第六話 ヤった?ヤった?
「今度さ、カラオケ行こうぜ!」
例の食事会から数日後、愚王がまた唐突にそう誘ってきた。
「なんでだよ、急に」
「お前、地元で楽団やってたんだろ? ボーカルで」
「なんでそれ知ってんだよ」
「前に誰かから聞いた。歌うまいんでしょ?」
「あと、お前のことイケメンって言ってたよ、あいつ」
「は?」
「この前の食事会の後、カインくんイケメンだったねって、めっちゃ言ってた」
急に飛んできた情報に、カインは面食らった。
「そんなん、初耳なんだけど」
「だから今度こそ、ちゃんと仲良くなるチャンスじゃん!」
悪びれもせず、そう言い切る愚王に、カインは嫌な予感しかしなかった。その予感は、当日、店に着いた瞬間に的中した。
「あ、来た来た!」
部屋の中には、あの幼馴染の女性が、すでに座っていた。
「……お前、また同じことしてんのか」
「今度はちゃんと事前に言ってあるから! サプライズじゃないから!」
「いや、そういう問題じゃ」
「歌、聞かせてあげなよ! 絶対すごいから!」
愚王が、やたら鼻息荒くマイクを押し付けてくる。
断るのも面倒になり、カインは仕方なく何曲か歌うことにした。すると、それを聞いた愚王が、大げさなくらいに盛り上がり始めた。
「すげえ! やっぱ歌上手いじゃん!」
「なあ、こいつ歌うまくない!? すごいよね!?」
やたらと女性の方に同意を求める愚王に、カインはうんざりしながらも、その空気を壊すのも気が引けて、なんとなく調子を合わせた。女性の方も、困ったような笑みを浮かべながら、話に付き合ってくれていた。
(こいつ、あからさま過ぎるだろ……)
愚王のお節介っぷりに呆れながらも、その場の空気を壊すのも忍びなく、カインはひとまず調子を合わせて場を盛り上げているふりを続けた。
だが、その努力は、思わぬ形で裏目に出た。
「よし、僕、そろそろ帰るわ!」
一時間ほど経った頃、愚王が唐突にそう言い出した。
「は? まだ来たばっかじゃねえか」
「あとは若い者で、ゆっくりしてきなよ!」
愚王は、それだけ言い残すと、本当にさっさと会計を済ませて帰っていってしまった。残されたカインと女性は、気まずい沈黙の中に取り残された。
「……すいません、あいつ、いつもあんな感じで」
「いえ……悪気はないんだと思います、たぶん」
仕方なく、その後もしばらく二人で時間を潰したが、二人きりの空間で、変に気を回して妙な雰囲気になるのも気まずく、当たり障りのない会話を続けるだけで、やたらと神経を使う羽目になった。
解散して帰宅する頃には、カインはどっと疲れを感じていた。
*
翌日、出社するなり、愚王がにやにやしながら近づいてきた。
「昨日どうだった? ヤった? ヤった?」
その下品な笑顔に、カインの中で、何かがぷつりと切れる音がした。
「んなわけあるか! お前が勝手に帰ったせいで、こっちがどんだけ気ぃ遣ったと思ってんだ!」
「え、なんで怒んの」
「怒るだろうが! お膳立てしたつもりで、こっちに全部押し付けてくるんじゃねえよ!」
「良かれと思ってやったのに……」
「良かれと思うなら最後まで責任持てよ!」
「ぐお”お”お”お”ぉぉーー」
愚王が、盛大に泣き出した。周りの同僚たちが、何事かとちらちらこちらを見ている。
「お前がキレるからだろ」
通りかかったノアが、呆れたようにそう呟いた。
「いや、俺は悪くねえだろ、これ」
カインはそう言い返したが、泣き止まない愚王を前に、毎度のことながら、なんとも言えない疲労感だけが残った。




