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愚王と呼ばれた男  作者: 中原九尾


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第十話 ママありがとー

「今度さ、うち来なよ!」


 ある休日、ダニーがそう誘ってきた。断る理由も特になかったため、カインは、言われるがままダニーの実家を訪れることになった。


 思っていたよりも立派な家だった。資産家の家庭で育ったとは聞いていたが、どうやら本当らしい。


「これ見てこれ!」


 居間に通されるなり、ダニーが一冊のアルバムを持ち出してきた。


「これ、ケヴィンって言って、昔一緒につるんでた奴でさ」


「誰?」


「あと、これがミラって子。すげえ世話になったんだよね」


「いや、誰だよ、それも」


 ダニーは、カインが誰も知らない人間だということに、まるで頓着していないようだった。当然のように名前を出し、当然のように話が進んでいく。カインは、ひたすら相槌を打つことしかできなかった。


「あ、母さん」


 そこへ、愚王の母親が、茶を運んできた。物腰の柔らかそうな女性だった。


「あら、お友達? ダニちゃん、ゆっくりしていってね」


 (ダニちゃん……)


 カインは、心の中でその呼び方を反芻した。からかいのネタとして、これはしばらく使えそうだった。


 しばらく雑談を交わし、母親が一度奥へ引っ込んだあと、ふと戻ってきたところで、ダニーが思い出したように声をかけた。


「あ、母さん、ちょっと。今日、友達とご飯でも行きたいから、お小遣いちょうだい」


「はいはい」


 母親は、財布から紙幣を数枚取り出し、ダニーに手渡した。


「ママありがとー」


 その一言に、カインは思わず耳を疑った。


「……今、なんて言った?」


「え? 何が?」


「今、ママって言ったよな、お前」


「言ってないけど」


「言ってた、今、はっきり」


「気のせいだよ」


 しらを切ろうとするダニーの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。


「気のせいじゃねえだろ。しっかりママって聞こえたぞ」


「……べ、別にいいだろ、家族の前でくらい」


「開き直った」


 カインがそう突っ込むと、ダニーはさらに半泣きの表情になっていった。


「うるさいな! 放っといてくれよ!」


 もらった小遣いは、3万という、なかなかの金額だった。てっきり、それなりの店に連れて行ってもらえるのかと思いきや、案内されたのは、近所のファミリー向け食堂だった。


「これで3万も貰う必要あったか?」


 カインがそう尋ねると、ダニーは何食わぬ顔で答えた。


「余った分は、また今度エマに――」


 言いかけて、ダニーは、はっと口をつぐんだ。


「……いや、エマはもういないんだった」


「まあ、いいけど。それより」


 カインは、にやりと笑いながら続けた。


「そのママからもらった小遣い、余った分、また女に貢ぐつもりだったのかよ、ダニちゃんよー」


「ぐお”お”お”お”ぉぉーー」


 ダニーが、食堂の中で盛大に泣き出した。周りの客が、何事かとちらちらこちらを見ている。


「うるさいな! もう放っといてくれよ!」


「泣くほどのことか、これ」


 カインは呆れながらも、その後、なんとなく気まずい空気のまま、ファミリー向け食堂での食事を終えることになった。

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