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愚王と呼ばれた男  作者: 中原九尾


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第九話 俺だけは特別

社交酒場:現代日本のキャバクラみたいなもの。


貨幣価値は日本と同じと思っていただければ。

 ある日、直属の上司に連れられて、カインとダニーは「社交酒場」なる店に足を運んだ。


 カインにとっては、地元にいた頃も含めて、何度か経験のある店だった。ああいう場所の女性たちは、あくまで客商売として愛想を振りまいているだけで、それ以上でも以下でもない。分かった上で楽しむ分には、悪くない息抜きだった。今日も、上司のおごりだからと、深く考えずに楽しむつもりでいた。


 一方、ダニーにとっては、これが人生初めての経験だったらしい。店に入るなり、目をきらきらと輝かせ、案内された席で、明らかに浮ついた態度を見せていた。


 着飾った女性たちが接客する、上等な酒場だった。上司の慰労を兼ねた席だったが、ダニーは、その日出会った一人の女性に、すっかり心を奪われてしまったらしかった。


「なんか、エマちゃんがめちゃくちゃいい子だったんだけど」


 店を出た帰り道、ダニーがそう興奮気味に語っていた。


「そうか、良かったな」


 (名前なんて知らねーよ)


 カインは、その時点ではまだ、軽く聞き流していた。だが、事態は、そこから急速に悪化していった。



「今度、また一人で行ってくる」


 数週間後、ダニーがそう言い出した。


「一人でって、また指名してんのか」


「うん。もうエマとは、恋人みたいになってきた」


 (こいつ、マジで言ってんのかな)


 カインは、内心そう思いながらも、あえて口には出さなかった。



 さらに数週間後には、こんな報告まで飛んでくるようになった。


「この前、20万のドレス、プレゼントしたんだよね」


「は? 20万?」


 あまりの金額に、カインは思わず聞き返した。


「まじで? お前、それ完全に手のひらの上で転がされてるだけだろ」


「いや、違うんだって。エマだけは、僕のこと特別扱いしてくれるんだよ」


「特別扱いって、金貢いでる客全員に言ってんだよ、それ」


「違う! 僕だけは特別、僕だけは真実の愛って言ってくれるんだ!」


 あまりに堂々とそう言い切るダニーに、カインは呆れを通り越して、ある種の感心すら覚えた。


「寝言は寝てから言うもんだろ。真っ昼間から夢見てんじゃねえよ」


「ぐお”お”お”お”ぉぉーー」


 その一言で、ダニーは盛大に泣き出した。周りの同僚が、また何事かとちらちら見ている。



 それからしばらく、ダニーの惚気話は続いた。だが、ある日を境に、様子が一変した。


「あの、さ……」


 いつになく暗い顔で、ダニーがカインに話しかけてきた。


「連絡、来なくなった」


「は?」


「エマ、店辞めたみたいで。連絡先も繋がらなくなった」


 その報告を聞いて、カインは、驚きよりも先に、ある種の納得を覚えた。


「そりゃそうだろ」


「なんでそんな冷たいこと言うの!?」


「いや、お前に貢がせてしっかり稼いだってだけの話だろ、それ」


「そんな……そんな言い方……」


「ぐお”お”お”お”ぉぉーー」


 ダニーが、さらに大きな声で泣き崩れた。


「お前が悪いわけじゃないけど、まあ、そういうもんだと思っとけ」


 カインがそう慰めとも突き放しともつかない言葉をかけると、ダニーは鼻を啜りながら、恨めしげにこちらを見上げてきた。


「カインは、いつもそうやって、僕の夢壊す……」


「壊してねえよ、最初からなかっただけだろ」


 その言葉に、ダニーはまた一段と大きな声で泣いた。


(こいつ、いつになったら学ぶんだろうな……)


 カインは、そんなことを思いながら、ただただ、泣き止むのを待つしかなかった。

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