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愚王と呼ばれた男  作者: 中原九尾


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第四話 外面だけは良い男

「おはようございます! 今日も素敵ですね!」


 朝の出社時、ダニーが、先輩の女子社員に元気よく声をかけているのを、カインは何度も目にしていた。


 物怖じせず、誰にでも明るく話しかける。その様子だけを見れば、感じの良い、人懐っこい若手社員という印象を持たれても不思議ではなかった。実際、あまり親しくない社員たちの間では、ダニーは「元気で明るい子」として、そこそこ評判が良かった。


「あの子、いつも挨拶元気でいいわよね」


 休憩室で、そんな会話が聞こえてくることもあった。カインは、その度に、何とも言えない気持ちになった。


(お前ら、あいつの中身知らねえだけだろ……)


 その良すぎる第一印象は、時に妙な軋轢を生んだ。仕事の内容も知らないまま、ダニーに気を許した先輩社員が、後になって「あんなにいい子だと思ったのに」と、裏切られたような顔をする場面を、カインは何度か見たことがあった。


 同じことは、上司連中にも言えた。


「ダニーくんは、物怖じしないでいいなあ」


 支部長が、そんなふうにダニーを評しているのを聞いたときは、さすがにカインも、内心で突っ込まずにはいられなかった。


(物怖じしないんじゃなくて、空気読んでねえだけだと思うけど)


 年上の男性社員には、なぜかダニーは可愛がられる傾向にあった。物怖じせず、誰とでも気安く話す性格が、上司世代には「素直で扱いやすい若者」として映るらしかった。カインからすれば理不尽としか言いようがなかったが、こればかりはどうしようもなかった。


 そんなダニーの評判の良さに、はっきりと苦言を呈したのが、ノアだった。


「あいつ、俺らのパーティーの評価下げてるくせに、なんで社内での印象だけあんないいんだろうな」


「知らねえよ。理不尽だよな、ほんと」


 カインも、深く同意するしかなかった。


「まあ、あいつのそういうとこ、憎めない部分でもあるんだけどな」


 ノアが、社交的な性格らしく、そんな風にまとめようとしたが、カインの中では、素直に頷ける話ではなかった。


*


 そんなある日、事件が起きた。


 ブルーノが、朝、髭を剃ってきたにもかかわらず、夕方にはもう青々と生え揃っているのを見て、ダニーが無邪気にからかい出したのだ。


「ブルーノさん、髭生えるの早すぎません? 剃ってきたのにもう青々してる!」


「……うるさい」


「なんか、剃刀の刃が刃こぼれしちゃいそうですよね、それ!」


 普段、あまり感情を表に出さないブルーノの顔が、目に見えて険しくなっていった。


「お前、何回もその話するな」


「いや、単純にすごいなって」


「うるさいって言ってんだろ」


 その瞬間、ブルーノの手が、ダニーの襟首を掴み上げていた。


「ちょ、ちょっと!」


 大柄なブルーノに軽々と持ち上げられ、ダニーの足が宙に浮く。


「二度と言うな、それ」


「わ、分かった! 分かったから!」


 解放された途端、ダニーはその場にへたり込み、目に涙を溜め始めた。


「ぐお”お”お”お”ぉぉーー」


 周囲の同僚たちが、また何事かとちらちら見ている。


「あら、ダニーくん、大丈夫?」


 通りかかった先輩の女子社員が、心配そうな顔で駆け寄ってきた。


「ブルーノくんと何かあったの?」


「そ、そうなんです……ちょっとからかっただけなのに、急に……」


 しゃくり上げながら、ダニーがそう訴える。事の経緯を都合よく端折った説明に、女子社員は痛ましげな表情を浮かべた。


「ひどいわね。ダニーくんはいつも元気に挨拶してくれるのに」


「うう……そうなんです……」


 その一連の様子を、少し離れた場所からカインは見ていた。


(外面だけは、無駄にいいんだよな、こいつ……)


「お前が悪い」


 カインが、にべもなくそう言うと、ダニーは涙目のまま、恨めしげにこちらを見上げてきた。


「カインまで、ブルーノさんの味方するの!?」


「味方も何も、お前が調子に乗って余計なこと言い続けたのが悪いだろ」


「うう……」


「ちょっとからかっただけ、じゃねえだろうが」


 少し離れた場所から、ブルーノがぼそりと付け加えた。それだけ言い残し、何事もなかったかのように仕事に戻っていく。女子社員に慰められながら、ダニーは、しばらくの間、しょんぼりと肩を落としたまま、その場に座り込んでいた。


「ぐお”お”お”お”ぉぉーー」


 その光景を眺めながら、カインは、いつも通り、深いため息をついた。事情も知らない優しさが、こいつをまた図に乗らせるんだろうな、と思うと、なんとも言えない気分だった。

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