第九話 俺だけは特別
社交酒場:現代日本のキャバクラみたいなもの。
貨幣価値は日本と同じと思っていただければ。
ある日、直属の上司に連れられて、カインとダニーは「社交酒場」なる店に足を運んだ。
カインにとっては、地元にいた頃も含めて、何度か経験のある店だった。ああいう場所の女性たちは、あくまで客商売として愛想を振りまいているだけで、それ以上でも以下でもない。分かった上で楽しむ分には、悪くない息抜きだった。今日も、上司のおごりだからと、深く考えずに楽しむつもりでいた。
一方、ダニーにとっては、これが人生初めての経験だったらしい。店に入るなり、目をきらきらと輝かせ、案内された席で、明らかに浮ついた態度を見せていた。
着飾った女性たちが接客する、上等な酒場だった。上司の慰労を兼ねた席だったが、ダニーは、その日出会った一人の女性に、すっかり心を奪われてしまったらしかった。
「なんか、エマちゃんがめちゃくちゃいい子だったんだけど」
店を出た帰り道、ダニーがそう興奮気味に語っていた。
「そうか、良かったな」
(名前なんて知らねーよ)
カインは、その時点ではまだ、軽く聞き流していた。だが、事態は、そこから急速に悪化していった。
*
「今度、また一人で行ってくる」
数週間後、ダニーがそう言い出した。
「一人でって、また指名してんのか」
「うん。もうエマとは、恋人みたいになってきた」
(こいつ、マジで言ってんのかな)
カインは、内心そう思いながらも、あえて口には出さなかった。
*
さらに数週間後には、こんな報告まで飛んでくるようになった。
「この前、20万のドレス、プレゼントしたんだよね」
「は? 20万?」
あまりの金額に、カインは思わず聞き返した。
「まじで? お前、それ完全に手のひらの上で転がされてるだけだろ」
「いや、違うんだって。エマだけは、僕のこと特別扱いしてくれるんだよ」
「特別扱いって、金貢いでる客全員に言ってんだよ、それ」
「違う! 僕だけは特別、僕だけは真実の愛って言ってくれるんだ!」
あまりに堂々とそう言い切るダニーに、カインは呆れを通り越して、ある種の感心すら覚えた。
「寝言は寝てから言うもんだろ。真っ昼間から夢見てんじゃねえよ」
「ぐお”お”お”お”ぉぉーー」
その一言で、ダニーは盛大に泣き出した。周りの同僚が、また何事かとちらちら見ている。
*
それからしばらく、ダニーの惚気話は続いた。だが、ある日を境に、様子が一変した。
「あの、さ……」
いつになく暗い顔で、ダニーがカインに話しかけてきた。
「連絡、来なくなった」
「は?」
「エマ、店辞めたみたいで。連絡先も繋がらなくなった」
その報告を聞いて、カインは、驚きよりも先に、ある種の納得を覚えた。
「そりゃそうだろ」
「なんでそんな冷たいこと言うの!?」
「いや、お前に貢がせてしっかり稼いだってだけの話だろ、それ」
「そんな……そんな言い方……」
「ぐお”お”お”お”ぉぉーー」
ダニーが、さらに大きな声で泣き崩れた。
「お前が悪いわけじゃないけど、まあ、そういうもんだと思っとけ」
カインがそう慰めとも突き放しともつかない言葉をかけると、ダニーは鼻を啜りながら、恨めしげにこちらを見上げてきた。
「カインは、いつもそうやって、僕の夢壊す……」
「壊してねえよ、最初からなかっただけだろ」
その言葉に、ダニーはまた一段と大きな声で泣いた。
(こいつ、いつになったら学ぶんだろうな……)
カインは、そんなことを思いながら、ただただ、泣き止むのを待つしかなかった。




