルナデットは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、淡々と応じた。


「当然です、リゼリア様。防寒着の分配遅延は兵士の体力低下に直結します。配給ラインの最適化により、予定時刻より四十七分早く全作業が完了いたします」


「ふふ、頼もしいわ。これで皆、暖かい冬を迎えられるわね」


リゼリアの隣では、側室のセシリアと侍女のエミーナ、ロゼッタが領民たちへ薪や木炭を配布する作業を手伝っていた。



◇

防寒着の配給と木炭の確保が進む中、アンチアルマにさらなる「驚くべき奇跡」がもたらされた。


「殿下! 姉様! 大変ですわ、いえ、素晴らしいことですわ!」


セシリアが目を輝かせながら走ってきた。


以前、避難民収容所で湧き出たのと同様に、なんとこの復興中のアンチアルマの地下からも熱い温泉が噴き出したのである。それも一つだけではない。市民や帝国兵が誰でも利用できる清涼公園の隣と、あろうことか総督府の邸宅の敷地内からも、豊かな効能を秘めた温泉が湧き出たのだ。


「市民や兵士たちが誰でも入れる大浴場施設が、清涼公園の隣に完成いたしました!」


セシリアの報告に、イリアードとリゼリアは目を見張った。


「避難民収容所に続き、アンチアルマにも温泉が湧くとは……まさに天の恵みだな」


彼らにはわかっている事ではあるが、セシリアとエミーナの仕業である事は間違いない。

清涼公園隣の公衆浴場は、連日大盛況となった。復興作業で泥や汗にまみれ、冷えた身体を抱えた兵士や領民たちが、溢れ出る湯に身を浸しては「生き返るようだ」「総督殿下に感謝を」と歓声をあげている。


総督府の邸宅に作られた温泉の湯殿では、リゼリアとセシリア、そして侍女たちが一足先に湯を楽しんでいた。湯気に包まれたセシリアが満足そうに息を吐く。


「はぁ〜……極楽ですわぁ、姉様。パイロキネシスで湯を温めなくても、最初からちょうど良い温かさなんて感動です」


「ええ、セシリア。兵士たちや領民の皆さんの疲れも、この湯がきっと癒やしてくれますわね」


ロゼッタとエミーナも嬉しそうに湯を掛け合っている。ロゼッタが「念視」で街の様子を覗き見ると、公衆浴場で兵士と領民が笑い合いながら肩を並べ、湯に入っている光景が見えた。


「ロゼッタの念視でも見えます。街のみんなが温泉に入って、心まで温まっていますよ!」


「エミーナの念力で湯桶やタオルを運ぶ手伝いをしたら、領民のおばあさんにすごく喜ばれちゃいました!」


洗面場の隅では、ベルナデットが温泉の成分をポーション瓶に採取し、真剣な眼差しで分析していた。


「分析完了。本温泉は硫黄およびナトリウムを豊富に含み、筋疲労回復、皮膚炎の治癒、ならびに精神的ストレス緩和に著しい効果が認められます。我が軍の戦闘継続能力および領民の復興作業効率が大幅に向上すると推計されます」


「ふふ、ナデットらしい分析ね。でも今は、あなたもゆっくりお湯に浸かりなさいな」


リゼリアに促され、ベルナデットも眼鏡を外してゆっくりと湯に入り、ほうっと長めの息を吐いたのだった。




◇

温泉によって兵士たちの疲労が大幅に回復したことを受け、イリアード総督は次なる重要施策へと踏み切った。農繁期が過ぎたこの初冬の時期を利用し、全十三万の帝国兵および親王軍を動員した「大規模軍事演習」の実施である。


復興作業に追われていた兵士たちの錬度を維持し、アンチアルマ周辺の防衛体制を盤石なものとするための訓練であった。


「全軍、演習配置につけ!」


アンチアルマ郊外の広大な平原に、十三万の全軍が居並ぶ姿は壮観の一言であった。イリアード自らが陣頭に立ち、模擬戦闘や陣形移動、防衛拠点の構築演習が昼夜を分かたず行われた。


冷たい冬風が吹き抜ける野陣であったが、温かい「暖衣」を身にまとい、演習の合間には木炭の焚き火で暖を取り、夜には温泉で疲れを癒やすことができる兵士たちの士気は極めて高かった。


高台から演習を見守るリゼリアは、「予知」と「念視」の異能を静かに働かせていた。


(――よし、演習中の大きな事故も、他国や魔物の不意打ちの予兆もないわ)


隣に立つセシリアも「念力」と「パイロキネシス」をいつでも解放できるよう控えつつ、イリアードの勇姿を見つめていた。


「殿下の指揮、一段と凛々しいですわね、姉様!」


「ええ。イリアード殿下はアンチアルマの総督として、街の復興だけでなく、民を守るための力もしっかりと養っておられるのね」


演習は数日間にわたって成功裏に収められ、十三万の軍勢は冬の寒さを跳ね返す強固な結束と錬度を手に入れたのだった。




◇

軍事演習が無事に終了し、兵士たちがアンチアルマの街へ戻ってくると、街はすっかり「冬越しの準備(越冬準備)」が整った穏やかな温もりに包まれていた。


各家庭や官庁の煙突からは、確保された木炭や薪が燃える青い煙が立ち上っている。家々の暖炉や火鉢には暖かな火が灯り、人々は下賜された防寒着を身にまとって笑顔で会話を交わしていた。


夜、総督府の庭園からは清涼公園の湯煙が白く立ち上るのが見えた。


イリアードはリゼリアとセシリアを両脇に従え、冷たい星空を見上げた。


「暖衣、燃料、軍事演習、そして奇跡の温泉……。これでアンチルマは、どんなに厳しい冬が来ようとも揺らぐことはない」


「ええ、殿下。最初はただの瓦礫の廃墟だったこの古都が、いまやこんなにも温かく、人々の活気に満ちています」


リゼリアが感慨深そうに呟くと、セシリアも頷いた。


「温泉の湧き出る復興都市なんて、帝国でも一番素敵な街ですわ! 私、この街が大好きです!」


後ろでは、ベルナデットが次なる冬の補給計画書を正確にまとめあげ、ロゼッタとエミーナが仲良く温かいお茶を淹れている。


初冬の冷たい風が吹き抜けるアンチアルマ。しかし、そこに暮らす人々や兵士たちの心には、下賜された暖衣の温もりと、大地から湧き出る温泉の熱、そして未来への確かな希望が灯り続けていた。

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